地下の訓練室。 珍しく北斗が特訓している。 北斗は棒術で戦っている。その様子はまるで踊っているようであると評判が高く、シュトロハイムとペアを組んだときはまるで一つの舞踊を見ているようであるという声も上がっている。 「………………腕が落ちたな。」 達人ですらも見分けがつかないようなわずかな振りの遅さを彼は瞬時に判断した。 「なんや、北斗やないの!」 「よう、紅蘭。お前がここに来るなんて珍しいな。」 「お互い様やて。うちはこの新しい発明の実験に来たとこや。」 「新しい発明?」 「そう、この新型トレーニングマシーン、名づけて「歩く君」や!」 「あ、歩く君?」 「そう、この歩く君の上に乗り、足を動かすとやな………なんと、交互にペダルが動いてまるで歩いているような感覚になるんや!」 「…………………」 「しかも!調節もできるから、坂道だろーがあぜ道だろーがどんな道でも歩いている気分になれるんや!」 「……………………なぁ、紅蘭?」 「なんや?」 「そういうの、もうあるぜ?」 「んなあほな………………」 「それに、紅蘭が作った発明だから爆発するのがオチなんだろ?」 「なにいうとんねん!この傑作「歩く君」が爆発なんか…………」 ドッカ〜ン!! 「………………な、爆発しただろ?」 「そんな予想、当たらんでええねん……………」 「…………………そうだ、気晴らしにはなやしきにでも行こうか?」 「せやな、そうしよか…………」 「それにしても、ここだけはほとんど変わっとらへんなぁ…………」 「ああ、なんか懐かしい感じだよな。」 「…………なぁ、前から気になっとったんやけど…………」 「なんだ?」 「北斗は、なんでイレイザーなんかに入りよったん?」 「……………そうだな、あれからもうずいぶん経つな…………………………」 「『赤い貴族』と呼ばれ、名門と呼ばれたソレッタ家も1950年代以降、急激に没落した………財産は全て没収、一家は離散…………あらゆる不幸がソレッタ家を襲った…………。」 「カルメン・ソレッタ…カリーノ・ソレッタのいとこだったが没落してからは娼婦に身を落とした。そんな時、彼女に一つの幸福が訪れた。緒方南…俺のじいさんが客として彼女を訪れたんだ。」 「じいさんはカルメンを抱こうとはせず、それどころか熱心に彼女に絵のモデルになってくれと頼んだ。むろんその時じいさんはまだ無名の画家。彼女は断るかと思った。が、そうはしなかった。」 「カルメンは依頼を引き受けた。理由は全くわからない。多分じいさんの情熱に負けたんじゃないかと思う。出来た絵は『窓際の娼婦』と名づけられ、緒方南の名を世界に知らしめるきっかけとなった。それからすぐに二人は結婚した。」 「そのうち、二人の間に子供、俺の親父が生まれた。その子の名は星也と名づけられた。じいさんのじいさん、つまりひいじいさんの名前をもらったそうだ。」 「その後、親父は画家として活躍し、結婚して幸せな家庭を築いた。だが、見えない嵐がその幸せをぶち壊した。」 「実はソレッタ家には、実に小国の国家予算にも相当する隠し財産があった。その実に半分がばあさんに渡ることになった。その時すでにばあさんは死んでいて、その遺書には『息子に全ての財産を渡す』と書いてあった。それを聞いた元ソレッタ家の人間はやっきになって親父をつぶそうとした。だが、親父は負けなかった。どんな汚い手にも正々堂々と立ち向かった。ついに奴等は最終手段に出た。殺し屋を雇ったのさ。」 「今でもその時のことはよく覚えている。俺が学校から帰ると、家は静まり返っていた。またアトリエで作品でも書いてるのだろうと思ってアトリエに行ったが、そこには変わり果てた姿の親父とお袋…そして見知らぬ男が立っていた。」 「親父はすでに死亡、お袋は虫の息で死ぬのは時間の問題。俺は殺されると思った。だが、そう思った時にはもう遅かった。俺はすでに殺し屋に首を締められていて、俺は心の中で『もうだめだ』と思ってた。」 「死んでもうたんか!?」 「死んだらここにはいないっつーの…………………」 「あ………それも……そうやね。」 「……………だが、気付いた時、殺し屋ではなく、キング様が立っていた…………」 「新太郎はんやな…………。」 「ああ……………いつのまにかキング様は殺し屋を始末していた。どうやって始末したかは言わなかったがね。俺がキング様をじっと見ていると、こちらに向き直って…………」 『気付いたか………残念だが、君の両親は助けられなかった、許してくれ。…………私は君の能力に気付き、君の両親に君を私の仲間に加えてくれるよう頼みに来たんだが…………この有り様だ。全く、いつでも泣くのは正しき者や弱い女や子供……人の道をはずれた者が世を支配し、正しき者が涙を流す………私は君のような者を増やさないようにするため、力などなくても平和に暮らせる世界を創るために戦っているのだ。協力してくれるか?』 「俺はうなづいた……俺のような人間をこれ以上増やしたくないし、なによりこれ以上悲しみを生み出す世の中にはしたくなかった…………」 「……………………」 (ひどいやっちゃ………自分の利益のために人の親殺すなんて………せやけど、それに負けない北斗もすごいやっちゃ………うちと似とるなぁ………) 「ん?どした、紅蘭。」 「い、いや………なんでもあらへん…………」 「そうか?ま、いいけどよ……………。」 「せや、観覧車に乗らへん?まだあるんやろ?」 「ああ、いいぜ。」 「……………あんまり、高いとは感じられへんなぁ…………………。」 「ああ…………高層ビルが馬鹿みたいにたくさん建ってるからなぁ……………。」 「つまらん世の中になってもうたな………………」 「ああ…………………」 「せやけど、うじうじしてても始まらへん。前向きに進まなあかん!」 「そうだな!」 その時、観覧車がぐらっと揺れた。 「うわっ!」 「ひゃっ!」 「………………った〜、なんなんや一体!?」 「さ、さあな…………多分、機械の故障だろ……………」 「………………………」 「………………………」 チュッ 「やれやれ……………北斗の奴、いいとこ持っていきやがって……………ま、せいぜいうまくやれよ。さ、俺はマイハニーとデートだ〜!」 「なぁ、北斗?」 「ん?」 「この観覧車…………」 「うん。」 「いつになったら動くねん!?」 「俺に聞くなよそんなこと!」 「もうかれこれ六時間経っとんねんで!?」 「知らねぇよ!玄冬に聞けよ、あいつが仕込んだんだから!」 「ほぅ、玄冬もグルやったっちゅーわけやな?」 「い、いや、その…………………」 「玄冬どつく前にあんたどつくから、覚悟しいや?」 「え?いや、ちょっとま………………」 うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………………… その叫び声は東京中に響き渡ったという………………………。 |