巴里 1925
― Before Sakura Wars 3 ―
 
第四話「前兆<前編>」


 日本大使館の駐在武官の職務は、以前にも述べたように、大使館邸と要人の警護が主体となっている。迫水大使をはじめ、大使館邸の主要な人物には常に護衛がつくし、同時に大使館に訪れる要人に対しても警護を行っている。
 ところが、現在、天神特務少尉には、これ以外にも非常に重要な職務があった。
 天摩秘書官――すなわち麟の、雑用係、という大任である。
 基本的には大使のスケジュール調整や会談の打ち合わせ、報告書などの書類の取りまとめや各方面との連絡など、多忙の大使に代わってこまごまとした仕事を行うのが秘書官の仕事である。ところが麟の場合、なまじ有能なだけに、秘書というよりも副大使のようなものまで背負い込まされている。ライラック伯爵夫人との秘密の会談をはじめとした、表向きにはできない会談はもちろん、フランスの政財界の大物、企業の代表者とも会談を行ったことがある。最初はただの秘書官ということで白い目を向けられたこともあったが、今では「大使よりも大使らしい」と影で囁かれるほどである。
 そのような有様だから、実際の秘書の仕事は、自然と第二秘書や第三秘書が背負い込むことになる。彼女らも有能であり、普段ならば麟の手を煩わせることもないのだが、時たま、殺人的なまでの仕事が舞い込み、彼女たちの手に余ることもある。
 そんなときに借り出される『猫の手』が、天神であった。
「――天神少尉。『妃殿下』がお呼びですよ」
 苦笑の入り混じった声に、大使館邸の裏庭で剣の稽古をしていた天神は、剣をふるう腕を休めて振り返った。
 穏やかな視線の先には、播磨軍曹が大柄な体を見せて立っていた。厳つい顔に苦笑を浮かべて、播磨は笑いを含んだ声で天神に言った。
「かなりご機嫌ななめのご様子、早いところ参られたほうがいいですな」
「はあ。また雑用ですか」
 ため息をつく天神の肩を、親しげに播磨は叩いた。
「『妃殿下』じきじきのご指名、光栄に思われるのですな」
「そう言うなら、播磨軍曹。ご指名をお譲りいたしましょうか?」
「滅相もない」にやにやと笑いながら、播磨は首を振った。「それがしは無骨者ゆえ、無念ながら『妃殿下』のお役には立てない。謹んでご辞退いたします」
「はあ」恨めしそうに天神は播磨を見た。「自分も無骨者なのですが、ね……」
「本当にそうであれば、『妃殿下』にご指名はされませんよ。謙遜なさることもないでしょう。さあ『妃殿下』がお待ちです」
「……わかりました」
 肩を落とす天神を見ながら、播磨は笑いがこみ上げてくるのを抑えきれなかった。
 天神少尉との剣の打ち合い以来、播磨は天神が気に入っている。剣の腕前は自分と互角以上であるし、何よりその心根は真っ直ぐで澱みない。士官学校を中途で派遣された、新任の少尉、しかも大臣の後ろ盾などという不穏な背景で赴任したこともあいまってか、天神は、誰に対しても総じて腰が低い。だが腰砕けや愛想ばかりの腰ぎんちゃくでないことは、剣を合わせた播磨には如実にわかった。その剣筋は潔く直ぐで、しかも相当の実力を秘めている。さらに陸軍や海軍の立場というものを理解し、さりげなく配慮する、気の使い方も気持ちのよいものだった。
 あの剣の試合のとき、天神が本気でなかったことを、播磨は感じ取っていた。そしてそれが、陸軍と海軍の間の溝を深めないように、播磨のプライドを傷つけないようにという配慮からくるものだということを、播磨はしっかりと見抜いていたのである。
 ただし、自分との勝負に対し、天神が手を抜いていたわけでは決してない。覇気や闘気は十分に感じ取れたし、下手をすると播磨のほうが負ける可能性もあった。天神が剣を失ったことも、わざとではない。自分の喉元に伸びてきた剣をからめ、弾き飛ばした播磨自身が感じている。
 だが、それでも播磨は悟っていた。天神が、自分に勝たせてくれたことを。
 どこからどうやって、天神が自分に花を手向けたのかは、正直判らない。気づいていたら、反射的に天神の剣を絡めとり、弾いていた。剣を失った天神がとっさに飛び退り、その喉元に剣を突きつけて、ようやく播磨は自分が勝ったことを知り、そして同時にそれが天神の策略であることを悟ったのだ。
 そのときの播磨の本心を言えば、してやられた、といったところだろうか。非常に明快に決着をつけさせられ、播磨は勝ち名乗りを上げざるを得なかった。
 どこをどうみても、播磨の勝ちである。ここで「いや、今のはわざとだ」と叫んだとしても、その場にいる誰も納得すまい。周囲にいるものの目にも、そして播磨の目にさえも、天神の攻撃は理にかなっており、それに対する播磨の反撃も、理にかなったものだったのだ。
 内心憤りと不審を感じつつ、天神と握手をした、そのときだった。
「……この件に関しては、後で説明します。今は、お互いの立場を考慮してください」
 耳元を掠める微風のようなかすかな声で、天神が囁いてきたのである。その言葉に含まれた『お互いの立場』というものに思い至り、ようやく播磨は天神の思惑に気づいたのである。
 彼が自分からの勝負を受け、しかもこのように誰に対しても都合の良いように、善戦し、しっかりと負けて見せた、ということの意味に。
 正直、舌を巻いた。この目の前の若者は、自分に配慮して理不尽な勝負を受け、陸軍や海軍の立場に配慮して、この勝負を演出して見せたのだ。
 しかも、その結果、どうだろうか。
 自分はともかくとして、海軍の連中は、総じて天神に好意を持ったようだ。また陸軍の連中も、ぽっと出の少尉がなかなかの腕前であることを知り、見直している。どちらの軍も、その結果に満足し、陸海軍の間の不仲も、一時的に良い方向に修繕されたように思える。
 そこまで考えて行ったわけではないだろうが、天神の配慮の妙に、播磨は感心し、感銘した。その思慮深さと気の配り方は、決して不快なものではなく、播磨は彼に好意をもたざるを得なかった。
 自分に足りないものをこの若者は持っている。それは、藤堂少佐のように、人の上に立つものに欠かせないものだろう。
 あの京極大臣が目をかけたのも、頷ける気がする。この若者は、将来の陸軍を代表する武将となるかもしれない。
 陸軍の軍人であるのが、非常に残念だった。
 以来、なにかにつけて播磨は天神を訪ねに陸軍にきている。例えば今回のように、天摩秘書官――麟からの使いとして。
「さあさ、少尉。早く行かないと、どやされますよ?」
「わかっています。わかっていますから、そう急かさないでください」
 恨めしそうに肩越しに播磨を見ながら、天神は剣を片手に通用口へと歩いていった。その後ろを見ながら、播磨はにやにやとした笑いを浮かべた。
 麟からの使いは、これで何度目になるだろうか。迫水大使の有能な秘書である麟については、播磨も、その有能さを直接間接問わず熟知している。何しろあの『鉄壁の迫水』をして頭が上がらない人物である。播磨も何度となく顔を合わせ、時には仕事を手伝わされたこともあり、天神に降りかかる「不幸」を身を持って味わっている。
 だから、同情こそすれ、羨む気持ちはまったくないのだが。
(――意外と天摩秘書官も、あの坊やを気に入っているらしいな)
 播磨との試合のときに、負けたら仕事を手伝う、などという約束をしていたらしいが、そのときに麟に「使えるやつ」と判断されてしまったらしい。天神に対する助っ人要請は、このところ頻繁に起きている。播磨など、一、二度呼ばれたものの、「……もういいです、軍曹」とため息をつかれてしまった。
 その秘書官に気に入られる、というのは、どう考えても不幸なのだが、なぜか播磨には微笑ましいものが感じられた。
(……秘書官にも春がきた、のかな?)
 もし、当の本人が聞いたら、大激怒するだけではすまないだろうことを考えた播磨は、その瞬間に、麟の顔を思い浮かべ、思わず首を竦めてしまった。さして怖いもの、苦手なものを持たない播磨にしても、麟の激怒を想像すると、背筋が凍るものを感じる。くわばら、くわばら、と呪文を唱え、播磨はその場を後にした。



「……くしゅん」
「――風邪をひきましたか、天摩さん?」
 可愛らしいくしゃみをした麟に、ちょっと目を丸くして天神が問いかけてきた。それに、少し照れたような微笑で麟は言った。
「いえ、大丈夫です、少尉。これでも健康には自信がありますから。――でも変ね。誰か噂でもしているのかしら?」
「それは迷信だと思いますけど。……念のため、あまり無理をなさらず、帰られたほうが良いのでは?」
「ありがとうございます、少尉。でも大丈夫ですわ。まだまだ仕事はありますし」
 気遣うような天神の表情に、麟は微笑して首を振った。
 手元には、明日の会談にそなえて作成する書類のための資料が山積みとなっている。蒸気タイプライタをカタカタと打ちながら、麟は軽やかな手つきで資料をめくり、報告書を作成していった。
 その傍らで、麟の指示に従い、第二秘書と第三秘書が、必要な書類の整理や分類、追加資料の作成、方々への連絡のまとめなどに従事し、さらにその傍らで、麟を始めとする三人の秘書の指示に従い、天神が資料の検索やら書類のまとめを手伝っていた。
 天神の手を借りて仕事をするのも、もうかなりの回数になる。最初は例の『した覚えのない約束』のために手伝ってもらっていたのだが、天神はなかなか優秀な『猫の手』だった。
 普段の、ぬぼーっとしたお気楽な外見に似合わず、天神は頭の回転が速く、手際も良い。麟の細々とした指示や言いつける仕事の量にも、嫌がる気配を見せず、非常に使い勝手の良い男だった。
 当時としては、多少強引でも、自分を引っ張っていってくれる頼りがいのある男らしい男、というのが一般の女性が思い描く理想の男性像である。自分の手足となってこき使っても文句一つ言わず嬉々として働く男、というのは、便利ではあるが恋愛対象からは大きく逸脱する。
 その意味で言えば、天神という若者は、恋愛対象とするにはいささか素直すぎており、麟以外の秘書官たちにとっても「有能な可愛い弟」がせいぜいだった。
「でも、本当に助かりました、少尉さん」
 第二秘書、白峰 春香(しらみね・はるか)が軽く礼を述べた。当年とって22歳。艶やかで真っ直ぐな黒髪の、日本人形のような美女である。おっとりした外見と柔らかな眼差し、小さめの唇からかすかにのぞく白い歯、と、一見するとどこかの令嬢にも見える。陸海軍を問わず、若い武官たちの間では絶大な人気を誇る高嶺の花であり、『巴里の白百合』『春姫さま』などと呼ばれ崇拝に近いものをもたれている。
 その隣にいる第三秘書、黒城 隼(くろき・じゅん)は、軽く頷いてぽつりと一言漏らしただけである。
「……感謝」
 彼女は非常に口数が少なく、口下手である。常にむっつりと押し黙り、黙々と仕事をする。今年20歳を迎えたばかりで、切れ長の瞳とほっそりした顔立ちは、線の細さも相まってシャープな感じを与えるものの、ちょっとはにかんだ微笑は、年相応のあどけなさをうかがわせる。その名前から『隼姫(はやぶさひめ)』と勇ましい異名をとり、実際、女性ながらにして、武官たちも一目置くほど武芸に秀でている。最も、実際の彼女が非常に多感な少女で、愛読書が恋愛詩集だということは、麟と春香だけが知っていた。
 そんな彼女たちを統率するのが、第一秘書である麟である。小さなレンズの眼鏡の奥に、知性を閃かせる大きな瞳。ゆるくウェーヴかかった黒髪を流し、小柄な体をきびきびと働かせる、生真面目な才媛である。ところが『春姫』『隼姫』と違い、彼女に与えられた称号は『妃殿下』ないし『女王さま』という、あまりありがたくないものだった。
 その称号を広めた人物は、麟の正面にある執務室の奥で、書類と格闘中である。じきにそれも終わるだろうが、そのころには麟の手によって新しい仕事が生み出されており、あと数時間は地獄を見ることになっていた。
 もっとも、それは秘書たちと天神も同様である。黙々と仕事をこなすうちに、いつしか日が沈み、夜の帳が巴里を覆い尽くし、蒸気灯が照らし出す街路を往来する車や人の影もついえた頃になって、ようやくすべての仕事が終了した。
「……ずいぶん遅くなってしまいましたね」
 硝子の向こうに広がる巴里の夜景を見て、天神は苦笑して振り向いた。
「ちょっとまずいな。皆さん、家まで送りますよ」
「え? そうですか? でも、少尉さんに悪いです」
 ちょっと目を丸くして春香が困惑したように小首を傾げた。その横で、軽く頷いて隼が言った。
「心配ない。帰れる、うん」
「ですが、いくら巴里の治安が良いとはいえ、この時刻では……」
「そうだ。物騒だな」
 心配そうに告げる天神の声に重なって、深みのある声が響いた。振り向いた天神の視線の先、秘書室の扉を開けて、藤堂海軍少佐が立っていた。
「明かりが見えたので、もしやと思ってきてみたが、また残業をしていたのか」
「は、はい。すみません」
 恐縮して、麟は軽く頭を下げた。本来、暗くなる前に春香たちの仕事を終えさせるようにするのが、第一秘書である麟の役割である。腕に覚えのある隼ならともかく、春香は見るからにおっとりしていて、頼りない。彼女たちの安全のためにも、麟には仕事量を調整する義務があった。
 自らの配慮のなさを反省する麟を見て、藤堂はかすかに苦笑した。
「まあいい。ちょうど俺も帰るところだ。送っていこう」
「よ、よろしいのですかっ!?」
 麟が答える前に、春香がちょっと上ずった声で言った。白い滑らかな頬が薔薇色に染まっている。非常にわかりやすい反応だった。
 春香が藤堂のことを憎からず思っていることは、麟も知っている。というより、春香以外の全員が、それを感じていた。春香本人は隠しているつもりなのだろうが、彼女の視線や表情が、しっかりと彼女の内心を反映している。その光景を目にした武官たちの多くが嘆き悲しみ意気消沈している風景を麟は見たことがあり、ちょっと気の毒にと思ったことだった。
 だが、春香の思い人が藤堂少佐とあっては、諦めるしかない。駐在武官一の剣の使い手であり、陸海軍を問わず人望が厚く、尊敬と崇拝を受けている若武者である。日本大使館だけでなく巴里の人々にまでその名が知れ渡っており、パリジャンやパリジェンヌが『サムライ』と呼ぶとすれば、それは藤堂少佐のことである、と考えて間違いはないほどだった。ひょっとしたら迫水大使よりも有名な人物かもしれなかった。
 彼に思いを寄せる女性は多い。大使館の女性職員のほとんどがそうだし、パリジェンヌたちも幾人か、藤堂に会うためだけに大使館を訪れたことがある。
 麟も、彼のことは尊敬しており、憎からず思っている。だが、春香のように恋心を抱くまでにはいたっていなかった。
 麟と同じく、隼もまた、藤堂に熱を上げている様子はない。もっとも、いつもむっつりと押し黙っているからわかりにくいだけなのかもしれないが。
 とにかく、隼は軽く頷いて、春香の背中を押した。
「……任せるね、少佐」
「え? あ、隼……」
 驚きに目を見張りながら、春香はよろよろとよろけ、藤堂に寄りかかった。太い腕に支えられて、瞬間的に真っ赤に染まる。
「あ、あの、その……」
「藤堂少佐。白峰を送っていってくださいませんか?」春香が何か言う前に、麟は微笑しながら藤堂に言った。「私と黒城は、天神少尉に送っていってもらいますので」
「それは構わないが」
 真っ赤になった春香を支えながら、藤堂は困惑したように天神へと視線を向けた。
「天神少尉。任せられるか?」
「はい。ご心配なく」
 まるで気負いする様子も見せず、天神は頷いた。最初から秘書官たちを送るつもりだったのだから、当然とばかりの笑顔である。
 かすかに苦笑して、藤堂は頷いた。
「わかった。白峰秘書官は俺が送る。天摩秘書官と黒城秘書官は頼むぞ」
「了解しました」
 軽く敬礼して見せる天神に再度頷いて、藤堂は春香をうながした。
「では、白峰秘書官。手早く用意してくれ。俺は門の前で待っている」
「は、はい! よ、よろしくお願いしますっ!」
 深々と頭を下げる春香を置いて、藤堂は秘書室を出て行った。それをぼうっと見送った後、慌てたように春香は机を片付け、持ち物をバッグに詰めて、麟たちに向いた。
「そ、それでは、お先に失礼しますっ!」
「ええ、ご苦労様でした――頑張ってね?」
「あ、あの、あのあのあの……は、はい!」
 再び顔を真っ赤に染めて、春香は思いっきりお辞儀をして、ととと、と秘書室を出て行った。それを見送りながら、くすりと麟は笑った。
「さあ、それじゃ私たちも帰りましょうか」
「……お先に」
 振り向いた麟の傍を、静かに隼が通り過ぎる。あ、ご苦労様、と言いかけて、慌てて麟は彼女を引き止めた。
「ち、ちょっと、黒城さん。まだ私たちの用意が……」
「私は先に帰るから。麟は少尉と一緒に、うん」
「なっ……!」
 思わず赤くなった麟の横で、天神が首を振った。穏やかな声で、天神は隼に告げた。
「だめですよ、黒城さん。自分は藤堂少佐と約束しました。あなたを先に帰らせるわけには行きません」
「大丈夫。私はひとりで帰れる」むぅ、と不機嫌な顔で隼は首を振った。「腕には自信があるから。だから、送ってもらう必要ない、うん」
「いえ、そうではなく、一緒に天摩さんを送っていただきたいのです」
「……ん?」
 不思議そうな表情で隼が首を傾げた。そこへ、軽く頭をかきながら、天神が説明した。
「自分ひとりより、黒城さんがいてくれたほうが、安全ですから」
「……」
「心強い味方が欲しいのです。協力してくださいませんか?」
「……そういうことなら」しばし考えていた隼は、むっつりとしたまま頷いた。「麟を送っていく、うん」
「はい。よろしくお願いします――では、そういうことで、天摩さん。一緒に帰りましょう」
「……え? え、ええ」
 ちょっとあっけに取られていた麟だったが、天神に促されて慌てて帰り支度をはじめた。
 なんだかちょっと、複雑な気持ちだった。隼を送るためとはいえ、ダシにされたようで気分が悪い。とはいえ、麟とて、隼をひとりで帰らせたくはなかった。天神の配慮には感謝するが、もっと言い方はなかったのだろうか?
 ちょっと恨めしそうに天神を見たものの、穏やかな顔にはのほほん、とした微笑が広がるばかりで、麟の気持ちには気づいた様子もなかった。
 帰り支度を終え、大使館から三人で帰路につく。麟をはさむ形で、天神と隼が左右につき従う。播磨あたりが見れば、二人の武官を引き連れた女王、と思うかもしれなかった。
 なんとなく釈然としない気持ちで、麟は家路を辿った。



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