<その4> 「おい、さくら」 「はい?‥‥げっ、米田支配人っ!?」 「珍しいな、チャイナドレスか‥‥茉莉花見なかったか?」 「えと、えーと‥‥」 「‥‥ご苦労。ステージがんばれよ」 「あ、あの‥‥」 野外ステージ袖で一息ついていたさくらに声をかけたものの、米田はすぐに踵を返した。 五師団の慰労をかねた花組野外公演は米田の関与するところではない。自分に内緒で実施する 裏には、茉莉花の招聘が主眼に置かれていたからだろうが、それも見え見えだ。 ただ、米田自身花組の心遣いに今更ながら感謝していた。本来なら自分が主宰して花組には余 計な負担をかけるべきではないのだ。 「‥‥ここは花組に任せておくか」 米田には他に懸案事項があった。 勿論、茉莉花のこと。 乙女学園で捕獲しそこねたのは失敗だった。 いや、このイベントに参加することを認めていない訳ではない。日が日なら、門限だけは守れ よ、と酒をくらっていただろう。しかし今日はそうもいかなかった。 前日の夢組(その時は何故か無明妃が不在だった)との打ち合わせで、神楽が言った言葉を払 拭できずにいたからだ。 ‥‥茉莉花との面接は明日にしたらどうだ、大将‥‥ 『なんのことだ?』 『こんなこと初めてだが、運気を支配するはずの茉莉花が明日は凶の運勢になっている。 方角も殆ど全て鬼門‥‥花やしきはいい。ただし、そこから西方は大凶だ。つまり花 やしきに行ったら学園に戻れない、ということもありえる』 『そう言や無明妃もそんなことを言ってたような‥‥では明日は隔離すっか。まあ、あ いつにはいい薬だ』 『それがいい。明日は花やしきでイベントがあるようだが、学園にとどめておくのが無 難だ。無明妃がいるから花はしきでも心配はないとは思うが‥‥念のためだな。なん なら私が学園に赴いてもいいぞ。そうだ、私の奥義を授けよう。それで明日は‥‥』 『お、おいおい‥‥』 さくらは龍の紋様をあしらったチャイナドレスを着用していた。そして中国語の詩を歌ってい た。つまり、この裏には紅蘭が関与している。 米田はすぐに察した。 茉莉花の指導教官として紅蘭を推薦したのは“ふぇいろん”だったが、米田自身、正直言って 懸念材料はあった。先の“事変”の件もある。無論紅蘭本人は信頼に値する人材だが‥‥ 無明妃がアドバイザー役になったのが唯一の安心の拠り所だったが、その無明妃も最近はとん と姿を見ない。心配はいらないだろうが、気にならないと言えば嘘になる。夢組の動向がここ のところよく見えていないのだ。 大凶の裏に、よもや紅蘭が暗躍しているとは到底思えないが‥‥五師団の連中に誤解を生じさ せるのはマズイ。それに早く見つけて保護しないことには、神楽が動き出してしまう。 『茉莉花は夢組のものだ。誰にも渡さぬ。もし茉莉花を我らから奪う者がいたら、この 神楽、容赦はせぬぞ‥‥たとえそれが五師団でもな』 『余計な心配だ。茉莉花には然るべき指導教官がついてる』 『ふん‥‥李紅蘭のこと、私が何も知らぬとでも思っているのか?』 『‥‥‥‥‥』 『無明妃がついているから黙っていたが‥‥そろそろ私も限界だ。夢組の秘蔵っ子たる 茉莉花に対して夢組を出し抜くとはな、調子に乗り過ぎだ』 『頼むからモメ事は避けてくれよ。神凪はいないんだからな?』 『大佐が消えたのは誰の所為だっ!?』 『‥‥薮蛇だったか』 『李紅蘭の振舞いについて懸念を表明しているのは私だけではない。これは夢組の総意 でもある。山崎隊長を除いてな』 『あんなぁ‥‥山崎は認めてるんだぞ?』 『一年前の戦いでは協力してやった。無論大神隊長のことは理解している。気質、気概、 覇気、そして‥‥覚醒した、あの力。あれほどの男子はいない。夢組にスカウトした いくらいだ。山崎隊長と二人でもり立ててくれるだろう。想像するだけで鳥肌が立っ てくる‥‥が、花組は放っておけんから無理か?、子守も大変だ。同情する』 『‥‥‥‥‥』 『‥‥まあいい。茉莉花は先の事変において正式な夢組隊員となった。近いうちに学園 寮から我々の大部屋に引っ越しさせる。問題はないだろう、“園長先生”?』 『全く‥‥』 五師団が勢ぞろいするのは滅多にない。 非常に短時間だが隊員の個人面談をしつつ、米田は茉莉花の行方を伺った。 しかし、だれに聞いてもまともな返答が帰ってこない。 神楽がいた。その出で立ちに面食らう米田だったが‥‥ 「‥‥茉莉花?、先程舞台袖に向かったが‥‥そう言えば遅いな」 「‥‥‥‥‥‥」 神楽にこれ以上の詮索は逆効果だ。事を荒立てることにもなりかねない。 斯波をつかまえることができた。 舞姫も一緒だったが、泥酔しているようだ。これには触らぬほうがいいだろう。 「茉莉花さんですか?‥‥乙女学園の友達と一緒にいると思いますよ」 「‥‥ナツも来てるのか?」 「ふしゅー‥‥んががが‥‥むにゃ‥‥」 「ええ。なかなか面白い子ですね。顔立ちが三人ともさくらさんに似ていますが、中身 は三人とも違って‥‥」 「三人‥‥春香も一緒か。何処にいるか知らねえか?」 「い、いやぢゃ‥‥薬はいやぢゃ‥‥んんん‥‥ふしゅー‥‥」 「ステージ前の中央席に陣取ってるはず‥‥ん?、いない?」 「斯波、ちょっと一緒に来い」 「わかりました」 「ふしゅー‥‥むにゃ‥‥はにゃ?‥‥どこに行くのかえ、旦那しゃま」 「あ、いや、ちょっと人探しを‥‥」「おめえは寝てろ」 「に、にぃじゅまを一人にするのかえっ!?、わらわも行くぞえっ!」 酔っ払っていたはずの舞姫がいきなり起き上がった。 純白のウエディングドレスとは対照的に顔は真っ赤だ。燕尾服の普段着を着用している米田を はさむと、さしずめ新婦を介添えする父親のような雰囲気になる。 「うーむ‥‥しょうがない。我々が探してきますよ、大将」 と礼服に身を包んだ斯波。 「見つけたら俺んところに連れてこい。司令室にいる。人手が要るようなら銀弓に連絡 しろ。“上”で待機してるはずだ」 「急げ、ということですね」「?」 「ああ。それと他の連中にはバレないようにな。特に花組‥‥紅蘭には」 「‥‥‥‥‥」「?‥‥なんのことかの?」 とりあえず斯波に任せておけば大丈夫か。 他人には干渉しない主義の斯波も、茉莉花に関しては率先して動く傾向があった。理由を問い ても適当にはぐらかされるだけだが、それも茉莉花が持つ正体不明の力によるものなのか? 米田はそれ以上は追及することはなかった。 夜空を見上げる。 ここに来る途中に遭遇した霧雨はすっかり晴れていて、満天の星空が見えた。 北斗七星が見える。 その横、北極星が深紅に輝く。 『‥‥何処に行っちまったんだ、神凪‥‥おめえ、茉莉花の後見人だろうが』 ▼ ▼ ▼ 漁場に向かっていた船が帰航する時刻だったらしく、四人が港に到着するとそこは漁師でごっ たがえしていた。遠目で見ても等身大に値する巨大な魚が無造作に路上に上がっている。 かけ声が聞こえた。セリをしているのだろうが、内容が全く理解できない。専門用語らしき単 語も聞こえるが、そもそも日本語ではないのかもしれない。 「さっきも言ったように、ここは上海だからね」 「しゃ、しゃんはい?」「大陸とは‥‥」 「‥‥日本から来たんでしょ?」 「は、はいぃ」「‥‥‥‥」 「どうやって?」 「そ、それは‥‥」「‥‥‥‥」 「‥‥まあいいか。とりあえず飯だな。日本への船は夜だから、それまでは‥‥」 「部屋をとろう。二人ともなるべく外出はしないほうがいい」 それまで頑なに無口を貫いていた青年が発言する。 持っていた日本刀も、流石に目立つと思ったのか、布に来るんで肩にかけている。 「え?」「‥‥治安が悪いようですね」 「無明さん、だっけ?、お宅は大丈夫だろうが、そっちの子」 「ま、茉莉花ですぅ」 「マツリカくん。君はなるべく俺の傍にいるように」 『ドキッ』 「部屋も俺と一緒だ。場所が場所だからな」 『ドキドキ‥‥ドキドキ‥‥』 「おお?、珍しい、お前の口からそんな大胆な台詞が出るとわ‥‥では、無明妃さん、 あなたには、不肖この山崎がナイト仕りませう」 「あ‥‥は、はい、あ、あの、その‥‥よ、よろしく、お願いします、です‥‥」 卸市場を通過すると、すぐに繁華街が広がっていた。 食事処が軒を連ねる中、怪しげな店もちらほら混じっているあたりは、上海と言うより香港の ような雰囲気が漂う。怪しげな店の軒先には得体の知れない生物の干物やホルマリン漬け(の ようにしか見えないが中身は恐らく酒だろう)が陳列している。ふと目を向けると、その漬物 にされた生物と目が合ったような気がして、茉莉花は身震いした。 路店の主、そして売り物に負けないぐらい怪しげな常連客の視線を集める。 注目されているのは無論、茉莉花と無明妃。 この界隈に根城を持つ者ではないことは、連中にも推して知ることが出来た。 美しさに惹かれ、欲望を刺激される。本能が身体を動かそうとする。 しかし、それもすぐに凍結する。その後ろを歩く二人の青年の瞳によって。 四人は繁華街を抜けて、路地裏に入った。 上海や香港など、中華色が色濃く出た大都市の特徴だが、繁華街からはずれた路地は極めて複 雑な構造を持っていた。住民ですら迷うことのある迷宮によって取り囲まれている。 路地は薄暗い。標識があるわけでもない。それでも二人の青年は勝手知ったる雰囲気で迷いも せず先導していく。不安になる茉莉花だったが、無明妃が一緒であるのがせめてもの救いだっ た。 『なんか、すごく、その、不安になってきてるんですけど』 『実はわたくしにもこの路はよく見えないのです。異国の地とは言え、面妖な‥‥』 『そ、それじゃ、もしかして別荘には戻れない‥‥?』 『日本に戻る、という、お二人の申し出を受けるしかありませんね』 『‥‥ひーん』 毛細血管の如く入り組んだ路地裏の末端に、そのホテルがあった。 隣の建物と区別がつかないほど密着し、窓と窓を結ぶ洗濯紐にぶら下がったおびただしい数の 衣類に覆われて概容が判別しがたい。隙間から見える赤茶けた外装、錆びが浮いた看板。もの すごい異臭が漂う。香港アジアンゴシックの異様な風体を見せつける建築物。 「こ、ここ、ででですかぁ?」「‥‥面妖な」 「うん。神凪のお気に入りでね。なあ?」 「‥‥‥‥」 「ん?、どうした?」 「‥‥先に入っててくれ。用事を思い出した」 四人がホテル入りした頃、追跡していた残りの二人組は完全に迷子になっていた。 茉莉花の後を着かず離れず、気づかれないように尾行していたはずが、この迷宮そのものに化 かされてしまったらしい。流石のナツも“ふーとん”方向感覚が狂ってしまったようだ。 「いかんナァ、飲み込まれてしまったようだゾ」 「とても浅草には見えないわね‥‥香港?‥‥いや、上海か」 「へぇ‥‥来たことアリ?」 「この路地も見覚えがあるような‥‥気のせいかな?」 「ふーん‥‥しかし、安全なところとは思えませんナァ。ほれ、あのオジサン、すんご い目でこっち見てるゾ?‥‥知り合いカ?」 「‥‥さっさと移動しましょう。あまりいい待遇を受けそうにないわ」 歩行速度を上げる二人だが、迷路の終端は全く見えない。 気のせいか、あたりも暗くなってきている。陽の光が入り込めないでいるのだ。建物自体はそ れほど高層ではないのだが‥‥直立していない? その建築物たちは、積み木のように寄り添って建てられているようだった。 そうこうしているうちに、二人は袋小路にぶつかってしまった。 溜息をつきつつ、引き返す。 と、今来た路の行く手を遮るものがいた。 ちょうど人間ほどの背の高さ。暗くてよく見えないが、かなりの数だ。 頭のあたりに鈍く光る二対の光点。その光が上下左右に揺れていた。みな怪しい動きをしてい る。何をしたいのか、容易に想像できた。荒げた呼吸に押されて、ものすごい悪臭がナツと春 香を圧倒する。 「むぅ‥‥ここの住民のみなさんは風呂嫌いと見た‥‥臭すぎ」 「長居は無用ね。でも素直に通してくれるかどうか‥‥」 「うーむ‥‥取り憑かれてるようですナ」 わらわら‥‥ わらわらわらわらわらわら。 うぞうぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ。 その不愉快な音は、茉莉花がいれば記憶に新しかったはずだ。 舞姫が粛清した物の怪と同じ効果音を醸し出しながら、極上の獲物にニジリ寄る。近づくにつ れ、その団体は少しずつ様態を露にしてきた。 じわじわと表面化するだけ余計に気色悪さが助長された。 間違いなく人間だ。精神的にも肉体的にも成人男子のはず。 「ず‥‥ずずずず‥‥ずん」「ぶるるるるるるる」 「あ、あわ、あわわわわわわ」「んんんんっんんんっん、ん、ん」 それらは動物的な欲求を満足させるべく、人間的な思考を持って獲物を捕獲しようと検討して いるらしい。狭い路いっぱいに二列になり、先頭を担当する輩が獲物の動きを止め、後衛の第 二陣が拘束する‥‥という方法を取ることに決めたようだ。 ナツが指摘したように衣類は身につけていない。垢がびっしりこびり付いた真っ黒な体躯が、 いよいよ二人の前にあからさまになる。 「この人々は‥‥どうするつもりなんでしょうカ?」 「わたしに聞かないでよ」 強気だった春香も、愚連隊の出で立ちに引き気味になる。 思わず身体を自ら抱きしめ、腰を引いてしまった。 連中はその隙を見逃さなかった。 先頭の特攻隊二人が飛び込んできた。 「おっ?」「ふん」 何気に叩き潰す。 華奢な見かけとは裏腹に、忍びのような体術を見せつける二人の少女。 それが合図だったかのように、黒い絨毯が次々に襲いかかった。 陽炎のように軽々と躱していく美しき獣。乙女学園首席の先輩後輩の実力は伊達ではないよう だった。 が‥‥ 「げっ!?」「きゃっ!?」 先程倒したはずの二人に脚を掴まれてしまった。 力は流石に少女のもの。あっという間に路上に押し倒されてしまう。 吐き気を催す悪臭の根源が接触するおぞましさ。 「うわうわうわ‥‥」「やめ、ややや‥‥」 言葉にならない悲鳴をあげてしまう。 すぐに衣服が襤褸切れのようになった。 垢がこびりついたそれが、ナツの白い素肌に接触する。 「うぎゃっ!?、は、は、は、はは、はな、離れろっ!」 春香にいたっては、半裸に近い状態にされてしまっていた。大戦時にトランスに陥ったさくら と全く同じ体躯が服の切れ目から覗く。成熟しきっていない危うい美しさが黒い野獣と相俟っ て殊更に淫靡に映る。 「いや、いや、いや、いや‥‥」 呪縛を振りほどき、必死に起き上がる。 そして自らをかばうように戦うが、それも限界だった。 四肢の動きが緩慢になってしまうが故に、力がいつもの半分も出せない。 それに、なんだか身体から力が抜けていくような感覚。結界でも施されているのだろうか? そうこうしているうちに、あっさりと組み敷かれてしまった。 「むぐっ?」 垢まみれの真っ黒な手で口を塞がれ、声を出すことが出来ない。 かろうじて残っていた衣服の残骸も無残に剥ぎ取られる。 その肢体。 まさにあの時のさくらそのものだった。 『い、いや‥‥こんなのいや‥‥お、大神さん‥‥大神さああんっ!』、 声にならない声を漏らす。 無駄だとわかっていても。 その時。 淡く輝く春香の身体。 桜色の燐光は、さくらが破邪の力を解放する前触れにも似て、美しくも何処か儚げな色合いを 呈していた。 春香に群がる愚連隊一同も、予期せぬ現象に一瞬凍りつく。 暗い路地を彩る源氏蛍のような淡い光。悪戦苦闘していたナツも流石に青ざめた。 「こ、これは‥‥」 それまでのナツからは想像できない、ものすごい形相がさくら似の顔に浮かび上がる。 細い腕、細い脚が、スレッジハンマーの如く悪鬼を弾き飛ばす。春香が放つ淡い霊光が意味す るものが、ナツの核心に迫る。 「やめろっ、春香サンッ!」 ぼんやりと霞む春香の身体。 まぼろしのように淡くゆらめく。 ゆらめきは空間をも歪めた。 まぼろしが帯電する。 春香の身体に繭のような稲妻が形成されていった。 『対消滅のプラズマ、だ‥‥終わった‥‥』 搾り出す言葉に絶望の色を隠せない。ナツは後悔という意味をこの時初めて知った。 意識が朦朧としてきた。 自分の身体が‥‥消えて‥‥いく‥‥ 春香の脳裏に破滅の光景が過ぎる。 メキッ‥‥ グシャッ、ゴリッ‥‥バキッ‥‥ドンッ 突然、強烈な打撃音が路地に木霊した。 爆音に振り返るナツ。 野獣が壁のオブジェになっていた。 「い、いったい、何が‥‥」 春香に視線を戻す。 「!?」 春香の身体を包んでいた淡い光が、何故か忽然と消えた。 まるで何かに喰われたように。 横に立つ、その人。 すぐに春香は解放された。 朦朧とした瞳で横を見る。眼下には同じように黒い塊が横たわっていた。 暗い路地の壁に明らかに血だとわかる壁画が形成されていた。 ゆっくりと視線を空に戻す。陽の光は届かない。入り組んだ楼閣が作り出す天井に眩暈を催す 春香。 そんな遠近感が欠落した空間に、一人の人影が確かな距離をもって手を差し伸べてくれる。 漆黒の影。影が黒い輝きを放っていた。 「怪我はないか?」 日本語。聞き覚えのあるハスキーな声だった。 「う‥‥あ‥‥」 「また日本人か‥‥団体旅行か?」 「え‥‥?」 暗くて顔立ちがよくわからない。 が、ひとつだけはっきりしていた。 髪逆立っていた。 「俺を呼んだろ?」 もちろんそれはあの人の声だった。 「お、大神、さん‥‥?」 「何故その名を知っている?」 「え‥‥?」 「かなりの霊力を持ってるようだが‥‥ん?‥‥君、どこかで‥‥」 その人の少し冷たい視線が、ほどなく柔らかみを帯びた。 親しい人に向ける瞳は、これほどまでに暖かいものなのだろうか? 「は、はい、わたしです、野々村‥‥」 「まさか‥‥わかな、さん‥‥真宮寺若菜さん、では?」 「へ?」 「これは驚いたな。突然いなくなったと聞いたときは亡くなったとばかり‥‥どうし てこんなところに?、少佐には伝えてあるんですか?、さくらちゃんには?」 「え?、あ、う‥‥?」 「あ‥‥すいません、矢継ぎ早に‥‥とりあえず俺の服を着てください。目のやり場 に困ります」 「え‥‥きゃっ!?」 ようやく自分の状態を再認識した春香は、手渡された黒いジャケットに袖を通した。指先まで 袖に隠れてしまう大きさ。その人の残り香に、またもや眩暈を覚える。太腿も隠してくれるが 繋ぎ目は甘い。さくらに似ている所為か顔立ちは幼く見えるが、こうして肌の露出面積が多く なるとれっきとした大人の女性であることを認識させられる。 「そっちのお嬢さんはどうだい?」 「ハ、ハイ、大丈夫でございますデス」 「あれ?、似てる‥‥妹さん、じゃないよね‥‥そういや、あの子も似てるな‥‥」 「ナツと申します、ハイ。まあ、その、妹、みたいなもんでして‥‥」 「へえ‥‥あ、この先にホテルをとっています。仲間もいますから一緒に‥‥」 「感謝感激。見知らぬ土地で途方に暮れてたんですのヨ‥‥ネ、“若菜”姉サン?」 「‥‥あん?」 「是非一緒に来てください。いや、ほんとよかった。さくらちゃんの喜ぶ顔が目に浮 かびますよ。少佐もきっと‥‥」 「え、あ‥‥う‥‥」『‥‥大神さんじゃないのカ?』 しっかりと肩を抱かれ、逃げ出せない状況に陥ってしまった春香だった。 うれしいやら悲しいやら、冷静な春香をして混乱が生じ始めていた。 さっきまで茉莉花と一緒だった。自分の危険に気付いて戻ってきてくれたのか? 自分のために‥‥? わたしの声が届いたの? それに、この人は本当に大神なのか? 違いなど見出せないが若干若いような気もする。20歳を少し超えた年齢だと思っていたが、 こうして見ると十代半ばだ。それに‥‥ 冷たく鋭い視線。決して群れることのない孤狼の如く。 あるいは天に反逆する墜天使のように。 『‥‥大神さん、じゃない、かも‥‥どこか、違う‥‥』 いや、大神に間違いないだろう。春香はそう自分に言い聞かせた。 それより、自分のことを“若菜”と呼んだ。 『真宮寺若菜?‥‥さくらちゃん‥‥‥‥母親?』 さくらの母親のことか? 自分をさくらの母親と勘違いしているのか? 『‥‥いくらなんでもそれは酷いですよ、大神さん』 さくらの年齢を考えると、その母親とはさしずめ30代後半から40代だろう。 そんなに歳とってないんですけど。それに少佐って‥‥ 「あの、少佐というのは‥‥」 「何言ってんですか。真宮寺一馬少佐、あなたのご主人ですよ」 「!?」 真宮寺大佐。 故人だ。降魔戦争で戦死したと聞いている。 『‥‥どういうこと?』 後ろを歩くナツを顧みる。 茉莉花が困った時に見せる、頭を抱えるポーズ。それを模倣するナツ。 上目づかいに空を見上げ、ぼけっとしたまま歩いていた。 いつもと変わらない暢気加減に、むかついてしまう春香。 先ほどの不遇にしても、元はと言えばこの小娘の諫言が原因だ。 『ちょ、ちょっとっ!』 『ん?‥‥どうしたのカナ?』 『どうしたのカナ?‥‥じゃないわよっ!、どうするのよっ、これからっ!』 『とりあえず流れに身を任せまショ』 『んんん、もうっ、なんで私がこんな目に‥‥こんな‥‥』 自分は今、あの青年の腕に抱かれながら歩いている。 その人のぬくもりを改めて実感する春香。 こんなに逞しい人だったのか‥‥ あ、わたし、汗臭くないかな。 こんなことになるんだったら、香水つけてくればよかった。 うわ、髪が乱れてる‥‥だらしない女の子だと思われたかなぁ‥‥ 大神さん‥‥ 『ほー‥‥こんな目に、とは?‥‥ナツが代わろうカ?、その立場』 『う、うるさいわねっ!』 一方のナツ、いつもの調子に見えたものの、内心はかなり安堵していた。 先程の春香が陥った擬似トランス状態をいち早く見抜き、そのステータス異常が齎す最悪の結 末が目に浮かんだ時は、このお遊び尾行を心底後悔した。かつてさくらが遭遇したトランスと は訳が違う。 『対消滅実験で見た臨界光と同じ‥‥大陸が消えるとこだった』 むっとする春香の目線を受けつつ、そのポテンシャルを改めて思い知り、ぞっとする。それに しても、だれも気付かなかったのだろうか。 『間違いなく“反霊子”だナ。よもや生成できる人間がいるとは‥‥危険度なら大神 隊長の複素霊力以上だゾ?、どーなってんだ、大将‥‥』 春香の評価は勿論高いが、特記すべき異能者というわけではない。 表現は悪いが、帝撃の隊員評価基準には“異能者ゾーン”というものがあり、霊力ポテンシャ ルとは別の“超常現象を誘発する区分”としてAからEまで設定されている。Aに向かうほど 危険度数が高い、ということで、現在登録されているのは、Bクラスに勢揃いする夢組メンバ ーと花組のアイリス、Aクラスの大神‥‥そして特Aクラスの神凪と何故か茉莉花。 “特”はクラス外、つまり評価判定基準を超えてしまったことによる追加処置だ。 さくらもついこの間までBクラスに登録されていたが、何故か抹消されている。逆にアイリス が追加された。念動が危険視されているのはなく、別の要因が発端となっているらしいが‥‥ 『どーして春香サンを登録してないんだ?、茉莉花級だゾ』 先の春香の状態だと特Aクラス入りは確実だ。厳重な監視が必要になる。 勝手知ったる様子のナツだが、春香のことは寝耳に水だ。 『しかし、さっきの様子だと大陸が消えるだけで済むカ?‥‥いや、反霊子対消滅で 生成される単位エネルギーは重核融合の数万倍‥‥そうだ、あの光量だと地殻なん て軽々蒸発、地球の中心核に‥‥!‥‥じょ、冗談じゃないゾッ、地球が消滅する じゃんカッ!、どーする?、春香サンを拘束するカ‥‥いやダメだ、意味がない。 どーしたら‥‥』 やはり、だれも知らなかったのか‥‥? いや、本人も気付いていないようだ。 『待てよ‥‥まさか、マツリカと同じように‥‥』 神凪茉莉花と野々村春香。 やはり次の帝撃の双璧になることは間違いない。 『‥‥ちょっと、聞いてるのっ!?』 『あ?‥‥おお、勿論、聞いてますとも』 「何話してるんですか?」 「え、いえ、その‥‥」「おほほほ‥‥」 「何、心配はご無用ですよ。大佐の大切な奥方ですからね、責任をもって日本にお送 りします。さくらちゃんとも久しぶりに会いたいし‥‥そうだ、仙台に直接行きま しょうか?」 「‥‥‥‥‥」「‥‥‥‥‥」 「今日の夜に出航予定ですが、大丈夫ですよね?」 「あ、あのですね、それはですね‥‥」「えと、えと、えーと‥‥」 「ん?‥‥何か問題があるなら言ってください。私が処置しておきますから。大佐に は一方ならぬ恩義があります。さ、遠慮は無用ですよ。なんでもおっしゃってくだ さいよ」 「うう‥‥」「‥‥ちょっと困ったかも」 ▼ 「ああっ!?」「どうしたのですか、二人とも」 「知り合いだったんですか?」 「え、ええ、まあ‥‥」「すまん、マツリカ、無明妃様、つい魔がさして‥‥」 ホテルに着くなり、茉莉花と無明妃に対面することになってしまった。 ここまで出歯亀するつもりはなかったのだが‥‥仕方ない。窓際で何やら打ち合わせを始めた 青年二人を横目に、四人の女性陣が円陣を組む。ここに至って最年長になってしまったらしい 無明妃(他の三人は顔立ちが似ている分、余計に浮いてしまっているが)。同じ四人でいつも の夢組と勝手が違い、まるで修学旅行に来ているような雰囲気に、流石に危機感を持ち始めて いた。普段なら問題ない光景だが、如何せんこの環境は非日常的すぎる。 『春香殿ともあろうお人が‥‥どうして?』 『ご、誤解です、無明妃さん、わ、わたしは、その‥‥』 『まあまあ、こうなってしまったもんは仕方ないですナ。大神さんに助けてもらった 恩義もあるシ、ここは流れに身を任せて‥‥』 『助けてもらった‥‥?』 『いやぁ、ナツら暴漢に襲われましてナ‥‥哀れ、春香サン、その見事なお身体を標 的にされ、“いやいや”と叫ぶところに登場したそのお人、何気なく一蹴、“食事 でもご一緒に”‥‥相変わらず素っ裸の春香サン曰く“それならわたくしを召し上 がれ”‥‥ぐわっ!?』 『こ、こ、このっ、このっ‥‥』 『春香さん‥‥本当、ですか‥‥?』 『んな訳ないでしょっ!』 『はひ‥‥いやぁ、春香サンのあの妖艶な姿に流石の大神さんも生唾‥‥ぐえっ?』 『ふ‥‥意外に大胆なお人ですね、春香殿は』 『もう、違いますってば‥‥』 ひそひそ話し込み始めた四人。珍しくそれを微笑ましく見つめる青年たち‥‥いや、特に逆立 った髪型の青年は、少年と言ってもいい年齢に見える。 「女の子だなぁ」 「‥‥ところで帝都はどうなってるんだ、山崎?」 「うーん‥‥米田の親父、少佐と俺。今まで同程度の相手なら問題ない。一応補充要 員が確保できたみたいだがな、女の子だそうだ」 「人手不足か?‥‥だから俺が行くって言ってるんだ」 「おいおい、おまえ、半殺しにあったばかりだろうが‥‥あー、なんつったっけ、つ、 つき‥‥月影だ」 「‥‥ちっ」 「それに神凪、おまえがこの地を離れると結構やばいことになりそうだからな」 「ふん‥‥なら、あの白髪の美人、無明妃嬢か‥‥あの娘を説得してみることだな」 「‥‥ふむ」 「あれは退魔師だぜ。一流‥‥超一流だぞ。本人は隠しているつもりだろうが、あの 霊気は只事じゃない」 「‥‥交渉してみる価値はあるな」 山崎と名乗った青年の銀色の長髪、それと対を成すような無明妃の白金のような長髪。 視線に気づいたの無明妃が振り向く。ばっちり視線が合い、にっこりと微笑む山崎。あわてて 顔の向きを女性群側に引き返す無明妃。火照った顔を手で抑え、冷たい掌で必死で冷やす。 きょとんとする茉莉花の視線を受けて余計に慌ててしまう。 「か、かわいいなぁ‥‥おい、神凪、無明妃さんには手を出すなよ?」 「‥‥アホか。若菜さんは言うまでもないが他の二人も相当なもんだ。若菜さんの妹 さんもなかなかだが、むしろ、あの‥‥茉莉花、って子‥‥」 「ほう‥‥お気に入りか?、三人とも顔立ち似てるが‥‥あれ?、そういや‥‥気の せいか‥‥あの子、小夜子さんに似てないか?」 「‥‥‥‥」 「ふむ‥‥しかし、あの子だけは霊力が感じられんな。それとも他に何か‥‥?」 「‥‥風水師だ」 「ん?」 「超級風水師、それも超特級だ。気になったんでな、さっきから正負の霊力を彼女に 干渉させて吉方と鬼門を人工的に作っているんだが、全部中和されてる。無意識に やってるところがスゴイな。“無双天威”をカマしても空砲に終わりそうだ」 「マ、マジか?、それって結構‥‥いや、相当使えるぜ。これは是非とも仲間に‥‥」 「待て。彼女は俺が預かる。あの子、なんだかそれだけじゃないような‥‥」 「‥‥そうか?‥‥そうだな。そんじゃ俺は勿論無明妃嬢だ。それとナッちゃんだっ け?、あの娘も。よっしゃ、ついでだ、若菜さんも」 「‥‥若菜さんは人妻だぞ?、顔立ちは幼く見えるが‥‥」 「おいおい、誤解すんなよ、俺が想いを寄せる人妻は小夜子さんだけ‥‥はっ!?」 「‥‥いっぺん死ね」 青年二人+少女三人+淑女一人(流石に無明妃を少女と定義することは出来ない)が打ち解け るにはそれほど時間が掛からなかった。青年二人をよく知っている(と思っている)女性群に とって、これほど長い時間を共に過ごすことも珍しい。だから余計にうれしさがこみ上げてく るのだった。 結果的に1:2の男女比になってしまったが、ある意味、デートに類する時間を過ごしたと言 ってもいい。 ‥‥紅蘭が仕掛けたのだろうか? 『‥‥デート、か』 無明妃は紅蘭に対して自ら漏らした言葉を反芻していた。 『ふ‥‥これは借りを返さねばなりませんね、紅蘭殿』 その願いが半ば叶った形になった。もう思い残すことはない。ないはずだ。 夢組のことは心残りだが“山崎”がいる。舞姫、夜叉姫、神楽が、山崎を助けていくだろう。 今までそうであったように。これからも。 そして茉莉花のこと。 彼女は帝撃には必要だ。少しずつ成長して、夢組のエースになれる逸材だ。 しかし‥‥ 彼女も同じだ。自分と同じ。いや、彼女がそうだから自分が一緒にいなければいけないのだ。 自分は茉莉花のためにある。そのために自分は夢組にいたのだろう。茉莉花に会うために。 「ん?‥‥わたしの顔に何かついてます?」 「‥‥え?」 「無明妃さん、さっきからわたしの顔、ぼーっと見てるから‥‥」 「え、あ‥‥いえ、なんでもありませんよ。ただ‥‥こうして見てると、茉莉花殿の 行く末が見えてくるようでね」 「え、え?、わ、わたしの未来、ですか?」 「あなたは美しくなる‥‥帝劇のだれにも負けないほどに」 「‥‥ぽっ」 「うははは、無明妃様、そんな煽てたら、コイツ調子に乗りまっせ。最近ただでさえ 大神さんやら山崎さんやら分別なく追っかけまわしてますからナ。全く、ふぇいろ んさんは何処に行ったのやら」 「むかっ」 「‥‥茉莉花さん、あなた、夢組なのに、いつから大神さんと?‥‥まさか、あなた、 この私を差し置いて‥‥しかも二股三股‥‥可愛い顔して、とんでもない女狐ね」 「誤解ですっ!‥‥それを言うなら春香さんだってひどいじゃないですかっ!、身体 を使って大神さんを誘惑するなんて‥‥いやらしいっ!」 「い、い、いつ、わ、わたしが、そ、そんなこ、ここ、ことを‥‥」 「さっきナッちゃんが言ってたじゃないですかっ!‥‥先輩とは言え、容赦できませ んよっ!、後輩に対して模範例を示してくれないんだったら、わたしだって‥‥」 「こ、こ、この、この‥‥」「ぬふふふ‥‥ナツ、知らんプリ」 あっと言う間に時間が過ぎていった。 窓辺に佇む青年二人の顔がぼやけて見えにくくなってきた。 陽の入らないホテルに赤味がさす。夕焼けの赤色光だけは通過することを許されるらしい。 先の不遇が堪えたのか、ナツと春香はベッドに横たわって深い眠りに入っていた。無明妃もソ ファにもたれて瞳を閉じている。眠っているのかは普段の状態からは判別がつかないが、先刻 から微動だにしない。 椅子に腰をおろしている茉莉花だけが起きている。休めと薦められたが一向に眠くならない。 椅子に座り、何をするでもなく、ただ‥‥その壁際に置かれた一本の長刀を見つめていた。あ の逆立った髪の青年が置いたものだ。 長刀から影が延びる。窓から差す夕陽。その赤に輪郭だけを示す青年二人。 その実体は暗くてよくわからない。赤い逆光の中で影だけを示す。 ふと振り返る茉莉花の網膜に、二人の青年の影は鮮明な映像となって刷り込まれた。 なぜだろう? それは青年二人の未来を示しているかのように思えてならなかった。光の中に埋もれる影‥‥ 「‥‥光、あれ」 ふと呟く茉莉花。 両手を合わせ、神に祈りを捧げる。 学園横の教会のシスターが教えてくれたとおりに。 「うん?」「ん?」 振り返る青年二人。 自分たちに向かって祈りを捧げる少女を不思議そうに見つめる。 「この地に遣われし加護の天使よ‥‥この方たちに光の道標を示したまえ‥‥」 祈りなさい。 自分のためではなく、だれかのために。 シスターの言葉が再び蘇る。 「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」 「あ‥‥ごめんなさい、お二人とも表情が暗かったから‥‥でも、日本に帰ればきっと 楽しいことがありますよね。わたしにできることがあったらお手伝いします。さっき お二人で何か相談してらしたでしょ?」 「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」 「それに‥‥大神さん」 「ん?」 「怪我してますよね?‥‥シャツの下、包帯だらけなんですよね?」 「‥‥何故わかるんだ?」 「なんとなく。いつもの覇気が感じられないし‥‥なんか、暗い気配しか‥‥」 「いつもの‥‥?」「ほう‥‥」 「だから‥‥」 「俺のことはいいよ。今のうちに休んでおきなさい」「そーそ」 「は、はい‥‥はい‥‥」 夕陽が少しずつ暗みを帯びてきた。 月の時間がやってくる。まどろみの中で茉莉花の耳に聞こえてくる声。 悲痛の叫び。憤怒の咆哮。 眠りに入る茉莉花の夢の中にすら届くその声は、いったい何処から聞こえてくるのか? その声の主は? 「泣いてるみたいだな‥‥しかし、ほんとに‥‥小夜子さんに似てる」 「怖い夢でも見てるんだろう。この地にいたぐらいだ‥‥それも解決するさ」 「‥‥そうかな?」 「ん?」 「風水師か‥‥この子、俺たちの未来を予見してるんじゃないのか?、涙ぐむほ どに‥‥哀しい未来を、な」 「そうだとしても不思議ではないな。報いを受けるほどの所業はしてきた」 「‥‥そうだな‥‥そうだよな」 「哀れんでくれる者がいることは幸いだ。汚れなき乙女であれば尚更」 涙で滲む睫毛を、その青年はそっと拭った。 夢見る少女の夢はどんなものなのか? 二人の青年には知る由もない。 勿論、その未来がどんなものであるかも。 <その4終わり>