祇園御霊会99 山鉾巡行

1999年 8月 3日 追加



 1999年 7月17日、祇園御霊会、通称祇園祭の山鉾巡行に行きました。
 その日は、結構運がよかった。
 巡行が始まる前に四条通に出てくるときに山や鉾の辻回しを見ることができたし、裏道をうろついてると、長刀鉾のお稚児さんの注連縄切り見れたし。それから、新町御池で曳山と鉾の辻回しを全部見れました。


新町通りを行く南観音山
これが本来の山鉾巡行の姿
 巨大な鉾が動くのを見るのはその日がはじめてです。この間は長刀鉾、月鉾、函谷鉾の大きな鉾は動いていませんでしたから。
 大きな移動物といえばダンジリがあります。私の住んでいるところのダンジリは祇園祭の山鉾よりふた回りほど小さいのですが、そのぶん激しく動きます。そのためか、ダンジリ全体が一つの塊になって動きます。今までは、これが私の山車のイメージでした。
 しかし、曳山や鉾はちがいます。ダンジリのように激しい動きが無いからなのか、それとも大きいからか、とてもしなやかです。
 動きはじめるとき、止まるとき、そして楔をかまして方向を修正するとき大きくゆれます。右に、左にかしみます。そして大きな音がします。激しく動くダンジリの迫力に対して、静かな迫力が曳山や鉾にはあります。

 山鉾巡行といっても、常に動いているわけではありません。神輿の神幸還幸同様、ところどころで休みます。ちょうど辻回しが終わったところで休みます。
 そのような具合ですから、はじまりから終わりまで4時間もかかります。歩けば1時間もかからないコースです。
 しかし、動きはじめれば山も鉾も早いです。ちょうど早歩き程度。ゆっくり歩いていると置いていかれます。

 山鉾と一言でいってしまいますが、大きく分けると3種類あります。
 一つ目は鉾。説明する必要はありませんね。大きくて、上に囃子方がのって2本の綱に曳かれます。おそらく、山鉾巡行と聞いてイメージするものです。
 次は曳山。名前は山ですが、基本的なつくりは鉾と同じです。
 なぜ、鉾といわず山というのでしょうか?それは山車の中央に鉾があるからと思いました。確かに、曳山には真木には鉾ではなく松がつけられます。しかし、船鉾には鉾どころか真木もないのだから。基準はわかりません。
 最後が山。これは本来神輿のように舁いていたのですが、今は車輪がつけられ、曳かれます。もっとも、神輿も今では車輪がついて曳かれています。
 形は四角く、上に人形が飾られ、松の木がつけられ、鉾とも神輿ともちがいます。ただし、傘鉾のように例外的な山もあります。


船鉾の辻回し 御池新町にて
 大通りの御池通から細い新町通に入るときにはすでに巡行は終わっています。そのためか、このときの順番は必ずしも巡行の順番ではありません。
 新町通りには北観音山をはじめ、5つの曳きや鉾があります。新町通りの鉾町の順に入っていきますから、ここで巡行は終わったも同然です。
 しかし、山鉾巡行は町屋祭といわれるように、鉾と町屋が接する小路を行くのが昔の巡行です。実際、今の大通りになる前は戦後復活してからも小路を通っていました。ですから、新町通りの巡行こそが、本当の山鉾巡行かもしれません。
 新町通りの町屋や住宅は2階の窓をいっぱいに開けて、乗り出すように鉾をながめます。手を伸ばせば届くところです。そこから人々は御祝儀を渡します。すると、山や鉾からちまきが投げられます。昔は、飲み物とかの差し入れもあったそうです。
 電柱や電線を屋根に乗った屋根方が足で捌きながら小路を移動していきます。一番、山鉾巡行らしい瞬間です。
 そして、それぞれ自分の鉾町についたところで締めて終わります。巡行が終わると同時に山や鉾の解体が始まり、見てる間に裸になり、骨組みになっていきます。鉾立てのときと違いとても手際よく、早い解体です。それを見ていると、まるで祇園祭そのものが終わったような気がします。
 しかし、祇園祭は本格的に始まったばかりなのです。(詳しくは、「山鉾の無い祇園祭」参照)

おまけ。

新町御池での各曳山、鉾の辻回し時間と回数。
1長刀鉾(巡行1番)
 10分程度(計測せず)。回数不明(計測せず)。
2函谷鉾(巡行5番)
 5分。3回。
3菊水鉾(巡行9番)
 9分。6回。
4鶏鉾(巡行13番)
 5分。4回。
5月鉾(巡行17番)
 6分。3回。とてもスムースかつきれいに回る。
6岩戸山(巡行22番)
 4分。4回。
7船鉾(巡行23番)
 4分。5回。
8放下鉾(巡行21番)
 7分。6回(内2回は動かず)。
 はじめから音頭取りの息が合わず、さらに1回目がまったく動かず、
 3回目はほとんど動かなかった。1回目には笑い声が上がった。
 最後まで音頭取りの息が合わなかった。
9南観音山(巡行最終(32番))
 3分。3回。手際よかった。
10北観音山(巡行24番)
 1分。3回。辻回しの竹を敷くところから回り終えるまでわずか1分。
 ほかのは前の山が新町通に入っていく間に敷きはじめていることから
 考えてもとても手際がいい。
 辻回しそのものも声がよく出て威勢もよく、思い切りがいい。
 見ていても気持がよくなる一番きれいに回った。

山鉾巡行を見て思った疑問。

 本当に、「祇園祭」? なにしろ、山も鉾も八坂神社まで行きませんから。一応、御旅所から遥拝はしますが、目と鼻の先なのにね行きません。
 もしかすると、昔は四条大橋が鉾の重さに耐えられなかったからでしょうか? では、どうして橋も渡れないような山や鉾をつくったのでしょうか? 御神輿は渡ることはできるのに。

 山鉾も最初はそんなに大きな物じゃなかったようです。いつのまにか、神社に行くのが面度臭くなったのでしょうか? どうせ行かないなら、橋を渡らないでいいのでだんだん大きくなったのでしょうか?
 それが今まで続いて、鉄筋コンクリートの立派な橋ができても面倒臭いから今でも御旅所から遥拝してるのでしょうか?
 しかし、御旅所も、まだ御神輿来てないので神様はいないはずです。目と鼻の先にあるのに遥拝で済まそうなんて、失礼ではないかと思います。それが、神社と氏子の関係を表わしているのでしょうね。

祇園祭フィールドワークもどき


    水龍〈shuilong〉