大橋菊太集

 

 

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句帖より()

 

大正57

 

七月一日 月斗廬ニテ

生節や巧みに切りし人の数

生節や猫かきのぼる煤障子

門川や萍よけてすすぎもの

萍やも水にくさき聚落町

萍の雨ふって降って降りやまぬ

紅のあせつついきる草ありぬ

墓山にのぼる喘ぎや草いきれ

ひるともす曇り百足が縁走る

揶揄一番風鈴に目を外らしつつ

七月九日

 七月十四日 九日目が宿直 花醒

日盛りに立つをなれたる飛脚哉

日盛りの子は中々に病まぬもの

 

夏菊に日陰の土はしめりある

日盛りの草寝せてある花屋哉

家毀つ瓦が欠けて日の盛り

夏菊のほかは秋草ばかりにて

月斗廬の行水時に立寄りぬ

萍をちりぢりに叩きちらす雨

宵山にはからず京へのぼりし日

 

温泉の宿は二人のために蚊がなきぬ

涼しさの何か小声で唄ひつつ

隣客に浴衣姿を覗かれし

瀬の声に障子さしけり灯取虫

百合活けてある崖添ひの四畳半

蛍どこへ行くかと闇を見つめゐる

月よしと婢が蟵をつりにきし

夕顔のやうな顔して女形哉

春の灯に人を酔はして夭折す

 

筍をくへば鼠に似たりけり

筍に乃ち鼠は土と化す

筍を戻りに貰ひ忘れけり

筍が出れば筍ばかり喰ふ

蝙蝠にせはしく夕餉すましけり

女どもに用なきビール冷えてあり

山宿につきしうれしさビールよぶ

麦酒にて思ひを遣るに又淋し

嵯峨は静なうちに暑さあり

午過に京へのぼりし暑さ哉

 団扇

何か云ひたげの君に手の団扇哉

浮世絵は昔なかりし団扇哉

柏亭がいつか来て描きし団扇哉

団扇手に客坐をはなれ書架も見る

 炎天

寺ひろく炎天の大木立哉

炎天や子が出て李かち落とす

炎天や川岸の倉崖樗ちる

白服の君炎天の姿かな

祭月の炎天となりにけり

 納涼

坐敷より籞の見ゆる夕納涼

南国の帰客迎へて納涼哉

今日も何処かの祭なり夕納涼

 灯取虫

燈をとりにきて葛菓子に落つ虫や

二階迄灯をとりに来しうんか哉

 

衣紋竿子のなき夫婦すめりけり

一日の芝ゐの汗や衣もん竿

着し時の左下りにえもん竿

芝ゐ戻りの叔母が泊りぬえもん竿

衣紋竿にかけて晴着の汚染しりぬ

舟遊盛んなりし大川恋し

女大勢の声高に舟遊

居留地の灯淋し北へ舟遊

星一面の夜露怖れつ舟遊

網島 大長寺のあたり更けたり舟遊

二軒茶屋を日盛に立ちぬ

扇どこで忘れしか又今日もなし

夏菊のほかはすがれし艸ばかり

君の友生活もろし夏帽子

瓜喰うて恐ろしく心尖りけり

瓜ひやしあるを楽しみ帰り来ぬ

祭太鼓の稽古夜更けぬ雨催ひ

出るも憂しと明きより蟵に這入けり

門にすずむ女ども姦しさ

 

田鼠  月村、雨中網曳く  蝶衣、夫婦何の  菊太、蟻遠々道の  里風、花氷巧に鯉  白花蛇、机買ひしうれしさ  北里、妻もらふ事思ひつつ  魚子、朝めしの白粉  幹、汽車待つ紋服  藤雨、海底の  雲桂ろ、蒲の穂を吹く  陽星、部屋へたつ  蒲人子、蚊柱や洗ひ来し  煙村、くつかへす  九品太、里さびれしもくる祭  徂春

七月十二日

 夏菊、ひる寝、日盛り

住吉へ連れ来ても子の昼寝哉

いつになく机の蔭に昼寝かな

ひる寝起忽然と庭に水うちぬ

屋上の花卉水をまたんひる寝起

紫蘇買うてある板敷やひる寝起

ひる寝起門あけて家人誰もゐぬ

誰か来てありしけはひやひる寝起

ひる寝起我ために林檎買うてあり

虫多き木立の茶屋にひる寝哉

 加賀屋しかん白粉や、

暮、大丸の顔でしかんが白粉をうった、豊國の看板を出してしかんのコをカイにきた

七月十四日 朝天満。月斗廬へ夕より

それから新地大村にて句作。

炎天の紫蘇一揃置き去りぬ

炎天の辻番付に風ありぬ

上人に言葉憚りつ団扇哉

話挟む人の手に団扇哉

夾竹桃に日中しばらくの暑し

二階より高き夾竹桃と也ぬ

曽根崎は蚊も交りけり灯取虫

君兀然と座にありぬ灯取虫

毛氈を押への花卉やすずみ床

我国と涼しき文交はされし事極東に後顧なくロシヤすずし

夕立の後にはれたる満月や

月斗、風人、浴水、甘堂、梅蕾子、菊太

七月十五日 米堂談 筆と紙

 布団積みて靠れ寝る夜や火取虫

眼のにぶくなりし母やな火取虫

廊下人行く障子の灯かげ蚊帳に見つ