大橋菊太集

 

 

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句帖より()

 

大正51

 

子の日衣神々しくもいたひけに

買初の何がな妹はあてどなく

かるたよりしげしげ通ひ母も知る

吹すきの父でありしとひき初す

江戸役者のゐぬがうれしく初芝ゐ

午過やふと思ひ立つ初芝居

井筒屋の部屋の飾りや初芝ゐ

温泉戻りの鞄もとかず初しばゐ

手まりつく日南さがしてゐる子哉

手まり唄にさぬきなまりや隣の子

壬生の面かけたる壁に初日哉

初凪や子衆の心沖にある

初凪の漁村一屋摩耶はなし

鳥追も昔うたへばなつかしき

鳥追や流れ流れて浪花津に

返へさじと手毬かかへて去にし子や

泣かされて又遊びよる手まり哉

寝る迄とかした手まりがなかりけり

 

左右龍の筆を旨とし吉書哉

畫龍點睛のうらみ吉書になかりけり

南天の実を印にて絵双六

世の中に二道なけれ絵双六

龍雲をよぶいとまなみ初句会

元日や人の心は可笑しけれ

湯殿出てほてほて初日拝みけり

我庭や八ツ手もさかす初日影

元日の宵通しつつ句に遊ぶ

亜米利加も艦造るてふ御代の春

亡国を箴とすべし也けさの春

初鶏や垣の山茶花まっ白に

正月や梅さく寺の大般若

正月のたのしみ酒にある父也

船頭や正月凡そ大酒に

正月や一日として縫ふ日なき

初夢の絲にもつれもなかりけり

初夢を秘めたり我は懐に

盛すぎし妹もちけり初暦

 

時にさく花はうれしも初暦

蓬莱やうしろに坐の弥勒佛

一鉢を頒ちのこしぬ福寿草

福寿草に水の潤ふ砂子哉

門先や年玉くれに叔母が来し

いつ来ても正月らしき構へ哉

年玉の数の年々殖えにけり

年玉やかねがねほしき花の樽

年玉やそへて歌舞伎の絵番付

思ひうちに余りあればぞ霜夜なる

夢でなかれと思ふ夢さめ湯婆冷ゆ

 

煤掃の庭に鵯来て晴がまし

それぞれ誰も役の異なるお煤哉

鳩の糞掻くに一人やすす拂

煤焚く火風下にある我家哉

朝遅き女房供やお煤の日

庭芝をかこふ松葉やすす拂

すす水や天井うつる大盥

船宿のすす掃を見て立つ日哉

 

寒つきや九軒のどこか太鼓うつ

寒もちの試み辛き大根哉

日の霜や茶の大垣に寒搗す

豆のもち必ず寒につかせけり

寒もちやいつも餅屋でつかせゐる

寒つきがもてきし藁や門の凍

一日二日のびて寒もちはやしけり

寒もちの筵にちりぬ絵番付

寒つきも祖母の在る間と思ひけり

寒つきやあろしの役者下にある

 

澪杙を没する涛に千鳥哉

風垣に身をかさしなく千鳥哉

東山に細き虹立ちなく千鳥

山の尾のくもり誘ふや川千鳥

大風の光れば千鳥瀬も光る

雨催ひ川千鳥なき朝餉哉

川上は藪もあらはに千鳥哉

小夜千鳥女は物を云はず寝る

 

巨燵の山一方に机上整然と

椿いけて巨燵の匂ふ一室哉

皃見世と御所見て泊る巨燵哉

逐ひも夜るは巨燵に入りもせん

子の添乳にいつか巨燵の宵すぎぬ

猫何か銜へて来たるこたつ哉

山茶花やよべの巨燵が縁にある

朝湯もどりて巨燵に入れば又睡し

 

 病中

巨燵火となるに我背は水浴ぶる

巨燵にて物も云はれぬ日のありし

計らずも四五日寝たるこたつ哉

巨燵にて剃るべき日和まちにけり

 

明日の日の日課思ひつ氷柱折る

くりつつ氷柱に夜の軒となり

北風の嵯峨線に来しに灯りゐる

北風の我家思ひつ泊りけり

避寒宿に梅挿して思ひ我家かも

鴨打と見ざりに也し避寒哉

藪巻や菜畑控へて寺安し

藪巻のはつれに古き旗亭哉

 

死を思へば慾もなかりき埋火に

雪舟唄のあはれ消え行早さ哉

一足も雪舟で往来す国見たや

まだきより四五子既に在り寒稽古

寒声に狐のくさみうつりけん

遊学の子も帰り葱を引く日哉

更けてよむに窓に葱畑ふむ音す

 

室咲は深紅の花に極りぬ

室を出しが外で黄にさく花淋し

眼をやみて庭に出るのみ冬の蝶

冬に生きて蝶は雀に逐はれけり

葱引くや遊学の子も帰りゐる

避寒地や此境すてに故人よむ

水仙と見べき女と避寒人

紅の花びらあせつ室の内