大橋菊太集

 

 

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句帖より()

 

大正545

 

四月九日

国の客に住吉見せつ春徂く日

熱の舌に春惜まるるみかん哉

いかにして今日迄経しか春くるる

干鯊魚の埃つむまま春惜む

春惜む皃で訪ひ来ぬ苗木売

四月九日

 蠶、豆の花

豆の花さいてゐて娘見ぬ日頃

昧爽のよろしくなりぬ豆の花

ふと裏に出しさはやぎや豆の花

母一人が衣裁ちあわつ豆の花

静さや蠶にかかる家内中

桑つみに出た間をせめて物忘れ

 

温室の露にぬれけり袋蜘

蜘の子や簀子にすてし薬瓶

引籠る間に蜘が子をもちぬ

蜘の子やいつから活けぬ竹の筒

蜘の子や風雨にからぶ幣の先

蜘の子や造花のバラの蘂の中

蜘の子や塑像の皃につむ埃

--四月十八日--月斗廬ニテ

四月廿七日

橋筋や綺羅眼につよく夏に入る

苜蓿しろじろと踏まれ夏に入る

木賊いけて水の濁りや暮の春

我やせてあるをしらずや春の蚤

廿九日一時 難波新川叶橋お多福茶屋

   茶店

待呆けて茶店の婆に言訳し

脇足が枕にもなる茶店なり

洋傘忘れたが恥しい茶店也

硝子障子でなけりゃよい茶店

女客ばかり粗末にする茶店

 

舷をそれて蛍のすういすい

夢かとも湖の眺霞みつつ

牡丹畑に雲寒く夕つぐる哉

余花山路夕かげりつつ帰に遠し

金絲雀に風柔らかし余花の昼

余花夕ぢっと淋しさ怺へゐる

余花ほのとおつに並木は風が立ち

峯々や余花にはれ行く雲のあし

川音のどよもすなかや花のこる

歯の痛み今日も茂りに日の曇る

梅老樹苔はひのぼり庭薄暑

紫陽花の茂り日に日に庭くらみ

コリウスも水よく吸へる薄暑哉

しもつけの花のはつかに薄暑哉

 

梟のなくあたり飛ぶ蛍哉

毛氈に色失へる蛍かな

梟の声慕ひよる蛍哉

どこの家を魂ぬけし蛍かな

浮ぶ瀬をどこぞと飛べる蛍哉

社務所の灯は町より高し飛ぶ蛍

蛍にげて茨の中に灯しゐる

天神山の松枯々に飛ぶ蛍

大阪の高み古跡に飛ぶ蛍

蛍とぶや増井の水は町の下

生涯を山登れじと蛍見る

かれかれに蛍生きゐつ籠の中

 

何かきて夜の間に苺染めにけん

(句作)此楽しみ誰かしる苺みずみずし

読む傍に苺があればそれでよき

寒いうちに赤い佛果の苺哉

苺買ひにゆけば寝てゐるその家も

友も何もいらぬと思ひ苺喰ふ

門納涼娘の内は羞しき

 

洲の鳥居を二階の眺め松薄暑

役者やめて商人になりし袷哉

旅もどりの主を俟つに新茶哉

目も足もくさる斗りに昼寝哉

灯もるにまだ囀れる四月哉

遠浅を舟迄渉る日傘哉

花桐やびく積む家裏沙乾く

戻り路を納涼の人に見られつつ

 

五月廿日夜 月斗廬

薬やめて何か淋しき蚊帳の月

少しよしと薄着で寝し夜蚊帳の月

夜疲れて戻りぬ蚊帳に灯のくらし

石竹の匂ひとしりぬ眠られず

路考茶に帛紗そめ来ぬ風薫る

燈の底に逡巡として守宮哉

淋しさに燈を慕ひ来る守宮哉

遠雷を耳にしつ話旺なり

 

丁抹のコペンハーゲンのヨハンゼン氏の調査。

子供は一年中に四月から七月頃迄は身長が殖える。

その他の月には体重が増し行くと云ふなりとある。

 

光琳忌思へば牡丹ちりしほに

牡丹いけし朝の心の穏かさ

ラランドの美酒を座に牡丹傾きぬ

胸に揺るぐ十字架の牡丹客ありぬ

庭の牡丹に足とめしなつかしの人