大橋菊太集

 

 

 

句帖より()

 

大正56

 

番船会の句会十三の椿の森にひらくと云ふ。青々したる茂り、草離々たる処に緋毛氈を敷き筵をのぶ。虫をおそれて危坐の人あり。杜を貫く小洫に蹲む人あり。清ければ曲水もがなとうらみしはさすが素翁也けり。森林の句坐、木蛇茶を蒸し、白花蛇菓子を運び、しきりに力む。散会後、某家夕餐の齟齬、白花蛇先づ姿をくらまし、木蛇見る見る憤怒の色あり。菊太怖れをなして俥を飛ばして去る。月素の二翁ひる狐にだまされしと口に出さねど腹は北野の電車道、十三橋の長き事。日すでに淀の入江にかくれんとす。

 

俳諧師ももっと手習をせんといかんな

(洋服男曰く) 俳扇会

 

青々、溢美、別天楼、ろ斤、風人、素翁、月斗、秋双、葉子、白花蛇、春沙、菊太

熱の薬 辛夷五歩、檳榔樹四歩、紅の花一歩、六つに割り、じかに水へ、水二合半を二合に蒸じ

羅や我らが妻の肥え来たり    月斗

妻をモデルにして描きたり青簾  同

毛虫、青簾、今年竹、けしの花、青嵐、花柘榴、

雲の峰、青梅、百合、麦秋

青簾裸の女かくれけり

額に汗にじませて毛虫とる僕

毛虫やくを見てゐても熱うなりぬ

はした女に叶はぬ恋や青簾

躬ら池に落ちたる毛虫哉

行人が我袖の毛虫云ひよりぬ

青簾招かれて草花活けて見す

青簾主客交々謡ひけり

女安からぬ顔しぬ燈取虫

はづかしと云はでこそあれ青簾

雲の峰酒にも飽きし顔でゐる

夫婦何の憚りありや青簾

顔剃らぬ紅毛人の扇かな

扇の画とまれ題句の拙き字

青簾夫妻草花を愛しけり

花ざくろ明るう雨の晴れて蒸す

青簾此頃誰も来てくれぬ

汗になるとしりつつ水をのむ日哉

降りかけて雨のにげ足毛虫焼く

水せめの剰さへ毛虫ふみにじる

毛虫うざとつく梅の葉のどのうらも

今日は又杏にも毛虫見いでけり

花柘榴藪を控へて垣内かな

 

酔来翁に菊太

『先生の御作がないのでさびしいです』

 『………』何を云ふと

 『先生の絵は堂に入ったものです』今更らしく云ふ

 『君のわる口が堂に入ったものだ』

 菊太思へらく、上には上がある。

 

泳ぎつつ心は今宵逢ふべけん

百合の花描くべく活けて日がたちぬ

幼くて歯を痛めけり天瓜粉

母の血を享けさかしき天瓜粉

庭の樹もぢっとしてゐる夜の縁

裸にて寝ながら門に答へけり

水くみに走って行きし裸哉

これ肉これ銕のはだか哉

楯彦の裸見た人なかりけり

簾越し女裸でのぞきけり

裸にて出て見れば庭に巡査哉

私宅では先生でなき裸哉

午後二時頃迄裸でのみし昔哉

裸にて寛げば去ぬも忘れたり

我一人裸ばかりの座に来る

八つ手逞しきてふに水をうつ裸

羅のよき人通る名所見に

羅やこえて行くのが気にかかる

五月雨の空を仰いで淋しさや

蚊のゐるさへ我夜は我を淋しうす

我に恐ろしき梅雨の今日ありぬ

うとましき我れの匂ひや梅雨しめり

避暑地淋しと思へば急に堪れず

嵯峨山やただの草家の五月雨

竈焚くが戸口に見ゆれ梅雨の宿

心遠くなる日のくもり蠅たたき

朝間しばし日のある庭や雪の下

庭は明易き砂浜につづきある

杜若くれてはくらき宅ならん

選句疲れたり氷枕よぶ

先生は酔墨がよし風かほる

 二十六日の日素石廬訪問

六月二十三日 月斗庵

子のために母は行水今日も暮れぬ

行水を早ふしぬ雷ちかまさる

行水すれば一ぱいになる庭にすみぬ

行水のあいてゐる間にさめかかる

我の戻りの遅ければ行水なし

行水の顔へ夕刊なげ行きぬ

 

桃杏いづれ擇ばぬ毛虫哉

みづから池に落ちたる毛虫二三匹

誰も来てくれずなり夜は蚊の居りぬ

我一人に蚊が攻めたてて月夜哉

午過に京へのぼりし暑さ哉

いつしか朝も暑き今日となりぬ

箒木は暑さに堪へて枯れ見ゆる

炎天や月斗先生の歯がいたむ

三間の窓に三処も釣りぬ

徒歩すでに壮者を凌ぎ夏帽子

父につぎて友生涯や夏帽子

ここ二三年無為の我夏帽子

梅雨くもり我の臭ひを疎んじぬ

行水の貞子夫人のよき句あり

明易く伸びゆくものや萩桔梗

釈迦堂は早く鎖しぬ蚊喰鳥

羅や善辺澪子は姥ざくら

蚊遣火や笠置温泉の鮎料理

通ふ工場の近きにすめり浴衣人

蠅がとまりてもたわわなる草ありぬ

 燈取虫 大我、納涼 北渚、夾竹桃 

芎、団扇 露石、炎天 春沙

女帰りの汽車を案じつ灯取虫

今宵又寝られし思ふ灯取虫

月よしと灯をとりにきし浮塵子哉

献酬をなさぬ淋しさ灯取虫

門納涼の人ら夜露を云ひ合へる

裏の明地に納涼浄るりがありぬ

子少しの納涼芝居を覗きけり

門納涼娘のうちはうつくしき

門納涼まだ一人よりなき子かな

一人在れば蠅叩くことも興ある日

我避けて座にある人の団扇哉

夾竹桃に今日も風なく午となりぬ

次の間は女ばかりの蚊帳哉

今吊りし許りの蚊帳に客ありぬ

我為に時じく庭に水打てる

上人の御格子縁に夏座敷

事ありげに人で詰まりぬ橋納涼

 生節、萍、草いきれ、風鈴、百足

衣紋竿の左下りが気にかかりぬ