石原刀子集
刀子(とうす)。石原初子。明治三十九年生れ、大阪の人。大正十五年より靑木月斗に師事して作句。昭和四十二年、滋賀大津にて沒。享年六十二。月斗選の句集に入った句より抜き出してみた。
初子句集
大正14年から昭和5年
初日まつうしろに神樂はじまりぬ
いち早く年酒に頬を染めにけり
初風呂に我もこみ合ふ一人かな
角力取交りて羽根をつきにけり
羽子板を箪笥の鐶に插しにけり
床の閒のぽっぺん光る夜明哉
ぽっぺんに息の長さをくらべけり
猿曳のあけて行きたる障子哉
春曉の疊に火燵出しにけり
藁沓を乾かす梅の日向かな
畑道の夕べを梅に急ぎけり
畔道や狐牡丹に日の盛り
涼しさに黑き羅つけにけり
火事明り曉の蚊屋染めにけり
川風にゆれゐる蚊屋を外しけり
天瓜粉ちりて鏡を曇らしぬ
螽燒くと籡を串にけづりけり
一行寺櫻の一枝もみづりぬ
たそがれの畔に白きは野菊哉
道端の愛宕燈籠時雨けり
小夜時雨醉うて歸るがはづかしく
こはれかかる火燵を紐でくくりけり
ぬくみある火燵の灰をとりにけり
ひれ酒に通へる味やするめ酒
頸まで朱に染めたり玉子酒
水にひびく烏の聲やちり紅葉
(『同人俳句集』昭六より)
昭和6年から昭和8年
觀世水に染めし正月小袖かな
網に入れしままをつきけりゴム手毬
息をためて大きなぽぺん吹きにけり
春晝やひよこ入り來る垣のひま
初午の太鼓にかうべ痛きかな
茶をそそぎて焚火を消すや梅が下
用ためて毎日花にあそびけり
扇風機がうばひし言葉聞き返す
勞れ鵜の首にからめる鰻哉
くろぐろと山かぶされる鵜川哉
夏痩のうなじを合せ鏡かな
肩をうつ杉の雫やほととぎす
大蟻をつぶす夜學の机かな
火燵の上におきし羽折とまわた哉
手爐撫でつつ夜の靜けさを味ひぬ
ストーブや強きまなざし向くる人
手袋をぬげばゑくぼのある手哉
探梅や嵓叩き行く竹の杖
玉子酒すすめて君を歸さじな
たはぶれの言葉や過ぎし玉子酒
紅葉おろしに唇もえつふぐと汁
(『同人第二句集』昭九より)
昭和９年から昭和13年
手毬つけば籠の鶯鳴きにけり
童して摘ます雪閒の若菜哉
春寒の爐にくべたしつ牡丹の木
朧夜や火鉢にかけし貝の鍋
春日景靑瓷の筆架墨床に
地圖の中よりこぼれし島の霞みけり
踏靑の野に存しけり晝の月
釣客に歸を促しつ夕雲雀
雲雀寐し野は茫々と月上げぬ
(法隆寺)つばくらめ南大門の虹梁に
散る花を思ひゐるなり雨寒く
ほのかなる月代見せつ瀑の上
蟲干や五十四帖の物語
鮓桶をかけ置く釘や古柱
村の道橫ふ蛇に日陰なし
とく起きて用なき身なり蠅を打つ
竹田を吹きさましけり秋の風
庭上沙白く山は妝ひぬ
障子はらへば妝ふ山や黑書院
圓き山が遠く圍める花野哉
世をせばめ逝きにし人や魂祭
柿日々に減り行く枝や空靑く
雨少し降りたる庭の紅葉哉
もたれ合うて居眠りゐるや置炬燵
まるき鼻の頭かくせるマスク哉
うどん屋の焦げし疊に坐りけり
腰窗を叩く狸に燈を消しぬ
(『同人第三句集』昭十七より)
昭和14年から21年
香木を削り減らしぬ冱え返る
春の夜や煮えくたびれし銅壺の湯
長き橋を町へ度るや東風日和
春潮や鯛に追はるる潛水夫
春睡の漁翁に魚の跳ねにけり
鳥雲に手品師針をのみにけり
暮るる江の水を刷きゐる柳かな
樓門をゆるがす雷や一頻
夏の海の輝き其處に廊下拭く
腰窗が風通しけり夏座敷
葭障子靜かにゐるを覗かるる
葭障子人遠ざけて手紙書く
麻のれん化妝の顏を覗かせつ
有明や波うつ巖に鵜の群るる
深く藏して紙魚に食はれぬ古金襴
殘月に舟漕ぎ出づる蓮見かな
絲瓜忌や竹の几に遺墨集
蓑蟲の下る大手の柳かな
胡麻は實に爪紅の咲きこぼれ
大年や帳場硯の墨の滓
家の中へ時をききゐる焚火かな
岩繪具を盛りあげたりし屏風かな
冬籠忍冬鬻をめでにけり
風切って飛ぶ鷹白し杉の谷
鴨大群磯に寄るなり沖暗く
水仙に銀甁の水そそぎけり
(『句集時雨』昭二四より) 俳号 刀子
腰窗を叩く狸に燈を消しぬ 刀子
艸紅葉添水がもとにぬれにけり 初子