松本正氣俳歴(前篇)

『春星』より改補

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 松本正氣俳歴(前) その4

 

昭和八年(三十歳)

三月下旬より御調郡三原町東町湧原川大橋の畔に移転開業。七月「満星」発刊。月斗、千燈、王樹、朝冷、夜臼寄稿。

十一月備後俳句大会「十一月尽日、月斗先生並びに千燈、凡水両氏を迎えて尾道、光明寺において開催す。当日はつもごりにして且つ誓文払いの前日なりしため会者の足を危ぶみしも備後各地より参集し、又広島より同人数氏の来援ありて名簿に録したるもの四十九名、量的に質的に備後俳壇未曾有の盛会と云うべし」と。

 

 前列左より5人目正喜、千燈、月斗、凡水

 

  初日影津の林檎を染めにけり

  島春も這ひ寄り来たり初鏡

  恋の歌面はゆく取るかるた哉

  獅子舞や怒りだしたる早囃

  猿曳や抜け残りたる歯の長き

  花かるた二日の朝の鶏が鳴く

 一月三日句日記

  (「死の胎児」連作)

  壜の死胎児寒し女のしるしある

  壜ぬちに来る春のなき汝はも

  寒さ如何にせん汝が親鬼ならず

  冬の蝿牛乳沸かす雪平に

  (瓢として種衣来る、家庭不満のため無断飛び出し来りと云ふ、今後満洲の地に志を立つる覚悟なりと)

熱燗に友肝胆を照らす哉

熱燗や馬賊になりに行く友と

寒き財布より餞したりげり

二階から下ろす屏風を下に待つ

往診に行かねばならず粉雪散る

我が魂を離れぬホ句や初夢に

陽炎や古蛸壷の植木鉢

遅き日や俳人が来る画家が来る

夕風に馬が嚏る桜かな

鯛凪の海を飛び交ふ燕かな

浮城が見ゆる二階や若葉雨

初袷犬と暮せる妾

つばくらや潮に澱める雨の川

猿にざれてとられし花見扇かな

夕刊や相場欄見る端居人

汽車を見に来よと子を呼ぶ端居哉

我が宿や晩春初夏の幅に富む

行人の袷一々月旦す

春の夜の起居に箪笥鳴らしけり

  春の夜バスを待つより歩こうか

  漁者烏賊を樵者蕨を持参哉

  大烏賊を売り持て余すかべり哉

  幾山河越してや春を惜み足る

  禁足の春や過ぎ行く惜情に

  浮城の跡町となり五月鯉

  庭薄暑堀抜井戸の場所選ぶ

  雨に濡して惜しき夏帽ならねども

  波に舟つまづき覚めつ明易き

  蛍茶屋卯七魯町ら打連れて

 秋季句散逸。

  鯛の海凪ぎきらめきつ冬の月

  冬霞鯨に似たる島が浮く

  (六年振りに月斗庵を訪問して二句)

  花八つ手主はホ句の旅に留守

  旦さんは少年になり花八つ手

 

昭和九年(三十一歳)

一月「桜鯛」発行。表紙は月斗題。「諸君、我らが待望久うした月斗先生歓迎句会は先日望みが叶い、まだ喜びの興奮が冷めやらぬに今又「同人第二句集」出版の快報至る。諸君、いざ隊伍を整えて出陣せんか。一人にても気後れ者があっては備後同人の恥辱だ。わが備後俳壇を天下に示す秋がきたのだ。おお我らの血潮は高鳴る」と。この句集には十八句の入選を得た。

また「今日、我らが俳句によって意義ある生活を送っているのは子規居士のお蔭である」と子規堂復興会への入会を「追慕の表徴としたいのである」と。寄稿に月斗、王樹、朱由、金窓、小姑、初子、朝冷、蒲公英。

四月王樹来遊、横島以来なり。

 

  元日や堪え切れずに来し患者

  手術着を春着の上にまとひげり

  鯛といふ漁師の姓や帳始

  嫁ケ君入歯盗むや枕上

  (満洲国之帝政遠慶祝寸)

  竜天耳満洲国之歓喜哉

  萌留哉三千万之民草農

  若草農蒼生与日昭々

  蛇穴遠出夫々帝遠寿幾満都留

  満洲之春光煕々登奈利爾計里

  (伊予魚島所見)寒肥を頭に島の女かな

  蕪村忌を興せし子規は若かりき

  垂るるばかり墨ふくませつ筆始

  春の潮鯛の生簀にかよひげり

  春の闇深し爪先上りかな

  蟹の穴ふるせの穴や水温む

  つややかに汗ばんでゐる耕馬哉

  春耕や女ばかりの島畠

春昼や障子の外の川の音

  同人が着きぬ春眠覚めにけり

  再びの春眠覚めつ日は午也

  (王樹氏を迎へて)行春の旅や筑紫の俳門

春潮や伝馬躍らせ漕ぎ急ぐ

  鯛凪の仙酔島や松の花

  花曇博覧会の軽気球

  踏青や酔ひたる人の沓探す

  地久節の歌を姉より習ひげり

  地久節の式に間のありピンポンす

  初蝶や灯台守の花圃

  さかばやし打ってはぢきつ石鹸玉

  春の雪天傾けて降りにけり

  桜鯛浮くや能地の瀬をはやみ

 夏期以降句散逸。

  大空の星合戦や夜半の秋

  履を浸す砂の深さや浜の秋

  秋風に地固まりてもの凄みぬ

  流灯の如し若魚迎へ哉

  若魚を迎へる舟や地蔵鼻

  若魚を頒つ隣の駐在所

  てんげつに我も交るや屠蘇機嫌

  てんげつにくづしてもらふ銀貨哉

  てんげつや朝鮮銭を誰が出せし

  てんげつやほうびき銭を負け減らし

  てんげつや大々神楽囃し来し

  大空の星合戦や夜半の秋

  履を没す砂の深さや浜の秋

  秋風に地固まりてもの棲みぬ

  若魚を祝ふお膳の紋どころ

 

昭和十年(三十二歳)

バインダー式の「若魚」を発刊。横島の水曜会、三原の土曜会が主体である。「元日。三原の土曜軍、隊伍を整えて横島へ奇襲。水曜軍もさる者飛檄忽ち隊伍を整う。乃ち正喜探題の旧居城にて矛を交え、遂に徹宵、一人の討死にもなかりしは心強き限り也」の有様。指導は同人社備後句会はじめ各地句会小集と熱心。

 

以下、この年の自選句より収録。

  ちはやふる神代に起りひめ始

  ひめ始かけろが明を告ぐる時

  神明客の入歯盗みし鼠かな

  神明の小遣に打つ畳表かな

  朝寝する父の布団に馬乗りす

  膝立てて山にしてやる布団哉

  布団曳きづらるるままに朝寝哉

  自転車で春雨傘をさし慣れし

  (老勇士)陸軍記念日腹中の弾も三十年

  遅き日や甍の上の向島

  紅布団に春眠覚めつ日三竿

  夜々同じ夢や春愁募り行く

  春愁を詩にして我れを客観す

  雲の影つつけるお玉杓子かな

  干からびし彼岸団子や焼いて食ふ

  をとめの春の歓喜を草の芳しく

  潮透す日射楽しむがうな哉

  乙鳥風雨の海となりにけり

  開帳に詣でて茶室 拝見す

  諫早はお寺が多き彼岸哉

  陽炎うて減りゐる水や手水鉢

  陽炎うて痩せゐる堂の扉かな

  桜鯛鍼して放つ生間かな

  牡丹紅白軸巻き終へし瞼かな

  春の蚊や枕流亭の書画の会

  ペン先に春の蚊の脚ついてゐし

  鯛網を見に急ぐなり朝まじめ

  濃き薄き山の翠や若葉雨

  瀑風に傘さされずよ若葉雨

  駕下りて淵の渡舟や紅葉狩

  鰆網日がかんと照る燧灘

  野球放送始ると昼寝起されぬ

   昼寝起玉露を水で出しにけり

  鯛網は海を大きくしばりけり

  鯛網の儲けし事は昔かな

  日の本の男の子殖えゆく幟かな

  潮の香や磯の余春の親しまれ

  蚤の糞くっついてゐる乳房哉

  新茶淹るる茶器危さよ船の揺れ

  城山や盛り上りたる楠若葉

  池辺の鶴岩上の亀薬降る

  流雲に躍りかかるや五月鯉

  洗濯す男工達や夏の川

  鐘鬼の絵煽ち倒しぬ飾り馬

  川狩や患者来りと呼びに来る

  夏川や堰渡り行く郵便夫

  焼鮎が泳げる下手な南画哉

  焼鮎の目の涼しさを愛しまずや

  我が臍に梅雨茸生えし夢見たり

  六月の雲輝いて流れけり

  表具師も珍しがりぬラムネの絵

  緑陰にルンベン集め世を論ず

  緑陰や文割き捨てて落花とも

  昨夜の茶急須に赤し梅雨籠

  五月雨や科白聞えぬざんざ降り

  訪ふや梅雨茸生えし冠木門

  ハンモック箪笥を蹴って揺りにけり

  ハンモックレコードかけて子守唄

  ハンモックの目より落ちたる玩具哉

  蟇禅師問ふ横行介士鋏挙ぐ

  時鳥を火星へ放送す世もあらん

  後朝に提げたる百合の匂ひ哉

  空は星の夕べとなりしヨット哉

  ホ句の秋論はねど健吟に

引汐の瀬に泣かさるるボート哉

  閑古鳥瀑壷を干す砂金採り

  姫百合や出水の後の崖崩れ

  夜の書斎庭の柾の花匂ふ

  夏ぶしの山がかぶさる瞼かな

  瀑茶屋の娘可愛ゆき八重歯かな

  (防空演習四句)

  伝令が来て起さるる昼寝哉

  伝令や汗垂らしつつ挙手の礼

  防毒に通行止めや油照

  防毒薬を撒きしが如し天の川

  コースライン底にをどれるプール哉

  泥潮になりぬ大川泳がれず

  湯の如く沸きたる池や百日紅

  灯籠が廻る戦車が飛行機が

  校庭の草が延びたり盆踊

  行通る踊見てゐる二階哉

  汐さして江を出る船や飛ぶ蜻蛉

  足の豆に墨塗る秋の燈下哉

  燈の勝手悪き夜学の机哉

  竹刻師句会戻って夜なべ哉

  高く持して世にいれられず秋の風

  星一斗蒔きたる空や秋の風

  浮かびたる海月の笠や秋の風

  崖崩れせし浜道の薄哉

  (英樹大祥)今日の月英樹の貌に見ゆるかも

  竹林の空高澄みて彼岸寺

  居眠ってインキこぼせし夜学哉

  ふるさとを愛するもののホ句の秋

  引汐の瀬に泣かさるるボート哉

  閑古鳥瀑壷を干す砂金採り

  姫百合や出水の後の崖崩れ

  夜の書斎庭の柾の花匂ふ

  夏ぶしの山がかぶさる瞼かな

  瀑茶屋の娘可愛ゆき八重歯かな

  (防空演習四句)

  伝令が来て起さるる昼寝哉

  伝令や汗垂らしつつ挙手の礼

  防毒に通行止めや油照

  防毒薬を撒きしが如し天の川

  コースライン底にをどれるプール哉

  泥潮になりぬ大川泳がれず

  湯の如く沸きたる池や百日紅

  灯籠が廻る戦車が飛行機が

  校庭の草が延びたり盆踊

  行通る踊見てゐる二階哉

  汐さして江を出る船や飛ぶ蜻蛉

  足の豆に墨塗る秋の燈下哉

  燈の勝手悪き夜学の机哉

  竹刻師句会戻って夜なべ哉

  高く持して世にいれられず秋の風

  星一斗蒔きたる空や秋の風

  浮かびたる海月の笠や秋の風

  崖崩れせし浜道の薄哉

  (英樹大祥)今日の月英樹の貌に見ゆるかも

  竹林の空高澄みて彼岸寺

  居眠ってインキこぼせし夜学哉

  ふるさとを愛するもののホ句の秋

  (長崎市鳴滝の宅)露淋漓たり胸像のシーボルト

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