松本正氣俳歴(前篇)

『春星』より改補

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 松本正氣俳歴(前) その6

 

昭和十五年(三十七歳)

「同人」の「北山荘年頭句会」(月斗)に「元日好晴。八時頃地震す。恒例として備後の三原から颯爽として正氣がやって来た」「双竜を金で画きしぽペん哉」が「抜群の成績を上げたもので、今年の干支を入れたなど凝った仕事」、この日最高点であった。一泊。「二日。好晴。町の初風呂に行く。芋を洗ふやうだ。正氣と共に、生玉神社に参詣す」「正氣は途上白扇を求めて御判を頂く予は社記を求む」と。

 

翌日「正月三日、小庵で恒例の俳三昧を修した。この興行は桜鯛創刊以前より続けているもので、年頭と盆の二回、横島、田島或いは尾道へ出かけたこともある。句作又句作、徹宵も辞せぬのである」。

念一、大阪中央公会堂にて月斗先生還暦祝賀会、自己紹介に皆春兄弟、蒲公英、耕人、南冠等の九州勢呼応。

 皆春、蒲公英、耕人、南冠らと。2列目右から2人目。

八月、「新樹」(昭七創刊)の金窓来訪、深山渓吟行。

九月、「我々は国策に順応して潔く月刊雑誌「桜鯛」を廃刊した。そして許された一つの道単行本「句集桜鯛」に依って我々の作品を発表したいと思ってゐる。然しこれは六ケ月の間隔を置かねばならぬことになってゐる。あくまで法に従って我々の道を歩いて行きたい。顧みれば創刊以来四年五ケ月、無精者の自分がよくも続けてやったものだ。毎日毎日何をおいても「桜鯛」を作ることを怠らなかった。蚊に食わるるのも忘れ、風邪を引くのも忘れて編集したものだ。極言すれば「桜鯛」は自分の生命だった」。通巻第五三号であった。

 

月斗題字・王樹画   最終号

 

名護屋大閤忌に九州行。

 

  初句会百余の会者凹の字に

  さかずきのさげをつくして試毫哉

  岩裂きて根の露はなる冬木哉

  木額は頼春水や冬の庭

  袂糞つきしマスクや爪弾き

  双竜を金で画きしぽべん哉

  (高山)高山を仰ぐや淑気自ら

  (高島宮)記には八年紀には三年の宮の春

  (「戊午年春二月丁酉丁未」)海や春東へ発つ舟師

 ひこばえの巨樟や二千六百年

  春の風邪子供が見たく呼びにけり

 苗札や草の名文字に六ケ敷

 種痘場込めり方丈訪うて囲碁

 (本郷城山)軍艦に似たる春山面り

 春の山弁当開く岩平ら

 晴耕に雨読に燕語親しまれ

 蚊帳ザザと大きな百足這ひゐたり

  (文武賛)五月鯉緋は文黒は武なりけり

 一つづつしか当たらぬよ盆の枇杷

 潮浴びや臍漬けんとし漬けかぬる

 潮浴びを恐れて泣く子麻羅裁ろか

 去来忌や凡兆の忌日伝はらず

 銭亀は瓦全金魚は玉砕す

 涼み相撲肩車して子に見する

 浴衣着の兵隊さんと将棋指す

 花の如き爪持つ蟹や梅雨入穴

 桐の木に洗ひし馬を繋ぎけり

 夕凪の解けたる風や桐動く

 桐の木の下に涼みぬ石に腰

 裸の子偏平足は父系哉

 ソーダ水ママからバパへ抱かるる児

 床の軸壁打つ風や雷遠し

 田植笠並ぶ彼方の安芸小富士

 座敷一杯碁石散らすや甚平の子

 白人即ちスパイと思ヘりボートの子

 花と散る不審紙掃くや夜学寺

 大川に臨む小家の夜長の灯

 (桜鯛廃刊)秋風やいのちを懸けし我が俳句

 傘の便が来て知る雨や夜の秋

 大空や数を尽して星澄めり

 秋の海神祐二千六百年

 (名護屋城跡)城跡に海大観す大閤忌

 大風のあとの空澄む子規忌哉

 夜半の縁尿さす子が月拝む

 日本独逸伊太利の秋高き哉

 番小屋の落書淫ら菌山

 遊蕩の昔語りや菌番

 行軍や我か里通る柿の秋

 蟹のよに柿を投げよと声かくる

 案山子ならず動いて稲を刈り初めし

 鉄瓶の鳴り澄む部屋の小春哉

 眼福を得て長居しつ冬座敷

 商用の暇を盗みぬ句座師走

 きん玉のやうに凍てたる海鼠哉

 膝立てて子の馬にする布団哉

 

昭和十六年(三十八歳)

「桜鯛通信句会」として謄写発行。第十二回まで。投句者は百五十名程、ほか月斗先生と第一部作家として伏兎、岡田鱶洲、草加、石馬、竹里、雀村、三夜、田中田士英、涼斗、士白、月村、阿部谷閑雨、金窓、王樹、刀子、福島小蕾、中島黒洲、粟津水棹、千燈、富竹雨、五彩、太郎、圭史、丸山晩霞、鎮西郎、黄櫨、木牛、洛中、田村木国、石井蕾児、中山稲青など。

五月鱶洲翁追悼会「大欲は無欲に似たり、と古人は言った。俳壇に爪の垢ほども野心がなかった鱶洲翁の追善献句集を見よ。世にも豪華な俳葬ではないか」。

七月みえ誕生、「かな書のみえこそいとど涼しけれ 月斗」。

八月「先月より句日記を始めた。楽しいものである。身辺のこと尽く俳句と迄は行かぬか、それを期してゐる。日記といっても記録句の羅列では面白くない。一句一句芸術するのである。毎日毎日続けてゐれば作句か苦しくない。大閤忌に上阪した」。十月「相変らず句日記を続けてゐる。一日として白頁はない。平均六七句くらいか楽作苦作である。良き句ができる生活を期している。机上の作を否定するのではない。幻想は飛躍の基因である余の生活実践のため暫く凍結させてゐるのである」。

十一月長崎行、佐賀軍療訪問。

 百日が角力取り居り樽干場

 案内せんよき酒飲ますおでん屋へ

(月斗翁よりの年頭句会案内状に「汽車も込むべし、今年正月は来ず、春のゆとりある時でも来られよ」と付記しありければ) 春着着て子の父となり遊びけり

 古稀の父の髪層艶めく初湯哉

 膝下にありて師に甘えけり初句会

 春泥や場所割りに香具師論ふ

 バス来れば乗るつもり歩く暖し

 雨意濃し巳に輪をかく春の水

 敷島の道にすぐるる雛かな

 (父の古稀賀と男児の付幼合格祝に参宮)汽車地獄電車地獄や春の旅

 (東大寺)古稀の父が試みし鐘霞みけり

 (皇大神宮)神の幌東風に揺れつつ白妙や

 (二見)日の出拝んで戻り壷焼にて酌みぬ

 (大阪)訪ひし北山荘や花の留守

 (鱶洲翁追善)牡丹仏五十年の句稿焚きしとぞ

 帰校の子黒穂で髭をかきにけり

 藤咲いて母の会あり幼稚園

 菖蒲湯や三人の吾児玉垂らす

 塾の名は天下に鳴れり梅雨の漏

 一匹又一匹蚤を捕ったりけり

 早寝して早起きせんと蚊屋に入る

 (七月三日午後十時十分。小庵には珍しくも女児出生仕一貫甘匁も有之候)

 涼しさや掌中の玉に瑕瑾なし

 (月斗先生の撰名にて「みえ」。小生の試案の柞女(みめ)に対し「みめは言ひにくし、ただし仮名の事なり」そして「かな書きのみえこそいとど涼しけれ 月斗」)

 みえみえと聞えて涼し泣く声の

 うぶ神が笑ませ給ふよ天瓜粉

 ボートから吾子か呼ぶなり泳ぎ行く

 吾子と入り蚊を追うてやる厠かな

 子が咽せて煙草を消しぬ秋の蚊屋

 若書の別人の如し山陽忌

 夜仕事にシャツを重ねん鼻つまり

 稲刈やざぶ田に入って脚赤き

 大判程の印用ひしよ紅葉忌

 われこれを待ちし日米開戦す

 口々や亜米利加罵る息白し

 日米開戦ラヂオはニュース軍歌のみ

 ラヂオ聴いて仕事手につかず日短か

 短日や刻々のニュース日本勝つ

 寒灯や地図を拡げてニュース待つ

 (私か死んたら句集をお頼みします、他に適任者がありませんから是非お願ひします。車春忌を三回重ねるに尚果さず)

 侘助や上梓を待てる句草稿

 (虚子翁の弔句に「行く年や昔の春の人はなし」故人生前の述懐を思ひ出されて)

 侘助や昔の春に生甲斐を

 (佐賀軍寮)笹鳴や傷夷軍人句に遊ぶ

 (太宰府)子供らよしぐれて来りそら駆けろ

 (田士英翁吉雨荘)為書の梧竹の額や冬座敷

 柾の実紋付鳥が鴬が

 オーバよ服よ切符を捜すポケツ二十

 炭斗を覆せし坐り角力哉

 鼠が天井を汽車が障子をとどろかす

 (文武、師走念八生れなり)古暦汝が誕生日残り居り

 餅焼くや生れ出でたる餅太郎

 二十年私淑す蕪村の忌なりけり

 

昭和十七年(三十九歳)

月刊俳誌は禁じられていたが単行本の名目で桜鯛会作品集「松鯉」、八月「東風萬里」発行。前記のほか島道素石、西村燕々、花蓑、苔水、楽丈、士栖、一雑、広江八重桜、宮崎草餅、亀田小蛄、南鴎など。

 

 

竹原にて山陽忌。伊賀上野芭蕉生誕三百年祭に島春を連れ。十一月、芭蕉生誕三百年祭記念俳句大会に島春を連れ伊賀上野行、京都大津神戸を巡る

 

 薄氷の防火用水大旦

 (大島厳島神社)隆景勧請の戦勝の神や初詣

 (戦線を偲びて)初御空ますらをの魔に動く雲か

 元日や診らねばならぬ患者四五

 (呉に遊びて)買初や南洋特産店に入り

 年酒の座マニラ陥落にばんざいす

 忠臣烈婦の鑑神明人形哉

 初写真白妙のカラーハレーション

この村に別荘多し羽子日和

 猿曳や猿の耳打ち合点々々

 今さきまで息白かりし轢死人

 火燵の子戦争想望図のまこと

 風呂煙とびこむ障子しめにけり

 水道の凍てて鉄気水痢の如し

 たまさかの配給の菓子枯野茶屋

 海底に一存在の海鼠哉

 赤海鼠ならば買ふべし桶覗く

 (星港陥落)岩通す桑の弓なり破魔弓は

 伐り倒せし醜の樹ひこばえ許さざる

 昭南島と訂正するや地図の春

 松鯉の図掛けて祝すや梅の宿

 国民の感謝貯蓄や梅二月

 民草や春寒永き覚悟あり

 鱶の洲の春潮寒し鱶洲忌

 菜刀の牡丹の軸や鱶洲忌

 短冊を蔵すゆかりに宗因忌

 城見茶屋日覆に松の花降って

 野遊びや灰焼小屋に雨宿り

 百人一首の絵札となりて春の夢

 島々や春潮左巻石巻に

 春の海すなめりぐぢら遊没す

 岩あれば句を刻みあり花の山

 (鈴代様御永眠)網島のふらここの子を春の夢

 (竹里君華燭)菊水の土器に注ぐ春酒哉

 方円の他あり亀の鳴きにけり

 世界地図日本の形竜天に

 答案の字を褒められぬ大試験

 (耕三寺)春陰や紫檀の縁の薄挨

 (宮島)春雨傘三々五々や鹿お辞儀

 歯白く眼紫や桜鯛

 浜焼にして送りし鯛の真子一鉢

 (頼山陽居)躑躅燃ゆ山陽の血潮の如く燃ゆ

 (文武急病)永き日や吾子の看護に煙草断チ

 (加羅加波神社)式内の神やしろとぞ時鳥

 (滝宮神社)夕立雲八雲路山に現はれし

 (糸崎神社)泳ぎ上りて御調井の水かぶりけり

 初袷阿吉阿藤と何語る

 喜雨至る油然として喜雨至る

 選句して更かせば夜北風冷えにけり

 夏風邪に鼻つまらして碁に負けぬ

 夏風邪や徹宵吟のうたた寝に

 夕立や黄金色なる雲の峰

 帖鎮にかがやき紙魚の走りけり

 歯科医院下駄多ければ橋納涼

 鉢の金魚へ我が血を吸ひし蚊を与ふ

 夜涼如水河鹿は金の鈴を振る

 ここが一番涼しとゐるや梯子段

 よく降りてよく照り田水沸きにけり

 もう起きてゐるといふ声蚊屋よりす

 虎の尾を誰か来て活けし昼寝覚

  (満洲国十周年)康徳十年の蘭の秋を祝ぐ

  月の宿訪へば主は碁に夢中

  有明や防火訓練の隣組

  茶を俺れて新聞を読む蘭の主

  初潮や星巌が詩の双鷺洲

  初潮に映りて筆に似し山や

  人ごころを美しくせんホ句の秋

  柿満枝妙好人の露の宿

  朝露や禽獣虫魚糞をまる

  鶏鳴いて蕉天苔地露けしや

  露満園の朝な朝なや杖を曳く

  紫にナイフ錆びたり柿の渋

  心中のもの眼中のもの秋風裏

  秋風やへつらひものがはびこる世

  板ン打ちに一人が立ちぬ障子貼

  蕪村が描きし強き芭蕉を祀る也

  猿酒を探し歩くや猪の罠

  稲運ぶ豆人寸馬天守より

  弁当や秋の昼食を再びす

  十七字を以て我等の山陽忌

  秋や昔紺屋兼屋の三神童

  春風館の当主も見えて山陽忌

  桜紅葉うつくし常陸介憶ふ

  (西野)百五十年の時雨に句碑の寂

  俗用に追はるる中のホ句の秋

  芭蕉忌や眼底の像蕪村筆

  芭蕉忌や菓子の名のながさきを恋ふ

銀閣寺の門開く待つ時雨哉

  ちり紅葉血を垂らしたる如き哉

  山国に来し思ひなる底冷えす

  涙石榾割る男無頓着

  牡蠣船を覆してやらん歟かの絃歌

 

 

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