大橋菊太集

 

 

 

句帖より()

 

大阪の俳人、大橋菊太が遺した句帳より句を録すことにする。菊太は、大橋菊太郎。始めの号は青羽、青法師。青々の『寶船』、のち月斗の『カラタチ』で活躍した。『カラタチ』では、当時、淡路に帰っていた高田蝶衣と、その巻頭を競っていた。大正五年八月二十日に世を去り、以後、その才能は世に埋もれたままである。

この句帳は、久世車春の手許にあったものである。車春は、昭和十三年暮に没する前、三原の正氣を訪い、自分の句帳と菊太のこの句帳とを託している。

句帳は、図書出版社「ポケット日記」一冊にぎっしりと記したもので、日付しかないが、中に、大正四年十一月の京都における大正大禮のことがあるので、大正四年の十一月二日から、没する直前の翌年八月十五日までの最後の句帳である。

古びて、綻びていたり字も薄れていたりする。ペン書きの能書であるが、病のせいか弱々しく、判読し難い。父正氣の志であったとして、時間をかけて作業を進めている。(松本島春)

 

十一月二日

見舞客の扇も秋となりにけり

梅嫌活けてくすしも待たずなりぬ

夜寒さや布団の上で箸をとる

曇る日や秋此ままにやむ我か

我咳に妹の起きし夜寒哉

病む我に憚る声の夜寒哉

稲の花そこら山日に人栖める

四日

菊売の去にたるあとの日南かな

冬夜座に北海道の林檎かな

病む我に菊いたましく名残りある

白けずも黄菊の残る垣根哉

林檎剥いて女の肌を云々す

我仮居酒納屋つづき冬夜哉

五日

柿くふて故郷に在るの思ひあり

爪切草の実を喰ひにくる雀哉

病床

子規居士をまねびて描きぬ草の花

病ひのみ子規居士に似つ柿の秋

末枯や安井小洒はいかにある

七日

 去年のかたみ゛

血のあとのそれと残れる毛布哉

頬は落ち凹みたる眼ひらき歯もあらはなる我寝ぬに妹を愕かしたるを幾たびなるをしらず

死後のさま思ふだに淋し石蕗の花

八日

寿ひの戸うらうら小春日さし哉

大幸の君はも洛に小春凪

菊に立ち諷ふもあらん声かぎり

天は玻璃地は紅白の大菊に

東の小春の空を仰ぎけり

四囲の山しぐれであれな大御幸

 素石廬で川柳作る、柳珍堂に遊二郎、結晶、四赤(之石)、千振(庵主)の六人(我この日雀天と云ふ号つける)

  

内職に縁りの埃りも気にならず

やかましい畳新たしい間タ也

吹殻を畳に飛ばす怒りやう

畳ももつて去にかねまじく

いつとなく尻で追はれて畳なり

畳こがす代りに家賃滞らし

酔覚の水をこぼした畳哉

剛慾さ畳の上で死ぬ気なり

  二階

大阪へ出ても二階住居也

の気配見て下りる夜中也

二階の人に手紙見せたが気にかかり

炭ぬすむらしい二階の女かな

二階から落ちて四五日大人しい

燗瓶を袂に下りる二階かな

貸すものでないト二階を貸してから

江戸ッ子の二階の声がイヤでならず

きた手紙二階へ読みに上りけり

二階丈いつも花など挿してあり

二階から逢状の名をきいてゐる

下りかけて上ったなりを待つ身哉

(川柳一部略)

九日

河豚売の来りけり日のちりちりに

河豚汁による心なき勇かも

河豚の旬お花畠も黄みけり

河豚曰くかくも思はるる上からは

河豚煮ゆる音にかがやく眸哉

河豚の坐を外して来しと母に告ぐ

わたつみの神のるすはも月の靄

松剪みの音に空澄み神の留守

くくり猿に祈りの色や神のるす

 桜の宮

渡舟のみ昔のままに神のるす

あま人の柴山のりや神のるす

留守の歳神ののどけさ海見ゆる

柚子は皆とられ茂みに神のるす

に逢ひしあたりの紅葉夜に思ふ

我一人寒き顔して菊見哉

菊活けて布団白々我病みぬ

霜を見る屋根と也けり地の菊

隣県に霜こまやかや菊の花

菊の花住みたき里と見てすぐる

鶉なく日のちりちりと行く野哉

郡山へ道一すじや菊畠

知客寮菊にあけたる障子哉

 祖母八十二、このたび御大典にあひかしこくも寿杯を下賜されし一門のほまれ

喜びのあまりに酔ひぬ菊の酒

菊の杯先祖に供ふ喜びや

 河原蓬を蒸して腹をあたたむ

秋の風あまひ薬もありぬへし

十一月二十日

 船町橋立花旅館にて

泊るつもりできたが布団がないらしい

布団踏んで行かねばならぬ便所也

南無三寶子の布団から顔を上げ

布団の上で箸をとる身でありながら

絹夜具で君も泊めた居候

(川柳一部略)

十一月廿一日 海清寺にて句会

寺の隅藪に小春の陽がうごく

鵙の晴つづきて民の歓びや

戸々の菊に歓びの足のむく処

わたつみの果の果迄小春哉

小春人出ありく癖の人ら哉

小春けふ安井小洒はいかにせし

廿二日

恋詠みて人後に落ちぬ頭巾哉

牡蠣舟出て思ひの残る別れせし

埋火を母にまかせて出る夜哉

屋根ありく音狐かも埋火す

十一月廿三日  ろ仙居に

石花を割る女とも生れざりし哉

蠣船で旧師に逢ひぬ十年ぶり

蠣舟や女を酔はす隣客

蠣舟の飲まじと云ひし寒さ哉

蠣舟出て寒くとも此人通り

恋知らぬ女と見られ石花を割る

蠣舟に友の女を見る夜哉

蠣舟も寝静まりたる戻り哉

蠣舟のぬくとさ橋を越す間哉

蠣舟に躍り込むさへある夜哉