大橋菊太集

 

 

 

句帖より()

 

大正411

 

  水鳥。冬椿。霜。

鴛鴦のしぶきに染みぬ茨の実

浮寝鳥見つつ山土運びけり

飼ふ外に見られぬ鴛鴦と也にけり

虻が来て冬の椿がさいてゐる

冬椿母の在所で出養生

正月を待たず椿のさきにけり

冬障子硝子をはめて椿見る

寝遅れてゐれば霜夜の人通る

母立ちて霜夜の甕の水はりぬ

物売の寒き姿に化けにけり

北風や躍り狂ひし頬冠り

此夜頃躍って戻り霜を見る

乾鮭の太刀など佩きて躍らんか

菊に霜の傷みも忘れ躍りけり

鍋焼や女に化けし戻り道

  短日

暮急ぐ母の病ひが気に也ぬ

日短かはうれしけれども水仕哉

日短かに也し畠にかせぎゐる

大阪や地番で廻れば日短き

鉈借りて日短かをしる日也けり

日短かに蜆かきゐる小舟哉

藁干して晴をたのみの日短き

いつの間か草も黄みぬ日短き

  玉子酒

窮巷に女と暖く玉子酒

山の丹波へ女と逃げし玉子酒

杉箸の匂ひの快や玉子酒

大阪で橋風邪ひきぬ玉子酒

山中に此もてなしや玉子酒

山陽にほるる亭主や玉子酒

玉子酒のんで初めて寝た夜哉

そと吸ふてあとを男に玉子酒

玉子酒夜もほのぼのと思哉

玉子酒一気にのみし酔加減

此まどひ女の事や玉子酒

  水涸

藪落葉つもりて水もかれてあり

水涸をしりゐる事ときく夜哉

滝かれて明るき山と也にけり

北山を扣へし水も涸れし里

涸川に窓をとりたる畫室哉

 病中

水涸のやうな夢見がつづきけり

水涸に栖みゐて日頃菊つくり

水かれの里に育ちぬ少年時

水涸や雨が上れば風がふく

水かれてせきれいの来る垣根哉

水かれの里に一人の阿呆哉

 

山茶花や風邪がうつりし家内中

山茶花に靄がさまよひ降るとなく

降るとなく山茶花にけふもくれにけ

山茶花に日暮の晴もたのみなし

山茶花や炭部屋を出し猫の居り

山茶花見てゐれば手紙を見せにくる

山茶花を見てゐし旅に在る日哉

山茶花や泊り合はせし旅役者

下加茂や風呂屋の大戸凩す

 言童祖母の訃

室出していぢけぬ花もあるものを

かへりさく花の日南に君淋し

十一月廿六日

 冬至、石蕗の花、茎漬、火鉢、葱、毛布、布子、冬の蠅、浮寝鳥、枯野、大根曳、時雨、胼、神楽、煙()

大根曳に築土崩れの奈良かなし

霜に媚びて膨るる葱と也にけり

葱雑炊餅の大なる嬉しさに

葱畑の月をよすがに着きし宿

大芭蕉葉を垂れて地にしだれけり

しぐるる夜人待ち宿に句をつくる

墓参道日南冷たく石蕗さけり

寺冬至廓の供物に賑へる

春を待つ温泉の煙と也にけり

山茶花の白く地にしき夜の神楽

神楽堂よりから風の田が見ゆる

水な一すじ灰にまみれて火鉢哉

妻の友去にて口入るる火鉢哉

船つけて冬至に遊ぶ舟子哉

胼の手にならぬやうにと思ひつく

肩あたり埃沁みゐる布子哉

茎漬に蔵の日ざしの傾きぬ

冬の蠅甘いくすりを知りにけり

水に霜鳥は浮寝の安らけく

女工らのかたまり行くや夕枯野

胼の手で何をさしても拙けれ

胼の子のぬれたるままに柚を刻む

雲低く垂れてあり水に浮寝鳥

十一月廿七日

 冬の雲、亥の子、頭巾、冬の蝶、帰り花、

持参のものを冬の題に。

摩耶かけて冬雲そめし海の日や

忘れずも亥子はしれど母の老

頭巾きて途説に何ら耳借さず

冬の蝶ふくるる日南ありにけり

帰りさく山吹ちらす雀哉

支那町に何の煙りや冬の空

木犀の盛りに蝶の冬と也ぬ