大橋菊太集

 

 

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句帖より()

 

大正412

 

十二月五日 墨水忌(玉出正福寺)

鶏頭の枯れて亦一年夢の間に

蟲々と枯鶏頭の月夜哉

鶏頭の枯れを早めぬ雨二日

火燵にて妻語るらく彼が事

つと入れば火燵匂ふて誰も居ず

庭の真中に日が少し残り火燵干す

霜深し焚火も灰と也にけり

忌の寺へ行くにあたりの霜の菊

霜に残る柿の梢や寺の垣

寺町や霜の障子に菊の桶

年内は霜の巨燵にすくみゐん

 

夕に出る肌かなしけれ冬の雲

亥の子淋し祖母の喪にある君にして

闇汁に我もち冬の月に似たり

十二月一日 月斗廬にて

 冬薔薇、足袋、色飯、顔、十二月、寒さ、新兵、海鼠

色めしや少し早めの蕪漬

色めしの焦はしたなき好み哉

冬日影浮まぬ皃に庭を見る

掛乞の其温皃を怖れけり

肆に入る皃と見られし師走哉

餅つきに頼まれ皃で来りけり

海鼠にも好める色はありにけり

魚の棚海鼠ばかりに灯しゐる

足袋もはき替へでそのまま招かれぬ

京よりの戻りや友の足袋白し

干たびや掃くあとすぐに子ら遊ぶ

新兵に二年の月日思ひやる

新兵の耻かしけれど帰りけり

米倉の鼠来馴れぬ十二月

十二月病児のありし去年思ふ

十二月足が忙しくしたりけり

 

冬さうび女に庭は任せある

冬さうび鼬が尾にてそとちらす

子規居士をまねびて描きぬ冬さうび

縁近く友を泊めけり冬さうび

 

海の音ひびく障子の寒さ哉

灰すてて垣のそこらの寒さ哉

寒さより今日初めての外出哉

 

根こそぎの松の車や十二月

十二月に入って又々病みにけり

十二月五日と註す句会哉

墨壺もいつか枯野と也にけり

墨水の句に何とかの冬夜哉

冬さうびさされ遺愛の壺も見る

墨蹟に故人の冬夜ありにけり

十二月六日 句十夜 一夜

初月廬

冬されの椿山茶花ぬかれけり

我が戻りいつも西から冬の月

玉子酒に来りし如く坐りけり

淋しとて淋しからせぬ玉子酒

枯木宿の家内にあまる冬瓜哉

冬されてゐればこそすれ誰も来ぬ

ものの本反る迄によむ火鉢哉

頼む事は女をもてす大火鉢

次の間に土産を置き来し火鉢哉

かくも来ぬ思ひし会や置火鉢

 

休み芝居の前や師走のみかん売

師走夜戸出風雲の底明りして

電車下りて寺町歩く師走哉

ちり松葉庭の師走を客もなし

ましら神の面の埃や十二月

枯菊のままに師走の花飾り

支那水仙沾ふて師走の夜歩きや

庭の凍万年鉢のころけある

床すれに子規子をしのぶ寒さ哉

 

みかん焼いてゐれば女が玉子酒

柚を貰ひ立たうとするに玉子酒

住よしの師走に遊ぶ茶会哉

床すれの泣くにも泣けぬ霜夜哉

 

見舞はるるうれしさ外は凩す

凩のけふ来ぬとまた鵙もなく

池も見え住よし釜に冬坐敷

嘆異鈔よめぬながらに冬籠

妹はいぬきに似たり年のくれ

短日の眠れず妹の出てゐる間

 

 

〈大正四年了〉