久世車春

 

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久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

 夏之部4

 

 

抽斗を抜くや四散す油虫

風通しわろき厨や五器かぶり

五器かぶり砂糖袋をがさごそと

油虫畳の焦げが走るかな

油虫壁の隙間へすべり込む

五器かぶり古き畳を走りけり

白玉の水くさくしてつめたけれ

夕凪の舟に焼きゐる魚かな

魚釣に漕ぎ出す舟を追ふ蚊哉

抜け降りに雷伴ひぬ梅雨明くか

梅雨あけやがっと照りたる海の色

舟虫はさし来る汐に追はれけり

舟虫や月の磯辺を乱行す

足首に帷子の紺染まりけり

吹き出づる汗に盞手離さず

茄子汁啜りて汗にまみれけり

あちこちと汗の序に用事哉

滴りにぬれてぜんまいおごりけり

滴りが囁きかけつ旅人に

刈草の川に流るる大暑哉

日中をわざと出歩く大暑かな

井を晒す人に焼酎振る舞ひぬ

晒井や滴りやまぬ井のまわり

百日紅退屈すれば温泉に浸る

霓を待つこと久し百日紅

土用浪雲は鉛の如きかな

土用浪底の藻屑を打上げぬ

土用浪に酔うて浮きたるあかゑ哉

根こそぎに藻を打上げぬ土用浪

蚊屋釣って通るところもなかりけり

端居すや植込の奥暮れてゆく

遠山に燈のともりたる端居かな

夕端居心のうちに文字を書く

胡瓜揉む匂ひきこえぬ夕はしゐ

夕端居子は騒々しく遊びゐる

修竹に風渡るなり夕はしゐ

夕暮の風湿りゐるはしゐかな

仏壇の明り仄かに端居かな

短夜の土間に剪花寝かせけり

岡山の城は真黒き植田かな

朝風の走り渡れる植田かな

むしむしと夜の植田の匂ひかな

雲重く植田を圧してゐたりけり

家を見に来し中河内植田かな

四五匹になりて久しや蛍籠

瀑の如蛍合戦崩れけり

蛍売逃げし蛍を見送りぬ

羅の女の膝は枕かな

羅や姉にも似たるとりしきり

羅のあはれや年は争へず

夜水の如し羅の魚躍る

紫陽花の花を子猫のつぶしけり

紫陽花の雨一日で飽きにけり

蝙蝠に裸見られし女かな

蝙蝠や石崖残る淀の城

夾竹桃咲き初めたる梅雨入哉

梅雨来ると柳の枝を卸しけり

墨の如き梅雨入の空に花石榴

しかすがに梅雨入となれば曇りけり

梅雨の庭夾竹桃と花石榴

羅や心あれども云へもせず

もえ盛るほむら羅着たりけり

羅の酔へども色に出ざりけり

紫陽花や片より乾く濯ぎもの

もんどりの中で寝てゐる鯰哉

大鯰バケツの底に曲りけり

鱧茶漬熱きに酔の戻りけり

鯵を焼く煙の中へ戻りけり

畚の中食らはん瓜を物色す

瓜の香の流れ出でたる小家かな

累々と瓜を積出す車哉

瓜に腹ふくれたり湖に棹さん

ふところに脂にしみぬ鱧の皮

鱧の皮笊に一杯刻みけり

そそくさと夕飯食ひぬ鱧の皮

川狩のぬれそぼちてぞ戻り来し

川狩につめたき鮎の匂ひかな

川狩や脛を掠めて魚頻り

川狩や冷え切りし手に鮎匂ふ

川狩や獲物問ひ合ふ湿り声

川狩やいづれを見ても獲物なき

川狩の莨しとどにぬらしけり

日曜は雨にきまりし若葉哉

ざあざあと朝の大降り行々子

行々子雨の葭原ひらめかす

壁向いて昼寝してゐる女哉

なんぼ水打ちても庭の苔が吸ふ

木の下に榻を置きたる裸かな

働いて何するものぞ昼寝哉

山積の用事の中に昼寝哉

我が鼾時にはききつ昼寝哉

蝸牛竹の床几を這ひにけり

蝸牛雨の流るる竹の幹

蝸牛青磁の榻に上りけり

篁にざぶざぶ水を打ちにけり

涼しさに乗って睡魔の来りけり

涼しさの草に置きたる歩板哉

打水や角引廻し五十間

朝澄みて海月流るる数知れず

燈が一つともれる山の涼しさよ

遊船のとまれば流る海月かな

日を受けて海月流るる七色に

くたくたに打上げられし海月哉

一煎に香味尽せし新茶哉

日本人には日本の新茶甘き哉

新茶煮つ他所事ばかり話す也

子の親は浴衣も買へで働きぬ

いささかの銭を夏帽子に替へぬ

笹敷きて金玉盛りし切子哉

青楓切子の鉢にうつりけり

几上なる切子の瓶やアマリリス

此あたり草疎らなる草いきれ

草いきれ風中々に強きかな

日覆捲けば夕風颯と落て来し

日覆まけば暮れなんとする空青し

帷子や可否の裁断誤らず

帷子の女に汗のなかりけり

玄関まで深く入る家や日照草

日照草車馬の埃をかむりけり

人のいふこときいてゐる袷かな

うとましく梅雨に湿りし財布哉

うとましや蚊帳も布団も梅雨湿り

逢うた夜の二人を攻めて来る蚊哉

血にふくれゐる蚊を壁に叩きけり

水馬水の面テの暮色かな

水馬何をしてゐることぢゃやら

水馬砂動かして水湧ける

宮垣の内の流れや水馬

メーデーの列に使ひを阻まれぬ

白眼にメーデーの列見てゐたり

メーデーの先頭鬨を上げにけり

メーデーの殺気漲り渡るかな

新茶煮つ人の言葉を容れにけり

安穏の生計も淋し新茶煮る

ベートベンのよきレコードや苺食ふ

ジンに焼けし舌に苺をのせにけり

石卓に冷き乳と苺かな

苺狩渇けば苺食ひにけり

核心にふれぬ話や新茶煮る

元町が明るくなりし薄暑かな

鯰捕り車軸を流す夜の雨

手取ったる鯰大きく怪しけれ

安閑と子に釣られたる鯰哉

汽車に乗って降り出したり若葉雨

鈴懸を籠に薄暑の床の花

町中に宮居閑かや樟若葉

久々の雨は大雨樟若葉

里若葉一軒離れ住みにけり

横町へそれて真暗き薄暑哉

暮れやらぬ野面に夏の匂ひ哉

梅雨湿りたるみし大間障子かな

一劃の桐の畠や桐の花

桐の花田舎めかしき町家哉

門口に井戸ある家や桐の花

昼は暑し夜は蚊がをりぬ用遅滞