久世車春

 

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久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

 秋之部1

 

 

秋暑くして夏を羨む遊女哉

月欠けて狸が落す榎の実

姦しき雀蛤となりにけり

人について浅きを渉る今朝の秋

北に行けば北に稲妻しばしばす

磯の田や稗に汐見の高櫓

墓参棗の下をくぐりけり

朝の霧草に敷き干す晒布哉

蓑虫や何處で生れて父恋し

よかるべき雲の去来と鰯曳く

銀の盾照り返す燈の夜寒哉

帰を待つに油たしなき夜寒哉

飛び去らぬ籠馴れ鳥も放ちけり

放たれし鳥見送るに日の眩し

絵に写すつもりの鳥も放ちけり

空の高さ河の広さよ放生会

起き起きを僧の訪ひ来つ今朝の秋

きちかうに鬼燈交る垣根哉

斯の如き仏なりし桔梗奉る

桔梗早き狐小路の花屋哉

仏燈に桔梗真黒し塔の中

青竹の竿にかけたる燈籠哉

鬼燈と廻り燈籠と買ひにけり

走馬灯岐阜提灯の燈をうつす

走馬灯読むに書のなき宿の興

走馬灯忘れて雨戸閉しけり

星落てあした鶏頭に露多し

漂流の子に粥たく今朝の秋

野葡萄の雨にうるるや去ぬ燕

蕎麦打って食ふにまだ鳴く鶉哉

お籠りや今日も黄昏鳴く鶉

小提灯飛ぶよに行くや天の川

愁然と凭れば開く戸や秋の声

系図古りて今町人や後の雛

男ならまくす老後の初子や後の雛

北と見せて南す軍や夜露濃き

平曲の座の走り火や夜の芭蕉

糠星を掃くよにそよぐ芭蕉哉

踊り下手の踊らざる夜ぞなかりけり

隣国の曇月夜に花火かな

釜二つ柚味噌の不平各す

初秋の宵の燈や詩仙堂

悲しさを泣いてしまひぬ蓑虫に

油なむる餓鬼あり消ゆる燈籠哉

対岸は藪に弧屋の燈籠哉

匠老て雨冷やかや弟子がかり

名に偲ぶ女の姿精霊会

山越えて通草の実頃温泉を帰る

(明石)百間塀頽れつも存し秋の風

強バイは子等の心を寒うせり

ささやかな堂の暗さや鶏頭花

手燭して蔭の大なり鶏頭花

形容の古りて情婦や萩の花

山の裾廻りて蟲を送りけり

共に挿して桔梗傾く紫苑哉

鹿鳴くや山辺の里の門厠

鹿鳴くや飯盛は油たしながる

小提灯二つ連るるや鹿の声

雨降れば笠着て風呂や花芒

通学の日々を飛びつく螽かな

薄き日の汗に光れる角力哉

行燈引きに出れば鹿鳴く木辻哉

 青法師菊太と改名

菊の茎太しきに花を楽めり

地芝居の楽屋の床の下の蟲

鹿鳴くやほろほろ雨の走り雲

鹿鳴くやいつまでここにかかり人

渡る雁ただ我船の行く夜哉

此月の欠けてしまへば落し水

草吹いて来る風燈籠ゆらぎけり

竿の先たわむ細りの燈籠哉

山際の砧ばかりが打やまぬ

よべ鹿の寄りける糞や山の畑

行秋や袋にきまるものの種

錠さびし塔の扉や秋の風

粟畑や流るる如く鳥下りる

寝よと云へど若きは涼む天の川

爽に飯ふいてゐる匂ひかな

続く気に降り出て別れ鴉哉

草売に老の衰へ出ぬ日がち

草疲れてぬけるに惜しき踊哉

芋の空底まで晴れし高さかな

薬掘頭打つ家に帰りけり

露けしと云へば此世に我と妻

露の気に咲く朝顔も咲かぬ勝

朝々の露に褪せけり種茄子

胸に繰る女の数や夜の秋

頒つほど実のなる柿となりにけり

駕ずれの腰をさましぬ柿の村

柚味噌焼くどこともの香や夜の村

鴫立つや蓑重く行く雨の中

豆殻のかさつく風や鴫の来る

鏡台や秋風に散る粉白粉

我一人男なる家の夜長哉

泳ぎ疲れて暮れまで寝たり風は秋

燈籠のまたたきもせぬ燈が淋し

秋の水漆掻く唄渡りけり

一枝づつ鵯鳴き移る高枝哉

おとろへし鶏の蹴爪や秋の風