久世車春

 

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久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

 秋之部2

 

 

水灌ぎ足れば草木に秋の風

泳ぎてし肉のほてりや秋の蚊屋

色好む病募りつ九月

林間に燈ともれば風秋となる

雨風と闘ひし稲あはれかな

に人非人なる我の寝し

戦するを以て男や天の川

釣上げし鱸に夜涼極りぬ

刀豆に風吹いてをり鶏の尾に

知る人のかくも死にゐる施餓鬼哉

風吹けば砂が埃や鳳仙花

子の出来ぬ夫婦の罪や秋の風

 前に橡面坊逝き今墨水の訃をきく

橡の実も団栗も落てしまひけり

殊更に黍に風あり盆の月

逢はんまで通ひに出るや蟲の原

新米や今日まで生きし小百姓

黄昏のあまき匂ひや真瓜畑

(鮮屋)門入れば玉蜀黍に道もなし

女ばかり住む家も淋し秋の雨

大阪に生れて育ち来山忌

蟲鳴くや我冷やかに我を見る

 八月二十日午後四時菊太逝く

月斗より夜寒の文や菊太の訃

秋風や石頑なに水の中

犬馬皆奉公朋輩秋の風

秋風の机上に赤き朱肉哉

水の良き執着に住む芙蓉哉

さやさやと水溢る井や秋の風

開け放ち寝て暁の芙蓉哉

勢一杯伸びしポプラや秋の風

隔て住む夫と妻あはれ秋の風

秋風や茂り過ぎたる木の弱り

稲妻に澄み通りたる涼夜哉

線香さへ得買はで墓に参りけり

蜩に道白々と乾きたり

山駕や横に眼移り草の花

煙草買へば皆黴てあり驛野分

蜩や温泉に入って腹へらす也

山の温泉へ運ぶ魚や草の花

草の花媚めく駕の布団哉

雨に倦んで秋の山人眠りけり

秋の山人恋うらくも燈るなり

朝顔の茂りあまりて葉枯れ哉

夜長さを降り出ては洩りぬ台所

ひろびろと沼の面テの秋夜かな

蟲鳴くや夜は障子の白々と

蟲鳴くや夜は手紙を書く慣ひ

燈火をめぐりゐしが蜻蛉去りにけり

西瓜切る匂ひぞ深き厨かな

さくさくと切れて涼しき西瓜哉

西瓜食ふやのどをすべりし種いくつ

 九月六日澄誕生

草の宿に涼しく女生れけり

長雨に垂れ湿りけり秋の

薬掘るや尊きことと思ひつつ

日輪の遠々しさよ谷紅葉

秋風に細うかかりぬ橋一つ

大曲りして行く道や秋の風

一年に四五日遊ぶ秋晴れよ

朝冷や細々として檪原

納屋庇胡麻かさかさと乾きけり

犬蓼や路黒々と湿りゐる

犬蓼や道の角なる塵捨場

秋の蠅眉にとまりぬ冷たさよ

芋掘るや露がこぼれて泥だらけ

遥かなる国に山あり露の原

露けさや皆なりうれし畑のもの

無花果の露しげしげと熟れ朽つる

野の家や露の障子の燈のうるみ

赤き花しかと持ちゐつ露の草

 児の小照に

秋空の如き眼をしてよく笑むよ

掬はれて秋水はなる鯉の眼よ

コスモスに白々降りぬ昼の雨

仲秋や静かに白き蕎麦畑

桑畑のまばら桑の葉秋の風

此道の果ていづ国ぞ草の花

蜜柑山の裾まわり行きて墓参

夜が明けて雨降ってゐる紅葉哉

頬白の紅葉に遊び去りにけり

秋雨に友は泊るときまりけり

 九月一日関東大震災

天は焦げ地は頽れけり秋の風

友どちの生死も分ず秋の風

暁の露したたらし芭蕉哉

新涼や箪笥も見ゆる舟住居

白萩や雨に燈ともす家低う

桐一葉竹さはがして落ちにけり

桐一葉家の燈うけて落ちにけり

燈籠のぽかと浮きゐる木の間哉

あらぬ方に土をもたげぬ芭蕉の子

秋の宵うつすが如く降りにけり

送り火を小降りになれば焚きにけり

おだやかに晩稲も花をつけにけり

帰りにはランプともせり紅葉茶屋

味噌汁の豆腐かたけれ紅葉茶屋

高張を立ててゆゆしや花火舟

山の温泉に錆鮎食うて残りゐる

落鮎を舟で焼かせつ後の月

秋の夜や家内集まる一燈下

暮れ方のせはしくなりぬ稲の花

学校が始まりにけり稲の花

蓑虫も芭蕉にゐるは大きけれ

篁の露に赤しや烏瓜

古庭の苔蘇り秋の風

露けさや日さし変りし庭の面

大空に星の散らばる秋の風

 九月十日午前四時四十二分内親王御誕生

爽に喜び告ぐる花火哉

天澄んで内親王のあれましぬ

秋草も喜び合へり御誕生

目前の芭蕉が露を散らしけり

 国擧男子

白菊の大輪なるが咲きにけり

日を濃いて傾き生ひし芭蕉哉

秋風が寒うて鳴ける河鹿かな

庭前や芭蕉に勝る青さなし

秋寒うなりて芭蕉の痩せにけり

きちきちと芭蕉の幹のきしみけり

秋風の近江の湖を渡りけり

むつかしき処へ出たり芭蕉の子

更けるほどはげしくなりぬ秋の雨

折ためて戻りに捨てぬ曼珠沙華

水高う流るる野川曼珠沙華

畦草にぬきん出にけり曼珠沙華

曼珠沙華折りし手苦し気になりぬ

水引を剪るや昼の蚊つきまとふ

しろじろと月夜の霧のかかりけり

そぼ降るや草の実土に沈むなり

やすらひて草の実払ふズボン哉

草の実や永く続ける上天気

草の実にまぶれて子供戻りけり

草の実の埃となって散りにけり

(銀閣)銀沙灘秋の時雨がかかりけり

大文字に日の鮮けし秋時雨

鯊舟に日中熱くなりにけり

新藁の雨にぬれては青みけり