久世車春

 

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久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

 秋之部3

 

 

野の家の霧にまかれて燈ともしぬ

鹿の糞木の実と交る山路哉

そぼ降るや草の実土に沈むなり

やすらひて草の実払ふズボンかな

草の実や永く続ける上天気

今年藁積みし匂ひに酔ひにけり

小男鹿や雨にぬれたるしめり聲

あちこちのもげ落ちにける案山子哉

三越の霧の露台に上りけり

茸狩の帰りコスモス貰ひけり

コスモスに雨後の薄月かかりけり

秋の水芋を洗うて濁しけり

夜の霧や里の祭の提灯に

黄昏の汽車に松茸匂ひけり

芋くべて夜学の戻り待ちにけり

秋の水草の戦ぎを映しけり

日蓮は好きな坊主やお命講

山寺や障子にひびく百舌鳥の声

万葉に菊の歌なき淋しさよ

朝寒き野にかさつきぬ砂糖黍

朝寒き火鉢にコテをくべにけり

朝寒の掃除すみしへ起きにけり

大土間に夜学の下駄の並びけり

叢の暗み竜胆濃紫

櫨紅葉日陰の径のつめたさよ

茶を沸かしくるるけむたさ紅葉茶屋

紅葉茶屋うどんの湯気を上げにけり

縄つけて椋の実ゆすり落しけり

百日紅色の冴え来し残暑哉

かさかさと燈に飛び来しは蜻蛉哉

秋の蚊帳裾引ずりて吹かれけり

ひそやかに咲き上りけり稲の花

今朝方の頬につめたや稲の花

いつまでも此田離さじ稲の花

稲の花此田いつまで持つことか

七夕や更けて一天晴れ渡り

星祭藪を前なる小家かな

水郷やとんぼが散れる暮の天

風の草とんぼとまりつ飛びのきつ

露もちて草それぞれの花つけぬ

町の客に鶏割きぬ秋祭

いささかの庭さはがしき野分哉

山萩やこぼれながらに咲き続く

秋祭提燈露にしめりけり

ぬき倒す露の枝豆泥だらけ

枝豆や莢銀に朝の露

畦草に交り枝豆肥えにけり

山萩やそり返りたる枝の先

筧口水が吹き散る野分哉

(送陽荷朝鮮行)唐辛子の味を覚へて帰り来よ

はろばろの君の行手に秋晴れよ

つめたさや露に光りし藪の竹

暮れ初めて白コスモスの淋しらに

舌の上に渋が残りぬ合せ柿

籠の底にみにくき柿の残りけり

残り柿軽んじゐしがうまき哉

円き膝すべりてのびぬ柿の皮

来る人が莨火すりぬ霧の径

蜻蛉は大きな眼して捕られけり

柿食うて腹をつめたくしたりけり

(奉祝御大典)慶びに秋を早目に仕舞ひけり

秋光を鐘めてぞ菊盛りなり

喜びの満ち満ちたりや菊薫る

燈籠に三度油をさしにけり

燈籠の紙に油がにぢみけり

燈籠のもろき造りがあはれ哉

草に置いて提灯つけぬ地蔵盆

地蔵盆線香の帯が手に染まる

白粥を好みたかせぬ爽に

焼栗の袂にさめて戻りけり

水引草剪るや昼の蚊つきまとふ

水引草花と花とが縺れけり

水引草籠に投げ挿し茶一煎

水引草剪るとしほれて本意なさよ

 圭史君の愛嬢茂子二才にて逝く

残炎に焼け落つ花や秋海棠

子二人を左右に寝せつ秋の蚊帳

暮れ方のひやひやするや曼珠沙華

鳴子竿引傾けてしまひけり

学校を戻りて鳴子引きにけり

横さまに雨吹きつくる鳴子哉

捕りためて螽さわがし紙袋

家中に子が放ちたる螽かな

暮るる田に取残されし案山子哉

風の田にそり返りゐる案山子哉

足元のゆらゆらとして案山子哉

夜学の子暗き家路へちりぢりに

友とちと句境はなれぬ獺祭忌

瀬戸内に散らばる島の紅葉哉

牛車連なり戻る紅葉哉

紅葉茶屋堅き豆腐の豆腐汁

陽の光り弱り果てたる紅葉哉

成行に任す暮しや秋の風

秋風や事に当って老を知る

水霜の山の樒を切りにけり

燈ともるや秋の水辺の家並び

他処の田におくれて侘し稲を刈る

畠主西瓜を割ってくれにけり

錨を以てがばと割りたる西瓜哉

川堤花火すみたる草の闇

天の川荒れつのり来る波頭

立さわぐ沖っ白波天の川

 八月十一日横島行十一句

山蟹は秋の小草を高歩み

天の川家の暑さに濱へ出る

秋風や酔うて唄へる舟下し

秋涼の燈更けたり沖の島

燧灘の汐寄せ来り月の浜

野分道傘を押されて走りけり

舟下すと見れば矢と漕ぐ月の海

雑魚こぼれある島の西瓜畑哉

船を打つ浪秋涼の飛沫かな

唐黍に赤き小布を鳥おどし

初嵐寄せかねてゐる艀かな

荒天に昼の稲妻かかるかな

稲妻の空に上りし花火かな

さらさらと雨来し宵の稲光り

七夕や男の中の女の子

末の子が一人女や星祭

先生の髭も交れる踊かな

頬冠り髭かくしたる踊かな

さり気なく島の踊子交りけり

友どちに見つけられたる踊かな

憚りて走り込みけり踊の輪

まとひつく裾うとましき踊哉

樹の枝に提灯つるす踊哉

誰やらが又もぬけけり踊の輪

四五人に歪となりぬ踊の輪

踊子は蚋にさされてもどりけり

時折は衝き暗くなる踊かな

灯に向けば晴れがましさの踊哉

宵過ぎの雨草市にかかりけり

草市や市内電車の終点に

自動車の泥草市にかかりけり

暁の芙蓉色澄む垣根かな

山蟹の赤きと露草の紫と

見はるかす朝の野澄める人馬哉

秋の蚊の机の下に忍びけり