久世車春

 

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久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

秋之部4

冬之部

 

 

秋之部7

秋の蚊のものに当たればとまりけり

月前に花傾くるダリヤかな

失ひてすつる扇もなかりけり

落鮎や切すうすと朝の月

落鮎やつめたくなりし水の色

鮎落つる山野露けくなりにけり

高原の風に打っぷす桔梗哉

鮮けき桔梗の色よ雨の草

白粉の花に紋師の住まひけり

白粉の花に井戸ある門辺かな

小寒しと夜食にうどん打たせけり

うどんの湯牛に飲まする夜食哉

うどんの湯熱し夜食の洗ひ物

色飯の底が焦げたる夜食哉

秋光や重なり合うて島二つ

秋光に埃を飛ばす唐簀哉

莨買ひに駅まで出たり夜の秋

夜の秋草に雨降る密かかな

竹塀につやつや月の光りかな

船に寝て船出を待つや夜半の月

月の船めがけて来るや惣嫁舟

山本や月にざわめく藪つづき

 冬之部1

癒えてなほ病める思ひの冬籠

温泉の花を干すや有馬の冬日和

菊剪って翌る日炭団干しにけり

木枕の痛きに寝るや鴨の声

弟子等貼る学寮の障子春隣

山迫る梅野に積みし樽木哉

いさかふが癖にうとまれ網代守る

理に勝ちて論に負けたり火桶抱く

人陰の長くて淡き落葉哉

駕据えて酒手ねだらる落葉哉

減り米も添へて袋に年貢哉

木の葉捲く旋風の中の神楽哉

時に着かぬ船寒雁の鳴き過ぐる

大徳を雪舟で立たせて寺寒し

並ぶ盾吹いて落葉の叩き飛ぶ

真似されて我の癖知る炉辺哉

出洲の松曇りて風や鳴く千鳥

寺の井を掘りに人数や枯野行く

鴛鴦相向ひゐる屏風折れ目哉

短日やからくも乗りし船重し

殺生をして暮す身の岡見哉

馬提灯たわわの騎手の革羽織

太鼓番に時問へば見ゆ冬の雁

 

水鳥の集りかたまりて落暉哉

初霜の朝を臼の目切の来る

暈寒き油たしなの孤燈哉

帰り行く西極楽や十夜人

負け公事のなるに任せて炬燵哉

冬の菊婆子は布子を着たりけり

父母の恋し他郷に我の皹

返り花磯遠からぬ小社哉

米俵積みてずりそや寒雀

米指で質米見るや寒雀

騎手なげにひた走る馬霰哉

あやまちし障子の墨や冬の蝿

山崎や伐り竹積んで冬構

炭切れ目成りそにもなき話かな

一とわたり落葉を掃いて神楽哉

(蕪村忌)椀の数足らぬ忌日の蕪汁

年貢米転ばせし雪に俵の跡

鶯子啼や東近江の這入口

鶯子啼の背戸に捨てけり湯婆の湯

西窓へ月廻りけり河豚の座

林檎畑見て過ぐ雪舟や腹痛む

加賀を能登国境来て雪舟つぎぬ

しばしばと高鳴く鴨や雨淋し

年々に来て鴨池や寺の領

遠里のほつほつともる霙哉

浮寝鳥繕らへど寺態旧による

七度も祭りて替へし吹革哉

茶の花やかつかつ日照る午しばし

朝靄につめたく咲けり茶の木原

懸行灯うとい日の射す冬至哉

途に借る村の厠や冬砧

(布留)此神や氷柱に斎き祠りけり

葛湯して暁方寝るや明けるまで

鍋焼の花火線香と散る火哉

光悦忌冬の紅葉を供花に挿す

告げたさの恋我にあり近松忌

風呂吹や大様に燈のゆらぎつる

年賀状年の港や吾と摺る

北風や敷石冴ゆるぬけ露路

鳥呼や山の間を行く谷谺

鴛鴦や瀬を引いて瀬に落とす池

恥を云はねば分らぬ理義に火桶撫づ

井戸掘の勢ひ裸や寒椿

着く船やからく短き日一杯

鋲の如蝿動かざり冬の縁

温石を温むる火の尽てけり