久世車春

 

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久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

冬之部2

 

 

冬之部2

顔見世や伽羅匂はせて忍びやか

網代鳥尻から風邪をひきにけり

仏飯をもてゆく縁や寒雀

庭の隅日の暮れてあり花八つ手

養魚池を簣に蔽ひけり眠る山

足袋買うて城下はなるる旅路かな

千葉笑一物もなき腹の底

市に遊ぶ吹革祭の小弟子共

冬の夜の燈やカーテンの真紅なる

風邪引の妻に宵寝の亥の子哉

寒声や底に星ある曇り空

お取越横に吹かれて野を帰る

野施行の眠たく行くや藪あなた

石蕗の花風にはためく切戸哉

せぐくまる雑魚寝の肩や風の行く

水洟や巫女に生口きく膝に

耳聾ひて我意の強さや耳袋

此銛にかかる鯨の命かな

炭ついで頼みあり気の火種かな

埋火やひそかに愧づる往事あり

狐落ちし気抜けの老が湯婆哉

酒さめて我はかなむや網代守

尻に日のほろとぬくさや泥鰌掘

葺き足して深く住む家の干菜哉

往来なき峠に住むや寒晒

凩に長ふ鳴く鷄の力かな

凩の門より深く住む家哉

お扉に薬喰ふ火の映りけり

薬喰寝静みし下と世を隔つ

番小屋や薬喰ふ香の流れ来る

薬喰顔の油を疎んずる

薬喰犬吠ゆる門ききすます

戻り来て暫らく榾を煽ちけり

榾の宿少しく遅く着きにけり

あの火からよくぞ燃えける根榾哉

おとろゆる榾に女の一人ある

たふたふと冬の夜の大河海近し

冬の夜の劇場の太き鉄柱

燈台の霙るる海にともりけり

手拭の汐湯染りや返り花

絵馬を見て廻れば祠後の返り花

返り花襖真白の大書院

浦千鳥月天空を走るかな

千鳥鳴く懸行灯のまたたけば

船の燈の見えつかくれつ千鳥かな

川千鳥酒醒めてゆく欠伸かな

 

腹へりし牛のむせたき榾火かな

積み上げし大根の煮ゆる榾火哉

脇差で疲れし腰や雪の宿

提灯や雪の戸明くる鼻の先

茎の石に牛洗ふ湯気凝りにけり

枯芦や馬の荷の酢をこぼし行く

釣瓶縄と乾鮭提げて戻りけり

船の燈の見えつ隠れつ千鳥哉

水仙に炭の手払ふ日南哉

連なりて国狭うする山眠る

米搗の眼にある山の眠りけり

味気なや糊のこわばる足袋の紐

北側や冬の日の射す店火鉢

障子越し床の間や冬の日の光り

冬の日や箔の焼けたる銀屏風

戻り来し牛の眼燃ゆるしまき哉

旅人の落葉にすりし谺かな

草履替へつあれば落葉を鼬哉

熊祭千島を恋へる歌のあり

煮凍やさながら氷る沼の水

煮凍や淀の城下の煮売店

煮凍らせつつ里ぬける今日の風

煮凍や長途もたらす湖魚の味

たそがれや焜炉火にして根深汁

寒灸据ゑ合ふ鄰ありにけり

炭売や上着太りて脚細し

隠し子に密に贈る年の暮

蠣舟に別れて遂に会はぬ哉

子宝はあれどおろかに岡見かな

因果経闇の眼に浮く岡見かな

吾が村はあの燈に寝たる岡見かな

燈の暈に水気ある夜の湯婆哉

物の怪は壁より出づる湯婆哉

たそがれや米買ひに行けば年の市

三度来て買ひ調ひぬ年の市

干足袋の朝凍ててある垣根哉

飼はるれば冬の鶯鳴きにけり

幼等のあれど金なき巨燵哉

(祖父病む)布団買ひに奈良まで出るや散紅葉

口辺を冬の蝿一つ離れざる

分別の今宵は変る布団かな

鬱憤を布団の派手に洩しけり

来かくればとやと客来て雪の酒肆

河豚食へど咎むる親もなかりけり

綿入や生別れして親なき子

凍強し下駄に蹴飛ばす馬の糞

枇杷の花病めば親より妻恋し

夜となれば燈に狂ひけり冬の蝿