久世車春

 

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久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

冬之部3

 

 

冬之部3

玉子酒だましたやうな成行に

玉子酒宵の温さが雨落す

玉子酒酒気を借らねは云へぬこと

発たん夜は酒が飲みたく玉子酒

よく消える懐炉に心尖りかな

事しげき日なりし夜の炬燵かな

(聖上崩御)水仙を淋しき花と見る日哉

声をのんで人慌し暮の町

あはれさは亀の背中の氷かな

風邪ひいて味なき煙草喫みつのる

忘れゐし亥の子祝うて来りけり

初霜や枯藻浮きゐる野の小川

小春日や枯木にかけし豆の殻

枯芒蟷螂渡り歩きけり

初冬や一画黒き藺の苗田

暁や雪とは思ひかけざりし

雪空や町の南の燈が映る

下草は冬の紅葉や松林

冬の蝶日向を低う飛びにけり

コスモスの網の如くに枯れにけり

蟷螂の枯葉に紛れ歩きけさ

山道の湿りに落葉貼りつきぬ

冬ざるる池の面ての鉄氣かな

短日の吉備津の釜が鳴りにけり

住みつけば故郷の如し年忘

御命名の菊を生けけり明治節

霜の朝川雑魚売の来りけり

(成親卿墓)御墓に松の時雨や七百年

弁当殻散る草山の枯れにけり

冬晴にいささか山を歩きけり

庭前は風騒ぎゐる助炭哉

白々と助炭かけたり朝の炉に

畳這ふ暮色に助炭白き哉

回廊の瓦の苔や散紅葉

 

谷川が国の境や枯葎

早々と燈火明し年の市

一筋に提灯走る枯野哉

実ばかりのせんだんの木に時雨けり

絹布団敷きくれゐしに戻りけり

子の寝たる布団の肩を叩き寝る

燠入れて手のさへられぬ火鉢哉

藁灰の湿り湯気立つ火鉢哉

裏山にごうと風鳴る火鉢かな

かたまりし火鉢の灰の貧しさよ

日の入りし残んの色に時雨けり

時雨るるや杖の倒れし菊の花

麦蒔の日にふくれたる布子哉

日の暮れの忙しく麦を蒔きにけり

座布団に松の落葉や宮茶店

冬の雨障子あけても暗きかな

足袋つづりくるる母あり穿きにけり

茶の花や暮れ初めてすぐ暗くなる

梅の束咲ける師走の花屋かな

不覚にも火種絶やせし師走哉

吊干菜風呂の埃がかかりけり

吊干菜縄もからびてかさかさに

干菜湯に霜焼の足ふやけけり

味噌汁の葱のうまさよ寒の入

ぬかるみの狼藉として冬の雨

傍らをぬくく通りし焚火哉

根深汁子供は葱をきらひけり

泥脛に夕風沁みぬ泥鰌掘

泥鰌掘親もゆかりもなき身かな

顔ばかり熱くなりたる暖炉哉

重役の苦き顔して暖炉哉

火になりし暖炉に椅子を遠ざけぬ

肥え過ぎて尻の割れたる大根哉

枯木宿大根飯をたきにけり

神の留守境内広き日南かな