久世車春

 

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久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

冬之部5

 

 

冬之部5

が山ほど燠をくれにけり

浜へ曳いて山のやうなる鯨哉

長刀の如き包丁や鯨解く

血みどろになりて鯨を解ける哉

鯨煮ん水菜は霜に肥えにけり

鯨舟浪つんざいて走りけり

女共鯨に酔ふを恐れつつ

鯨切る刀油に曇りけり

鯨売大きな出刃を用ゐけり

おほよそに目方量りぬ鯨売

大食の顔並べけり鯨鍋

しは嗄れた汽笛鳴らしぬ捕鯨船

惨ましく胎子もちゐし鯨哉

村を挙げて鯨の胎子葬りぬ

山程の水菜尽しぬ鯨鍋

鯨より水菜尊し土佐の国

浜の砂に刀を研ぎつ鯨解く

鯨鍋煮ゆる間待たで鍋は空ラ

一っ時に煙上げたり捕鯨船

簀に巻きて鯨の胎子葬りけり

北風に子は学校へ行きにけり

北風が川を伝うて走りけり

鴨打つや落つれば小さく思はるる

大霜に門辺の菊を剪りにけり

黄昏の吉備津の山へ時雨けり

生涯に此の窮迫や根深汁

我からは友も求めず根深汁

風邪ひいてなほぢぢむさくなられけり

冬の雨家で遊べば叱らるる

冬の雨咳く如く降れるかな

所在なく家にゐる子や冬の雨

風呂の湯の流るる溝や冬の雨

漸くに一間を掃きて炬燵哉

煤掃や捨てられもせぬ物の嵩

 

叱りてもつきまとふ子や年の暮

焼芋の冷めてしまふて残りけり

火に落ちて侘しく葱の焦ぐる哉

いつまでも風邪ぬけぬ也根深汁

葱を切る手許の暮るる忙しなさ

助炭貼る閑もなかりし師走哉

何もかも一人でするや日短か

玉子酒口なめらかになりにけり

誓文に一年中の足袋買ひぬ

誓文や酒を茶に飲む売子達

燈ともりて又静かなる障子哉

小春日や抱いて出し子の抱重り

勘定が合はで眠たき暖炉哉

風邪ひいて寒き日ばかり続きけり

水涸の林中人語ききにけり

水涸の林泉落葉積ること

水涸の石に坐れる家鴨哉

なほざりに寝てしまひたる火燵哉

火燵熱く布団重たく旅寝哉

頤のせて心のぬけし火燵哉

近く居を移さんとする火燵哉

通りかかりの人が焚火を去らぬ也

その周り土乾きゐる焚火哉

森の中苔を焦せる焚火哉

暁の浜の焚火に寄って来し

貸せし本汚れて戻る寒さ哉

くさくさの珍味の中の蕪汁

温めては煮えつまらしぬ蕪汁

冬籠指が煙草に染まりけり

誰やらが帽子かくしぬ年忘

年忘此地に住むも今年きり

岡山に家なくなりぬ冬の雨

怱忙の別離の宴の酢蠣哉

(留別)二十年ぶりに唄ひし寒さ哉

大阪は魚味なき寒さかな