久世車春

 

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久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

冬之部6(完 昭和九年)

 

 

冬之部6

水嵒の硯を愛でつ冬籠

腹割きし鮟鱇おどる尾鰭哉

ホ句あって我を生かせぬ春星忌

北風を真向けの家に住みにけり

行燈に時雨かかりぬ甘酒屋

時雨るよと云ひつ戸締りしたりけり

小夜時雨風の暖簾ぬらしけり

冬籠唐物籠の烏府を愛づ

うすうすと星ある空の時雨けり

天守閣成りぬ大阪時雨けり

粘墨の如き池水や散紅葉

時雨るるやたまの宵寝の寝つかれず

火鉢抱いて何の役にも立たぬ身ぞ

火鉢抱いて女の愚痴をききにけり

火鉢抱いて言ひ度き事をずばといふ

なるやうにしかならぬ世の中火鉢抱く

懐炉の灰にふところ汚しけり

半月で正月が来る霜夜哉

咳に醒めて咳に寝られぬ霜夜哉

霜の鐘湯は魚眼より蟹眼に

霜の鐘寝られねば又茶を淹るる

本町の軒の深さや冬の雨

北風に逆らひ歩りく涙かな

懐炉に暖めてゐる野心かな

火鉢撫でて云ひ度き事を云ひも得ず

冬籠机の上の茶経かな

悪食の人後に落ちず冬籠

手馴れ来し楽の茶碗や冬籠

大年は宵の如くに更くる也

冬籠茶を飲むことが用事哉

夜の助炭猫が上るときまりけり

火鉢の火炉に寄せて寝る助炭哉

庵狭しとりし助炭の置ところ

助炭とれば心憎さの釜の形

(寒中水泳)寒の水出でゝ肌や朱の如

膳棚に匂ひ籠めけり酒の粕

少人数に干からびにけり酒の粕

子の足袋を火箸にさしてあぶりけり

明治節花屋の店の菊の花

次の間の明りに寝たる霜夜哉

大晦日暗澹として暮れにけり

雪の原暈きし月のかかりけり

笹原や處々の薄氷

又しても締め忘れ行く障子哉

しめ迷うて尻の開きたる障子哉

がたぴしと障子をしめて去なれけり

勝手へ回りても答へなき障子哉

大花瓶に百輪の菊明治節

明治節名残の茸に鮓つくる

薄き日のすぐ移る也藪柑子

山茶花や飯の吹く間に暮れかかる

山茶花や暁未だ夜の如く

客人のすぐ寝入られし布団哉

熊突きに行くてふ人に逢ひにけり

熊に逢うて逃げ来し人を泊めにけり

水仙に裁ち縫ひをして生計哉

水仙を水仙の葉で括りたる

 

大雪にためらひもなく出て行きぬ

筋違ひに道ついてゐる枯野哉

曇天にあるか無きかの星寒し

ボーナスに欲しき筆墨買ひにけり

ポケットのボーナス袋抱きけり

ボーナスを煎茶一具に尽しけり

船を上って汽車に乗継ぐ霜夜哉

冬木立既に暮色を漂はす

無花果の冬木となりてをかしけれ

大風のゆすぶってゐる冬木かな

冬木立雲がもつれてゐたりけり

夕煙からみつきたる冬木かな

冬の蠅子供の顔を擽りぬ

冬の蠅助炭の上を歩きけり

マスクつけて夜店歩きやふところ手

片耳にふらさげてゐるマスク哉

マスクつけてなほもの云はずなりにけり

大根の割るるが如く切るるかな

大根飯湯気を吹き吹きまゐる也

クリスマス密に待てる人を見ず

歌沢をラヂオが唄ふ火燵哉

意地になってかき餅を焼く火鉢哉

鉄の如き炭を火としつ河豚汁

河豚の文火に投じてぞ立出でぬ

堆き蜜柑の皮を下げにけり

うき人に蜜柑の汁を飛ばせけり

冬ぬくし町内寄って溝掃除

溝の泥草に上げけり冬ぬくく

荷を上げて傾く舟や冬の海

日本に此文章や漱石忌

おもかげは冬の牡丹よ漱石忌

滅び行く江戸っ子惜め漱石忌

筆を執る末輩にして漱石忌

スケートに紛れず赤き裳哉

寒鮒や湖囲む雪の山

寒鮒や侮り難き田舎酒

寒鴉磧に何を捜しゐる

意地悪き面魂や寒烏

寒鴉親兄弟のなかりけり

昼と夜と顔見世二度に見たりけり

寒念仏どこまで寒くなることか

大根の味親しさよ冬籠

物々の味味ひつ冬こもり

子が入りつ出でつ火燵のぬくもらぬ

雪よりも冷き雨や冬木立

時雨るよと咳きながら出て行きぬ

座布団に置き並べけり寒玉子

歯のぬけし口につめたや寒玉子

寒玉子危きものとしまひけり

(皇子御降誕)喜びのこよなき日本冬麗

霜の声凛々と皇子あれましぬ

逆まに葉牡丹提げて戻りけり

小普請の壁が乾かず年の暮

寒施行用心籠の小豆飯

漱く口氷らしぬ寒の水

大寒の鴬張の廊下かな

野施行や赤手拭を打止めに

酔うてゐぬつもりをかしや年忘

蓮根を貰うて帰る時雨かな