久世車春

 

 

 

久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

春之部1

 

春之部1

朧月女定めて美なるべし

朧ならんとして朧ならざる夕かな

温泉の匂ひ温泉宿の傘に春の雨

あられ酒の瓶に火透る山火哉

治に処して乱忘れめや二日灸

龍天に昇るか暗き日なりけり

鳥雲に入るや餉す峰の茶屋

帰り着きし安堵や草の芳しき

春の日の燭して後に暮るるなり

花の宿病は癪の女かな

女の子一人ほしけれ春の雨

恋猫の足跡のみで居らぬ也

以前酒肆今書肆なるを燕

代数の落第点や暮の春

詣らざる寺に寄進や弥生尽

坂本をからく乗り待つ春の風

法衣着れば我も僧也春の風

塔に登り望南顧北春の風

覚えなき美女の会釈や春の風

百貫の天蓋金や春の風

遅き日の如何に暮るべき朝哉

近道を来れば橋なし春の川

船やらん風は南春の海

藤の花関の小萬が身たけ哉

山笑ふ中や都を定めらる

温泉の町の漸く多き燕哉

雁風呂や沖荒れといふ薄曇り

山の宮藤に結びし御籤札

士気に関す密書火中や初雷す

初雷や艫臍はづれにのめる時

縞上り見ぬを惜めど出代り

機下手の喋り器用と出代り

焦げ癖の釜くれぐれも出代り

湖おぼろ此処を通ひの船の灯も

本陣は鍵屋喜兵衛の朧なる

煙る雨壷焼の火の走りけり

滞留も二の替り観て名残かな

壷焼や磯に泡寄す時化名残

茶摘唄宿で訊して今日の記に

状飛脚そそくさと去ぬや夕霞

駑をせめて小さき輪に乗る霞哉

叱らるる手の凧苧擦れかくしけり

麻耶昆布やお札の竹の割放し

題は花詩文俳歌や梅若忌

須磨寺の鐘輪にひびく御秡哉

 

花念仏灯ともし頃の眠り鐘

冴返る月代青き人形かな

ひときり春の夜を吹くはした唄

仇に染めし下着ぬぎかく暖に

田螺殻捨つや痩せ地のさし

紅皿に紅なかりけり弥生尽

書もなくて儒もなくて日の永き哉

土佐に来る帆々の霞や硯とる

濤声を脚下壷焼ひさぐ店

ふらここに乗りゐる鶏や桃落花

一家泣きしを思ひ泣き来て出代り

やや癒えて二月年賀の疲れ哉

九村帰依一村未し山笑ふ

寄進積んで能の日を待つ薪哉

能に降る薪崩れの火花かな

陣の果何時かも知らず山笑ふ

蜃気楼唄に背の子寝入らせば

山吹や雨の渡舟の舸子溜り

うしろ高に島市霞むや島表

韮の香や傘の油のもゆる夜に

韮の香やほとぼり冷めぬ瓦窯

韮の香や桶風呂の湯の尻に沸く

山並や雨で登れぬ間の宿

踏青のいささ疲れや帰路の月

鳥交る背戸春菊の畑哉

木戸しめる合図析打つや猫の恋

春菊の香にたち初めて鳥帰る

ひそか読む御法度本や猫の恋

三の橋先駆過ぎけり御祭

雀の子足場き普請蔵

選る籾の多きに倦むや雀の子

筵織る藁揃へず雀の子

雀の子母屋に続く大機場

一夜妻春暁のかかり船

奉納の競書の額や雀の子

供養鐘つくに任せて暮かぬる

ぬたや裏は花散り方の山

駅西の路傍の酒肆に暮かぬる

ぬたや船待つ閑の不時の飯

大紋の陣所の幕や風光る

派手競袴の刺繍や小弓引

小弓引の裾に陰しぬ老い桜

花散らす風爽や小弓引

町に引く水漏り筧落花哉

川止めの島田の雨の落花哉