久世車春

 

 

久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

 春之部2

 

見巡りて路銀乏しき落花哉

人形売一と日落花に立尽す

行く雁や沼藻採るべき宵支度

バサと打つ夜網の音や帰る雁

二十日月今日を雁風呂名残哉

雁風呂の雨に刈藻の匂ひ来る

紀伊客の浪花豪奢や二の替

浪花やや橋名覚えて二の替

鶯の閑で叺を縫ふ日かな

利かな去る温泉も三日目や虻の声

庇裏に水のかげりや虻の声

陽炎や織るに水吹く筵藁

虻侘し廓焼けけるをかかり人

馬で来る里の医師や麦青む

野の寺の墓前の井汲むや麦青む

楠大樹春野の蔭となりにけり

石置いて皮干す春の野面哉

銀賜ふ孝子の村や山笑ふ

鯛が来るとて渦まくや春の海

酒船のからみ連るるや春の海

近道を来れば橋なし春の川

船やらん風は南よ春の海

藤の花関の小萬が身たけ哉

山笑ふ中や都を定めらる

温泉の町の漸く多き燕哉

雁風呂や沖荒れといふ薄曇り

山の宮藤に結びし御籤札

士気に関す密書火中や初雷す

初雷や艫臍はづれにのめる時

縞上り見ぬを惜めど出代りぬ

機下手の喋り器用と出代りぬ

焦げ癖の釜くれぐれも出代りぬ

湖おぼろ此処を通ひの船の灯も

本陣は鍵屋喜兵衛の朧なる

煙る雨壷焼の火の走りけり

滞留も二の替り観て名残かな

壷焼や磯に泡寄す時化名残

茶摘唄宿で訊して今日の記に

状飛脚そそくさと去ぬや夕霞

駑をせめて小さき輪に乗る霞哉

叱らるる手の凧苧擦れかくしけり

麻耶昆布やお札の竹の割放し

題は花詩文俳歌や梅若忌

須磨寺の鐘輪にひびく御秡哉

花念仏灯ともし頃の眠り鐘

冴返る月代青き人形かな

ひとよきり春の夜を吹くはした唄

仇に染めし下着ぬぎかく暖に

田螺殻捨つや痩せ地のさし柳

紅皿に紅なかりけり弥生尽

書もなくて儒もなくて日の永き哉

土佐に来る帆々の霞や硯とる

濤声を脚下壷焼ひさぐ店

ふらここに乗りゐる鶏や桃落花

一家泣きしを思ひ泣き来て出代りぬ

やや癒えて二月年賀の疲れ哉

九村帰依一村未し山笑ふ

寄進積んで能の日を待つ薪哉

能に降る薪崩れの火花かな

陣の果何時かも知らず山笑ふ

蜃気楼唄に背の子寝入らせば

山吹や雨の渡舟の舸子溜り

うしろ高に島市霞むや島表

韮の香や傘の油のもゆる夜に

韮の香やほとぼり冷めぬ瓦窯

韮の香や桶風呂の湯の尻に沸く

山並や雨で登れぬ間の宿

踏青のいささ疲れや帰路の月

鳥交る背戸春菊の畑哉

木戸しめる合図析打つや猫の恋

春菊の香にたち初めて鳥帰る

ひそか読む御法度本や猫の恋

三の橋先駆過ぎけり御祭

雀の子足場危き普請蔵

選る籾の多きに倦むや雀の子

筵織る藁揃へずや雀の子

雀の子母屋に続く大機場

一夜妻春暁のかかり船

奉納の競書の額や雀の子

供養鐘つくに任せて暮かぬる

青ぬたや裏は花散り方の山

駅西の路傍の酒肆に暮かぬる

青ぬたや船待つ閑の不時の飯

大紋の陣所の幕や風光る

派手競ふ袴の刺繍や小弓引

小弓引の裾に陰しぬ老い桜

花散らす風爽や小弓引

町に引く水漏り筧落花哉

川止めの島田の雨の落花哉

見巡りて路銀乏しき落花哉

人形売一と日落花に立尽す

行く雁や沼藻採るべき宵支度

バサと打つ夜網の音や帰る雁

二十日月今日を雁風呂名残哉

雁風呂の雨に刈藻の匂ひ来る

紀伊客の浪花豪奢や二の替

浪花やや橋名覚えて二の替

鶯の閑で叺を縫ふ日かな

利かな去る温泉も三日目や虻の声

庇裏に水のかげりや虻の声

陽炎や織るに水吹く筵藁

虻侘し廓焼けけるをかかり人

馬で来る里の医師や麦青む

野の寺の墓前の井汲むや麦青む

楠大樹春野の蔭となりにけり

石置いて皮干す春の野面哉

銀賜ふ孝子の村や山笑ふ

鯛が来るとて渦まくや春の海

酒船のからみ連るるや春の海

日陰者闇に人訪ふ蛙かな

書に倦めば梨花見る窓となりにけり

我影に時を計りつ田打哉

糸屑をつぐ夜積りて出代りぬ

眩しさや凧の数見て海渡舟

瀬を落し来て春暁の筏哉

炉塞いで机の塵を払ひけり

志す奈良は霞むや塔の先

雁風呂の蛸壺に水汲みにけり

雁風呂の湯に沖荒れの鳴りにけり

雁風呂や暖まり寝て淋しさよ

塔齢を操って仰げば鳥帰る

帰る鳥あとなき程に去ぬ日哉

京の灯へ島原戻る蛙かな

春の夜を湯の沸く音と一人哉

奈良見えて一筋道を蝶に倦む

二千五百年来蛙鳴く田哉

蝶の飛ぶ夕陽に向いて歩きけり

君に告ぐ田螺のやうな男也

負け鶏のただ生きてある歩み哉

雉吊って今日は気だるくありにけり

落第ときまりて水の温みけり

水温む近江歩きぬ薬売

鄙びたる撫養の娼家や若布汁

鶯や真東より日は上る

鶯やサと来し霰晴れし道

東は紅ひ霞む雲雀哉

礎に巨柱を想ふ菫かな

山笑ふ種に芽の出ぬかごと哉

一と飛びの川を渡舟や山笑ふ

風強く吹ける木の間の椿哉

日に向いて眩しき凧の定まりぬ

新銭で酒買ひたし花見人

宿とりて朧月夜の大津かな

大いなる古びたる門の椿かな

下萌や三冬寝ねし蜂の勢

下萌に狂ひ霰の降る日哉

我庭や黒斑猫と赤椿

山淋し赤い椿が咲く故に

雨降れば退屈にゐる雀の子

陽炎や男の数の蓑を干す

お水取水菜に薹の立ちにけり

水取の奈良の寒さよ鹿の顔

大阪を遂に去る日や春の雨

春立つや座敷に光る金箪笥

鶯と見る間に鳴かで飛び去りぬ

雲雀鳴く南眩しく歩きけり

毎日の油を買ふや夕雲雀

春寒き海に寄せ行く大河かな