久世車春

 

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久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

 春之部3

 

出代って天濶とある思ひかな

待つ手紙なき郵便や春の雪

旅宿に訪ふ故郷人や宵の春

来る程の人来て春の夜更けたり

故郷に家なく春の寒さ哉

山焼く夜町の端まで用に出る

早立の白々として山火かな

岡山西中山下)

東風吹くや此あたり医者と料理茶屋

(城下)公園と街とへ東風の電車かな

(観劇)我が事が春の燈の中にある

(元山一泊)春の夜を歩いてゐれば廓かな

(秋夢宅)春の夜の人形の中の主かな

東風吹くや藪の下より渡し舟

春雨やどやと湯に来る芝居者

小寒きをうれしみ春夜用に出る

春の夜の月にをかしや大蘇鉄

夕雲雀すらすらと着く渡し舟

春雨にいよいよ枝垂れ桜かな

(旅)何処までも春寒き雨に降られけり

夜桜や眠うなり連れて歩かるる

燕や町の高みの遊女町

梁に夜を所在なき乙鳥かな

暖く船こづみゐる港かな

淋しければ暖かければ歩きけり

暖く鳴きかたまれる鴎かな

下萌に降り渋りしが大雨かな

豆腐汁春立つ芹を浮かせけり

分封の蜂や牡丹に撓みゐる

大樹には皆鞦韆のかかりけり

開道の裏の夜に住み復活祭

復活祭厨に居眠る支那コック

鯛網の鯛料る待つ霞かな

親豚仔豚霞の中にをかしけれ

京の町に近く山々四月哉

暮れて行く心細さよ野火に色

日本の花に帰れば雨ばかり

春雨の降り出て退社時間かな

暖に丸う刈られし杜鵑花かな

草の戸や風雨の中の雛祭

土塀にのし出てゆるる桜かな

灯ともりて栄華極まる雛かな

春寒や家に不自由な台所

吹き寄する花の芥や芦の角

しばらくの旅に出る日や春の雨

桜餅曇れば風に寒さある

(三十四歳の春暮れんとす)

酒少し飲まねば春夜もの足りず

綺羅人に被さりゆるる桜かな

桜生けし莟こぼれぬ青畳

日曜や思ひもかけぬ春の雨

降り出でて頓に寒しや春の雨

逢はぬ間の君に子ありて雛祭

春寒き雨をはじきぬ雨合羽

降らぬことに決めて夜桜見に出たり

大阪へ偶に出づれば春の雨

春の風身軽になりて匍ふ子哉

松の花近頃主人留守かちに

日曜は茶を煮る日也松の花

木蓮の咲くと同じく汚れたり

白梅や口焼く番茶好もしき

門川の水ゆたかなる柳かな

着ふくれて情なき姿余寒哉

春暁や色たたみ来る沖つ浪

春暁を旅立つ人に起きにけり

春暁やありとしもなき遠つ山

春暁や竹をかむりて一軒家

(三月七日午後六時半奥丹後に強震あり

此辺りも大に震ふ)

強震や庭に下り立てば朧月

強震や朧にかかる四日月

強震や空はしじまに朧なる

春昼や漲り澄める水源池

春昼や水を打ったる石畳

食堂や春の宵なる幾つどひ

今日きりの此地と歩りく春の宵

夕餉には家内揃ふや春の宵

髭剃って頤軽し春の宵

一つ一つ用片付きて遅日かな

蜜蜂やげんげの花に逆に

花見人に交る十三詣かな

荷を下して駄馬遊ばする柳哉

方外に熱きがよしや蜆汁

青天に雲動かざり桃接ぎぬ

さらさらと風ある藪の春日哉

人来ねば一人も来ざる日永哉

麗やさし迫らざる用ばかり

明方や焼野の灰の匂ひ来る

野火点ず時哀しみに似し心

白日に色なき野火の煙かな

接木すんで一っ時に腹へりにけり

青天へ真一文字に虻消えぬ

春の野に辷り出でけり通ひ馬車

若草や暖か過ぎて野は曇る

湖の水漫々たりや花くもり

花くもり松の中なる伽藍かな