久世車春

 

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久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

 春之部5

 

 

蛙の夜親にかくれて酒を飲む

麗な山へ柴しに入りけり

陰晴のきまらぬ花に遊びけり

ふた親に押されて寝たり燕の子

白藤を茶席の花や春惜む

行春の毎日歩き歩きけり

夜になれば国へ去にたや蛙鳴く

石榴の芽赤く春の蚊出初めけり

ぬかるみに落花布きたり月出づる

山陰の苔の湿りに落花かな

悼大呂

花時を遊ぶ無沙汰と思しに

 祝石子娘新婚二句

喜びを祝はやす木の芽草の芽や

紅白の梅を一つに束ねけり

白梅や陰り寒き宮の縁

白梅に今日釜日なる数奇屋哉

下萌や日の沈むまで日の当る

退屈に寝てゐる牛や草萌る

田楽に脚のがたつく床几かな

春めくや手水使ひに川へ行く

縁側に春めく月の明りかな

白水を舟から流す春の水

侘しさは炭にのせ焼く目刺哉

香はしく頭焦げたる目刺哉

春愁の身の置所なかりけり

春愁の茶をがぶがぶと飲みにけり

春眠の足を畳に冷しけり

春愁や椿を見るも桃見るも

 人見善四郎入院

早なほれ目刺を焼いて酒のまう

はりはりと葉をしかめたる蘇かな

暗き葉に沈みて咲ける椿かな

子供等は虻の日南を恐れけり

虻の声庭の日当り変りけり

飛び据る虻に面を背けけり

猫の子の皆ちりぢりに貰はれぬ

猫の子の腰が据らず歩きけり

猫の子やはねのけ合う乳につく

春眠の足を畳に投げ出しぬ

水打てば泥とりに来る燕かな

三山の大和国原蛙鳴く

蛙鳴く大和の国は母の国

蛙きく旅籠も大和巡りかな

抱きし子の眠りて重し春の泥

道迷ふ北大阪や春の泥

 題花香実飴

長閑さの飴をねぶってたりけり

行春や筍刻む五目鮓

しとしとと降り込められぬ桜餅

静岡の新茶到り桜餅

春の雪藺田の氷に降りにけり

墨を吸ふ硯の肌や梅の花

湯さめして寒く寝る夜や猫の恋

大阪の町は泥田や春の雪

大阪の町の宵寝や春の雪

六甲の大雪光り梅の花

春の泥淋しき夜店出たりけり

水指は赤絵の枡や梅の花

こまごまと雛の調度を仕舞ひけ

雪らしき雪見ぬ年の梅の花

大阪の天守が見ゆる梅の花

梅の宿重き布団をきせにけり

花多くつけて味な庵の梅

初午や強飯配る火打箱

春の雪酒飲み出せば浴びるほど

酒飲んで酔はぬは恐し春の雪

冬のうち雪を見ざりし春の雪

鶏籠に傘きせかけぬ春の雪

淡雪の山路を来り総選挙

春雪や家を鳴らして風過ぐる

淡雪や風呂の帰りの小買物

とろとろと煮ゆる小豆や春の雪

春の雪厨を篭むる飯の湯気

追善の浄瑠璃会や春の雪

好もしく紅茶匂ひぬ春の雪