久世車春

 

7

 

久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

 春之部6

 

 

鶴の脚折れてうつるや水ぬるむ

春雨や堤の下に町の屋根

風車など売らんかな春の風

大いなる満月出たり春の泥

春雷と雹抛ちて風走る

日の永き橋の畔に住みにけり

 四月六日 売り売りて漸く残りゐし俳書十巻あまりを朝冷兄の手にいささかの金に換ゆ

一巻の書もなくしたる長閑さよ

猫の子も来ぬ店番や麗に

 四月九日 草城その第二句集青芝を贈り越す

若人の句に若さあり麗に

ゆたかにも桜生けけり三彩壷

麗や舌のまわらぬ子の話

月まろし翌は咲なん桜かな

初花にアイスクリーム売れる哉

寒ければ雨ぬくければ雨桜咲く

嚢中自有銭桜咲く

花の冷月は五日か六日哉

淡雪や口笹青き炭俵

淡雪の伏見のお山したりけり

魚籠に生きし鯉に降り込む春の雪

芹摘んで島原の裏戻りけり

春愁に似通ふ味や蕗の薹

春愁の髪を洗ひし女かな

一二日缺けし圓さや春の月

春愁の軽きたべものあさりけり

囀や人に会はざる丘の道

手作の楽の小皿や桜餅

石段に汗ばみ来り囀れる

夜桜に時計掏られて戻りけり

夜桜や知るべに寄りて茶を所望

夜桜の芝生に酒をこぼしけり

夜桜の女の声も酔へるかな

夜桜の酒を土瓶に沸かさせぬ

川風や夜桜人を寒がらす

蝶二つもつれながらに上りけり

引出して遊ばす牛や蝶々飛ぶ

裏庭へ流れ飛び来し蝶々かな

草の葉にとまり直せし蝶静か

蝶々に湯の沸いてきし野立哉

蝶々や山の田へ牛追ひ上ぐる

すれ違ふ女の匂ひおぼろかな

黒川に傾く藪のおぼろ哉

朧夜の十三の橋を渡りけり

四五町で野に出る町の朧哉

植木屋がつづく夜店の朧かな

今日も亦出そそくれけり花くもり

酔醒めてどこに寝てゐる花曇

赤楽の筒に自服や花曇

露路に待つ案内の銅鑼や花曇

出不精になりし己よ花くもり

花曇若き女に眼を牽かる

緞通を織る家々や桃の花

かつかつに卒業したる目出度さよ

卒業をして田園に帰りけり

野に満てる草のいぶきや春の闇

大寺や燈かげもあらず春の闇

夫婦もの離房借りゐる椿かな

砂庭や椿一本あるばかり

遠足の靴にかまれて戻りけり

遠足の足引ずって戻りけり

遠足のつつじかついで戻りけり

遠足のゐねむりながら戻りけり

遠足の雨に降られて戻りけり

ふすふすと月にくすふる焼野哉

隆専寺の桜見に寄る彼岸哉

彼岸会の斎や木皿の五目飯

枯淡なる主の書格松の花

汐風に肌の粘りや汐干狩

小豆島巡りに出立つ弥生かな

茶摘女が集って男を嬲りけり

茶摘女は淫らな唄を唄ひけり

覗かれてゐるときめきに茶を摘みぬ

白魚は魚の中の豆腐哉

白魚の孕みゐるこそをかしけれ

水郷は春の遅さよ白魚汁

石組んで茶を沸しけりつつじ山

昼の汽車で東京へ行く日永哉

日永さに手紙四五本書きにけり

岨道の空にかかりぬ藤の幹

蛸吊ってある煮売屋や藤の棚

入学の第一時間の鐘鳴りぬ

晴々と入学式の終りけり

入学の迎への母に甘えけり

春眠の枕頭に湯の沸きゐたり

猫の子につきまとひけり春の蝿

春日山の杉にかかりぬ春の雲

山桜人なき雨にめでにけり

降らぬ間と山を下りぬ山桜

渓走る水美しや山さくら

花過ぎて奈良静もれる燕哉

突と来し寒さ水辺の猫柳

物陰に残る寒さや猫柳

春はまづ水辺に来り猫柳

花やかに都踊の打出しぬ

知る女出番の都踊かな

都踊すんで帰るに早き哉

都踊都の花は散り尽し

贈り来し若和布の藍や塩湿り

山川に添えて松江の板若布

乏しさは即ち富貴若布汁

昼は霞夜は朧獣交むなり

金泥の霞ひきたり馬交む

交る馬の勢ひ人を圧しけり

厳に駿馬良駒と交りけり

村の夜は暗く淋しく蛙かな

雨の夜や蛙入り来し表土間

春深し白山吹を床の花

闘鶏や用慥らえて家を出る

語り合ふ言葉荒しや鶏合

負鶏の心残りはなかりけり

春の雨八ッ茶の柴をくすべけり

春の宵船の出るまで歩く也

三日月の落てしまひぬ花の冷

熊野鯖接穂の礼にもらひけり

家も子も人に取られし雀哉

雀の子家を忘れて遊びけり