明治大正時代の月斗句 7

 

青木月斗 大正時代の句抄

 

 大正四年七月より大正六年六月までの、『ホトヽギス』を中心とし『カラタチ』『智仁勇』『太陽』その他の諸雑誌、『国民』『東京日日』『大阪毎日』『大阪朝日』『京都日出』等の各新聞の有季定型の句数万句より、今井柏浦が選び収録したものから抄出した。(島春)

 

 

 

 

今井柏浦・編『大正新一萬句』より抄出。

 

蕗青き庭の日さしにつつじ哉

蘖を養ふ暁雨霽れにけり

空腹で山越すに木の芽迫るかな

さふらんの花咲きにけり薬祖神

芝の中に菫散り咲く文庫かな

牛の眼も山もとろりと豆の花

豆の花法事の膳を運ぶ見ゆ

茄子苗枯らさぬ口伝三代目

宮の楠の影の広ごり春の闇

 中洲某旗亭即事

川波をたてての寒さ春霰

霰一時障子の春日曇らする

夕立晴人渓流の橋に立つ

空梅雨の毛虫の庭と成にけり

梅雨夜明山の後架の窓に見る

水禽は暑さに倦めり雲の峰

坊泊り暁庭の夏の露

夏浅き野の夕ぐれの静まれる

植ゑつけすみし田水明るく夏夕

袷着て歯の衰へを思ふ時

同舟の女顔見せず袷哉

夜店歩き来しが大方袷かな

羅や楚々として紅ほのめきぬ

抱籠は蚊帳の夜明を斜かな

抱籠にしびれ覚ゆるこむら哉

酔筆を揮ふに足らぬ団扇かな

心太見れば杉葉を渡る蟻

心太酔うたる舌をすべりけり

帯長し京の舞妓は金魚かな

肥えし身は睡り貪り蝉時雨

全力を角に注ぎぬ蝸牛

霖雨はれ蟇ことごとく旭に向ける

古唐紙や紙魚もつけずに二百年

暮れて月に風習々と牡丹かな

草いきれ賊軍此地過ぎにけん

蚊吸鳥歟ひらひらと萍の沼に落ちし

萍は雨を雨は萍を弄ぶ

杜若緋鯉に交る緋鮒かな

杜若陶物の鷺を防げず

秋空や夕日丘の多宝塔

次の間は板敷にして十三夜

天の川燈に来る蟲のへりにけり

湖や忽ちとどく霧の脚

露の秋女は顔で生きてゐる

人住まぬ島こぼれあり秋の海

秋の山風穴を見に上りけり

新涼や花無くなりし蓮碧く

やや寒の障子の月と成にけり

つき上げ戸夜長の月が横にさす

いつの程にか我中老や句座夜長

雲切れぬ白煙龍を今揚げよ

乃木祭や長府の町の秋の風

菊畑の夕かげり鳴く鵙高音

鵙の声秋天我を引き入るる

啄木鳥に木の間の月と成にけり

寂寞の秋を独りや啄木鳥

啄木鳥の叩かん許り月夜なる

この川の鮎落つる雨今日も降る

障子あけて山靄に紅し梅嫌

山脚や朝日をうけて蕎麦の花

酒後の柿謡一番ききにけり

豆柿は朱打てる如く夕日染む

一雨毎に村は寒うなる柿赤し

商売すると次男云出ぬ稲を刈る

 立太子

天照す日の御子に全土露けしや

 『銀杏』復活

会心の笑もらす友に古酒の燗

北風の浜松原や保養院

兵を泊める村の国旗や時雨雲

夜汐満ちて裏川膨れ時雨けり

大霜や人語過ぎ行く茶の木垣

蔵の陰霜に咲きゐる石蕗寒し

燈の凍に寝し子の顔のほてりかな

冬の水櫟の落葉沈めけり

寺の庭は大山茶花の小春かな

綿入もすべて飛白に男の子

お針子に児の綿入を頼みけり

綿入の下着は人形仕立かな

農人は安気に見ゆる布子かな

舞納めて我前に来る足袋白し

新兵に暁の明星輝きぬ

干菜湯に浸りて撫でぬ風邪の髭

夜業してけんびき風邪をひきにけり

寒紅を溶きて竹枝を書きにけり

御仏に高き梯子や煤払

飾売角の風呂屋に入りにけり

冠着て岡見に交る狐かな

天明を恋ひてやまざる春星忌

来山忌夜色がよくて沈吟す

十夜眠りに缺かさず来る媼かな

寒鴉を欺き狐耳尖る

鷦鷯雀とあそぶ日和かな

古畫かけて臘梅うるむ朝かな

枯芝を見居れば雨の弾きけり

枯萩の刈られし土や日の暖くみ

 祝皇子御誕生

冬日麗ら御木馬一つ殖えに鳧

 漱石氏追悼

木枯や硝子戸の中の主人亡し

寒林の一巨木傷む木枯に

 墨水旧庵

鶏頭は枯れぬ故人の一周忌

 

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