明治大正時代の月斗句 3

 

青木月斗 明治時代の句抄

 

 明治四十年六月より同四十二年三月までの、『国民』『日日』『大阪朝日』『大阪毎日』等の各新聞及『太陽』『日本及日本人』その他の諸雑誌よりの数十万句より、今井柏浦が選抜収録した約二万句の中から抄出した。

明治四十年四月頃より、月兎から月斗へと改号している。本集は改号直後に当たる。溌剌としてようやく句調が確立しつつある頃である(島春)

 

 

 

 

今井柏浦・編『最新二萬句』(明四二、博文館)より抄出。

 

草隷は王右丞が吉書かな

酢牛蒡は蟲歯にかたき恨有

家の中羽子数の子の酒に落つ

几上なる猿蓑集や福寿草

寒顔赤々と酒魔に囚はれし

議論出脚思はず我余寒かな

春日影色素麺をひたす水

町を軍馬過ぐるや春深し

花遅速あり二の午三の午

鳩の糞によごれし寺の涅槃かな

開帳や道のつゝじに蜂の飛ぶ

御朝事の戻り戻りを二日灸

泣き蟲の泣かで済みけり二日灸

根分赤脚虻子に喰はれけり

月村は我事にして菊植うる

菊の根分読めぬ手紙を見せに来る

さし柳青みぬ馬に噛れずに

隣村と遺恨の凧を語りけり

泊船並んで凧を上ぼしけり

午時の風魚とぶ水光りけり

陽炎の尚弄ぶ海市哉

山焼けば小川に浮ぶ諸子かな

群会の選挙ある役場梅盛り

人も来ず日曜日和鉢の梅

唇を吹きからされし梅見かな

山脚に一村包む柳かな

買て行く人涼し道具市

炎天や茶釜さめたる台所

炎天や咽喉のかはきし烏鳴く

雲衲はふとんを敷かぬ油團かな

縄の埒夜市寝て待つ砂の上

水鱧の砂上にはねる夜市かな

漕ぎする船や夜市の遠篝

枇杷葉湯啜る夜市の戻り足

竹床几浴後の西施よらまく

竹床几博士の夫妻蚊を払ふ

儒者の子は汗袗を着て内に居る

香具山の月を曇らす蚊やり哉

南風麻匂ふべくなりにけり

竹植て市井の構へ瀟洒たり

竹植て嵐呼びけり嵐山

鮓圧して我等潰々者流也

早鮓や吾徒天下に名ありけり

鮓の石鼓の形愛すなれ

心太胸中の山涼しけれ

玉壺より汲むものは何麦湯かな

夏の雨胡瓜の花に乾きけり

嵐山筏をぬらす夏の雨

強力に杖笠頼む泉かな

時鳥筍やせて日暑し

峠越す祭の魚や時鳥

夫婦にてはあらぬ声なり閑古鳥

千鳥より小さからめや啼水鶏

鴛鴦涼し座敷の下の水に浮く

匂ふ飯捨つる窓あり通し鴨

蛍籠いつの昔の羅の

蟭螟の耳目閉ぢけんはたゝ

蟻の塔斧の柄腐ちて三千年

巻線香に蠁子を燻べぬ蝉時雨

土船を二艘つなぎぬ夏柳

城の石運ぶ車や木下闇

吊荵風鈴の舌秋を舐む

青々と野蕗茂り道祖神

花がつみ川蝉ふれて動きけり

瓜の香や叺積んだ夜の庭

獺の喰らひ余しや流れ瓜

赤松の亡国論や山津波

 悼静女

白粉も紅粉も夏咲く花なるに

 独逸へ留学する彦影子に

蟭螟をまろき眼鏡で見に行くよ

 小蛄子老父を亡

梅天は悲痛に曇る想有

韓街所見

親河童子河童喰ふや真桑瓜

今朝の秋釣瓶落して井戸深し

朝寒や十年舊の泥鰌売

摺る墨の二つに折れし夜寒かな

秋の夜の静寂雨後の剰へ

ろうそくに露の夜風や地蔵盆

摂待や藜の杖は人が踏む

一日でひきし出水や崩れ簗

薬掘家に莨を作りけり

水禽を養水や天の川

紺足袋の紺匂ひけり後の月

夜の間に心中あり秋の水

水汲んで足をきりけり秋の水

獺を河童思ふや秋の水

新らしき盥に文字や秋の水

隣国へ講和の使者や花野原

街道の馬車すたれたり鵙の声

松茸も少し出る山の紅葉哉

口籠はめて牛は閑也草紅葉

巨人北へこの野走れり草紅葉

折れ易き有平糖や蘭の花

うら枯や落ち散る神鬮凶とあり

うら枯に法衣つけたる狐かな

唐辛子河豚喰ふ舌を縮めけり

朝風や隠元豆の花に蔓に

七書など乱読しけり秋曝書

朱をつける墨つける火燵布団かな

白くして尼が助炭は古びけり

耳も鼻もちぎれとぶ雪車の半日に

年貢米か二枚俵の美しき

獲たり年貢納めて村が飲む

刈蕎麦五束ばかり畑の口

しぐるるや頭重たく風邪に居る

しぐるるや花なくなりし園の裡

子供いれて逆上る風呂や寒の雨

風邪心地道遠き会や寒の雨

出商人内職のあり寒の雨

馬で迎ふ登第生や冬の原

水鳥は皮剥ぎの子を見知り顔

寒厨や水に鱈あり鰤は火に

牡蠣舟や高麗橋の片櫓

鐘楼より鼓楼の方の返り咲く

私人の有に帰す古蹟返り花

羽后の酒田へ百里の碑あり冬木立

谷底に長崎見ゆや冬木立

臼の糠払ふ落葉の風寒し

夜の窓しめ忘れたる落葉哉

父の日と子の日と続く水仙花

水仙や見ても歯痛む琥珀糖

枯芒日々山をけづりけり

住吉の芋の煮崩れ根深汁

麗かな富士筑波見葱畑

 

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