明治大正時代の月斗句 2

 

月兎時代の句抄

 

月兎から月斗への改号は、明治四十年四月頃のことである。従って今井柏浦・編『新撰一萬句』(明治四十年八月発行)に月斗の記載は無く、『最新二万句』(明治四十二年六月発行)には、月兎の記載は無い。

 

ほとゝぎす第三巻一号(明治三十二年十月)に、子規が、投句者の雅号に使用している文字を調べているのを見ると、「月」が最も多くて四十三、「水」の三十九、「子」の三十五、以下、「山」「村」の順である。子規は、「月の字の多きは、昔も今も共に愛で見るものなれば愛づる点より之を用ゐしならん」と云っている。ちなみに号の頭に「月」を使用したものとして、月兎、月鼠、月舟、月人、月窓、月洲、月啼、月夢、月乃、月明、月華、月光を挙げている。なお号の尾に使った「月」の場合は多いが、中に兎月という号の人もある。(島春)

 

 

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青木月兎の句 (その2

 

今井柏浦・編『新撰一萬句』(明四十、博文館)より。

明治三十八年四月より明治四十年六月までの『太陽』『ほとゝぎす』『寶船』『日本』『国民』その他の新聞雑誌の約二十万句より、今井柏浦が1万余句を選び収録したものから抄出した。

 

 

 

元日や我に三釜の孝もなし

家建つる地ならし唄や春の風

縦横に菜種のうねや春の霜

春の川石炭船の帆が並ぶ

涅槃会や参り合せて旅烏

雨風も彼岸になりぬ旅の空

草の餅やうやく一つたうべけり

摘草や飴売鉦を鳴らし来る

山焼く火芹田の水に映りけり

壷焼の団扇に一句残し行く

恋猫や隣の家に念仏講

囀りや雨読の窓に花遠き

猫の毛の布団につくや五月雨

雲板を鳴らせば風の薫るなり

薫風や鵜殿の芦に波よする

夏川や凡石数多拾ひ来る

散松葉二三舞ひ浮く泉かな

雷陣を解く時松に蝉の声

雷陣や階下に並ぶ河の守

月鉾や今年名だたる家の児

五位高く矢数の空をなきすぐる

川床や星ほめ居れば顔に雨

 

竹植ぬ茂卿先生御来臨

腹掛に児の機嫌や水あそび

腹掛や田草ぬく親追ふて行く

梅の実も黄ろ勝なり煮酒せん

通し鴨池を前なる出茶屋哉

花桐の中に社務所や絵図を売る

昼の月合歓の残花を見る梢

合歓の花夕焼雲に葉をたたむ

はびこりしねむや五月の庵の空

潅仏の寺内の茶屋や藤若葉

浮島の茂りに一雨過ぐるかな

人たけに筍のびし空地かな

若竹の根に敷く砂の乾きかな

夏草の中に半夏をたづねけり

半夏生や半夏をひきに親子連

板敷に計って行きぬ青山椒

斧振ふ蟷螂の子や青山椒

鮓の禮青山椒を小一升

飯済んで話嬉しき林檎かな

作菊二本莟もちにけり

 金福寺

暮るる日を牛がなく也春星忌