足がひっかかった。

こら、えらい難儀やな。

私は、私の体と足先だけでつながったまま、海流に運ばれて行った。
海水はあたたかく、私の体は腐乱がすすんでいた。

いったい、何日こないして海を漂うてるねんやろ。なんか悪いことでもした言うんか。

ぷかり、と水面にでた。太陽が照りつけているが、直視しても目は痛くない。妙な状態だ。
太陽は見えるが、波の音は聞こえない。腐った肉のにおいも感じない。

…なにか聞こえたような気がする。なつかしいだれかが、私を呼んだ。

誰や。
誰が、呼んでくれたんや。

しかし、いまの自分の醜さが恥ずかしく、返事をしそびれた。そのうち、声は聞こえなくなってしまった。
私はまた、海中深くにひきこまれた。太陽が遠のく。流れが速くなり、海水はどんどん冷たくなっていった。

凍えてまうわ。

やがて、私の体は流れるのをやめた。あたりはまっくらだった。時間の感覚はなかったが、そのうち周りが見えてきた。
大小さまざまな船が沈んでいた。そして死体もたくさんあった。腐乱しているもの、していないもの、白骨化しているもの…
そうか、ここが終着駅か。
おそろしく冷たい海流の淀みのかなで、私の腐乱は止まってしまった。

せめて白骨になってくれたらよかったのに…

まわりの死体たちは、おたがいに無関心なようだ。だが、ふと気づくとまだ新しい死体がふえていた。
ほとんど腐乱もしておらず、彼女はほっそりと美しかった。大きな目は見開かれたままで、深い悲しみを湛えている。
「やあ」と、私は声をかけた。
彼女はちらともこちらを見なかった。聞こえないのかも知れない。
私は彼女を見つめつづけた。彼女はほんのかすかに顎をあげて上方を見た。
誰かの声に耳を傾けるように。
私は彼女に言った。
「返事ができるうちに返事をした方がええで」
彼女は初めてこちらを見た。
目だけでうなずくと、再び上方を見る。彼女は彼女の体から離れた。静かに海面にむかってあがってゆき、そして消えた。

しかし、私もまた私の体から離脱するのを感じた。
ぶかり、と海面に顔が出る。あたりは濃いミルクのような霧に覆われていた。力を抜くと、体はもっと浮き上がった。
浮き上がったが、足の裏は海面から離れなかった。こられるのはここまでらしい。
周りには私とおなじく、足裏を海面につけた者共がひょいひょいと浮かんだり沈んだりしている。
彼らは待っているのだ。
私と同じものを。
それは、近づいてきている。
私は心にねじけた喜びがわきあがるのを感じた。

船だ。


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