るぅの出産(まゆちゃんがやってきた)

1998年8月17日、夜。いつもの時間に帰宅したが、玄関にるぅの姿がない。必ず迎えに出てきていたのに、具合でも悪いんだろうか。
「るぅ、るぅ」と呼ぶと、二階から微かな返事が聞こえる。あがってみると押入れのなか。のぞきこんで仰天した。

ストロボをつかっていないので分かりにくいけど仔猫つきのるぅるぅはかなり小柄である。その小さな身体の前肢と後肢のあいだに、鼠のような黒っぽい塊がふたつ、はりついている。

なんと掛け布団の上で、彼女は出産をしたのであった。妊娠していたなんて! そういや、このところブラッシングのたびに、やけに乳首がひっかかるなぁとは思っていたけど…

二ヶ月半まえ、るぅに初めての季節が到来したとき、閉じ込めておいたのだが、一度だけ二階の網戸を破って逃走したのだ。本能のすさまじさに驚いたものだが、きっちり所期の目的を遂げていたわけだ。でも、全然お腹がふくらんでいなかったのよーっ。

とりあえず、るぅと二匹の仔猫を掻き出し、敷布団カバーを回収。ふとん本体は無事のようす。古いバスタオルを敷いて、母子をもどすが、るぅには気にいらなかったらしい。子猫をくわえて反対側の隅にいってしまった。その後も、数日間は飼い主の魔の手を逃れて家の中を転々としていた。あまりかまわないほうがいいと分かってはいるが、どうしても気になるので見ていると、一匹の仔猫は、しっかり乳首を保持してお乳を飲んでいるのだが、片割れの方は乳首を見つけられない様子である。

新生児たち生まれたばかりの子猫たち

手を出して、乳首をくわえさせてやると、しばらくは吸い付いているのだが、長続きしない。るぅは、お乳を飲めない子供に無関心だ。犬猫病院に電話して相談すると、無理やりにでも、とにかく乳首をくわえさせるしかない、だめなら人工保育になる、と言われる。しかし時期がわるい。明後日は棚卸で、明日・明後日は会社を休めない。また、いつもよりずっと早く出勤しなければならないので、朝のうちに犬猫病院へいく時間もない。昼間ほうっておいて大丈夫なものかどうか。

単調なわりに気の抜けない作業が一日つづく。昨夜はほとんど寝ていないうえに、仔猫が頭をはなれず、脳みそがぐらぐらする。ようやっと帰宅すると、お乳を飲めない仔猫は、冷たくなっていた。るぅは相変わらず無関心そうだったが、「赤ちゃん、死んじゃったよ」といって仔猫をなでると、起こそうとしてか、一所懸命なめはじめた。

涙をおさえながら仔猫をとりあげ、ハンカチにくるんで箱に入れる。すると今度は、家中のすみっこの匂いをかぎまわって仔猫を探し始めた。こちらも涙がぼろぼろこぼれて止まらない。眠れない夜をすごし、朝一番に庭に仔猫を埋葬する。るぅは、もはや死んでしまった赤ちゃんのことを忘れたようである。生き残ったほうはかなりたくましそうだ。

三日目のまゆ 体重は100gしかし、すぐにまた別の問題が発生した。出産から三日、普段はかなり大食いのるぅがご飯を一粒も食べていないのである。

再び犬猫病院へ電話する。
「お腹に赤ちゃんが残ってない?」と聞かれて、ぎょっとする。
考えもしなかったけれど、素人にはわからない。
とにかく、るぅだけ連れて病院へ。
「残念だったけど、自力でお乳を飲めない仔は、長生きしないですよ」って、なぐさめにならんぞ。
お腹に赤ちゃんは残っていなかった。出産の疲れと、夏の暑さで食欲がないだけだから大丈夫と言われる。
栄養注射を打ってもらって、栄養食のチューブを出される。
「口をあけさせてね、上あごの歯の内側に塗ってやれば、自然となめてくれるからね」ということだが、果たしてそううまくいくだろうか。

心配は無用であった。
歯の裏側どころか指の腹に出して、鼻先にもっていっただけで、勢いよくなめはじめ、あっというまに終わってしまった。まあ、一安心だ。チューブがなくなるころにはドライフードも元通り食べるようになったし。

さて、元気な赤ちゃんは三日目を迎えて体重が10g増え、ちょうと100gになった。名前はまゆ。女の子である。


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