猫と浴室

何かのミステリだったか、猫が風呂にはまって死ぬ場面があった。で、飼い主が思う。猫は水をきらう動物だ。自分から浴室に入るわけがない、と。

ふっ。

この作者は猫を飼ったことがないな(笑) 浴室とは即ち体を濡らす場所である、と考えるのは人間だからだ。動物にとって、湯または水を張った浴槽は何に見えるか。

水場である。

洗面器から水を飲むるぅ猫は風呂はきらいだが、風呂場はきらいじゃない。ちゃんと、きれいな水入れにきれいな水が入っているのに、食器より洗面器の水を飲みたがる。ウチのコたちだけかと思ったが、そういう猫は多いらしい。まゆにいたっては湯船の湯を飲みに来る。普段はふたがしてあるのだが、私が入浴しているとやってくる。私は戸をきっちり閉めずに入浴するせいだ(「夢(いめ)に語らく」コーナーの「恐怖の浴室」参照)

私が浸かっている湯船のふちに足を踏ん張って、入浴剤の入った湯を美味そうに飲むのだから、最初は病気にでもならないかと心配した。が、るぅとちがってまゆは下痢ひとつしない。夏など、湯の量が少なくて顔が届かない時は前足をぽちゃんと湯につけて、それをなめるという方法で飲む。あくまで初志貫徹の構えである。で、湯を飲み終わっても浴槽のふちに座り込んだままのときも多い。しっぽがゆらゆら揺れて、ときどき濡れているが、感じないのかわりと平然としている。写真を撮ってやろうと思ったが、人間の目にはたいした湯気にも見えないのに、画像はまっしろ。うーん、料理写真では湯気が写らなくて苦労するとか聞くのに、残念。

さてしかし、やはり浴室は危険である。

まだウチにきて間なしのころのるぅは私が入浴していると、浴室の外で入れてくれと、よく鳴いた。入れてやると、洗い場に座って私の方をじーっと見上げている。彼女は浴槽のふちには座らなかった。面白いので姿勢を低くして、るぅの視界から消えると、悲しげな声を出す。消えてなくなったりはしないんだけど、赤ちゃんといないいないばぁをやってる気分だった。

早々と湯船のふちに陣取るまゆ(入られへんがな…)そんなことをやってるうちはよかったんだが、その日、風呂に入ろうと、ふたをとりのけてからシャンプーを切らせているのに私は気づいた。新しいのを出さねば、と外へ出た次の瞬間、水音がした。

るぅが落ちたのである。何をしようとしたのか分からないが、とにかく落ちたのはまちがいない。

小説のなかの猫のようにおぼれたりはしなかった。試したことはないが、猫は泳げるらしいという話も聞く。しかし、もちろん湯船のなかで泳いだりもしなかった。えらい勢いで風呂場を飛び出し、玄関まで一直線に走っていった。私は驚いて、とりあえずバスタオルをひっつかんで、彼女の名を呼んだ。るぅは、玄関でUターンし、再びえらい勢いでまっすぐバスタオルに飛び込んできた。見ると、全身ずぶぬれだが、頭部だけは乾いていた。おしりから落ちたようである。時は冬、早く乾かさないと風邪をひく。

私は、ドライヤーのスイッチを入れた。

掃除機がきらいなのは知っていたが、ドライヤーはもっときらいだったようだ。るぅは抱いていた私の親指に噛み付くと、また玄関まで逃げ去った。指に可愛い穴がふたつ、しっかり開いてしまった。かわいくても痛いっつーの。仕方がないので、ストーブをがんがん焚いて、必死のタオルドライである。風呂の湯が冷めちゃったよ、もお。以来、るぅを風呂場へ入れるのはやめた。彼女も懲りたとは思うが、危険からはなるべく遠ざけるにしくはない。すると今度は私が出てくるまでバスマットのど真ん中に座り込んで待っているようになったので、それはそれでかなり困ったものだった。そのうち、子供のくせに子供を産んで、人間にかまってくれなくなってしまったんだけど。

ちなみに、まゆもドライヤーがきらいである。それから各種のスプレーもきらいだ。ちょっとどいて欲しいとき、ドライヤーやスプレー缶をとりあげると、非常に効果的である(笑)


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