英語でホルンのことを一般に「フレンチホルン」(フランスのホルン)という。
しかしフランスはもとより、ドイツでもイタリアでも「フランスのホルン」とは言わない。ドイツ語のHorn、フランス語のcor、イタリアのcornoは、いずれも動物の角から派生し、角笛、ホルンの意味を持つ。
英語の「フレンチホルン」という呼び名の起源は17世紀に溯る。ルイ14世の時代のフランスは、ヨーロッパの文化の中心だった。フランス王室と親戚関係にあった英国王は、ヴェルサイユをしばしば訪れ、ホルンを含むフランス趣味を持ち帰った。フランスのホルンとその演奏スタイルがイギリスに伝わって、「フレンチホルン」の語源になった。英国王にとって、ホルンといえばフランス。つまり「目黒の秋刀魚」ならぬ「フレンスのホルン」だったわけである。英王室御用達のトランペット製作者、William Bullによる1681年の広告(トレーディング・カード)の中に「フレンチホルン」の文字が見られる。(資料:Barry Tuckwell:
Horn, 1983)
一方、英語の中で"Horn" という単語は、管楽器全体を含む幅広い意味で使用される。ジャズでホーンセクションといえば、金管楽器のみならず、サキソフォンやフルートなどの木管楽器まで含むこともある。アメリカのあるホルン吹きは、楽器名を聞かれると、007の1シーンになぞらえて、「ホルン、フレンチホルン」と答えるとか。
"What
is your name?"
"Bond, James Bond."
"What
is your instrument?"
"Horn, French Horn."
イングリッシュホルンあるいはコールアングレという呼び名は、「イギリスの管楽器」を意味するが、実はイギリスとはまったく関係がない。これは発音あるいはスペルの間違いから生じた。ボーカルが曲がった楽器の形から、「曲がった管楽器」を意味するコール・アングル"Cor
Angl" (Angle Horn) と呼ばれ、それが誤って伝わりコール・アングレ "Cor
Anglais" (English Horn)になった。イギリスではコールアングレ、アメリカではイングリッシュホルンと呼ぶのが一般的だ。「イングリッシュホルンはテナー・オーボエというべき」(レオン・グーセンス)という意見もある。
(資料: メーリングリストへの投稿より - by Prof. Hans Pizka, Paul Mansur
and Francis Pau)。
ウィンナホルンやロータリー・ヴァルヴのドイツ式ホルンに対して、ピストン・ヴァルヴのフランス式ホルンを特にフレンチホルンという場合がある。戦後間もなく、ドイツ駐留米兵だったホルン奏者が、ロンドンでデニス・ブレインのレッスンを受けることになった。イギリス人の学生からどんな楽器を使っているか訊ねられ、「自分のフレンチホルンはコーン6Dだ」と答えると、学生は「ジャーマンホルンだね」と言った。フランスで主流だったピストン・ヴァルヴのホルンをフレンチホルンというのに対して、ドイツで主流のロータリー・ヴァルヴのホルンは、ジャーマンホルンというわけである。「このホルン、オラんだ?」「ドイツんだ!」なのである。
ヴァルヴのスタイルによる分類
ヴァルヴ | 開発者・時期 | 呼名 |
ピストン・ヴァルヴ | ジュール・ペリネ、1820年頃 | フレンチホルン |
ロータリー・ヴァルヴ | アドルフ・サックス、1836年 | ジャーマンホルン |
ウィンナ・ヴァルヴ | レオポルト・ウールマン、1830年代以前 | ウィンナホルン |
Farquharson Cousins: On Playing the Horn
Hans Pizka. "Horns with valves", Dictionary for Hornists, 1986.
Munich: Hans Pizka Edition, 1986
国際ホルン協会では、「フレンチホルン」ではなく「ホルン」を楽器の名称として使用するよう呼びかけている。それでは、フランス製のホルンはどう呼んだらいいのだろう。答えはもちろん、「おフランスのホルンざんす」 | おフランスといえば・・・ |
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Last Update: 99/11/30
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