山形 明郷著『邪馬台国論争・終結宣言』

16)井上 秀雄 元・樟蔭女子短期大学 学長 
                          著書『倭・倭人・倭国』
  

      当『邪馬台国論争・終結宣言』から、

     井上 秀雄 著『倭・倭人・倭国』 ― 東アジア古代史再検討― 人文書院
                  
     の「最重要事項」を紹介している箇所を以下、そのまま引用致します。



   【   古代東アジア史研究界の権威で、東北大学名誉教授井上秀雄氏は、
      其(その)著『倭・倭人・倭国』の中で次の如く指摘している。


       「旧来『倭』を考える場合、それが民族名であろうと国名であろうと、
    とにかく『倭』は『古代日本』と云う考えから出発して来たが、此(こ)
    の事自体既(すで)に大きな誤ちを犯している。

     『倭人・倭国』について、此の様に考える旧来の定説を裏付ける記述は、
    日本側の文献には殆(ほとん)ど見当らず、又、中国・朝鮮や韓国の古
    典中に於いても同じである。」

      更に又、次の如くも謂(い)う。

       「日本側の資料『古事記・日本書紀』を見る限り、『倭』を『大和朝
    廷』乃至(ないし)はその支配領域とする記事は極めて稀(まれ)であ
    り『倭の五王』を『大和朝廷』の諸天皇と見た形跡もない。

    又、『倭』から『日本』への国号改変も、従来いわれている様な雅号を
    求めたとする根拠もない。

       『倭の五王』に就(つい)ても、これを応神(おうじん)から仁徳
       (にんとく)に始まって、雄略(ゆうりゃく)に至る迄の五人の天皇の
       名に推定しようとしているが、この事は朝鮮の学者は不審に思っており、
       日本の研究者が云う程度の比定の仕方であれば、『三国史記』に出て来
       る新羅(しんら)の王名に充分に当嵌(あてはま)るのではないか。
                                                                   】
              

17)李鐘恒(イ チョンハン) 元・韓国国民大学学長『古代韓国と倭の豪族』より
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