T確かなことは、一つのわたし達が、暗い言葉の奔流に乗っていた、と言うことだ。
それは、思い出と言うには遙かに遠い昔のこと、海の底、長い時の回廊を通って染みこんでくる、月明かりに照らされて・・・・・・。
*
わたし達は、互いに、この中に光と闇を抱いていることなど、識るよしもなかった。
ただ、抱きしめ合うことで、言葉の始まりから、この身を守っていたのだろう。
U
やがて、一人のわたしは立ち上がり、一人のわたしは、手を差し伸べた。
一人は闇を前に、脚は鉛と化し、一人は、閃光に思わず目を閉じた。
ただ、何故かお互い、目蓋(まぶた)の奥に白い小さな花を見た。
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花を見た一人のわたしは、思わず涙ぐみ、何かに曳かれるように歩きだし、一人のわたしは、闇をまさぐり、立ち上がり、突然花を葬るように叫んだ。
その声は天涯にこだまし、もう一人のわたしの背中を凍りつかせた。
V
ここは緑あふれる森の中。
わたしは、下草に腰を下し、梢を見上げた。
ここは沼の底。
わたしは闇に目を凝らした。
*
底無し沼にどっぷり漬かったわたしは、息苦しさにあえぎ、手当り次第、沼底をかきむしった。
わたしは鳥の声を聞き、風がわたる樹々のさざめきに耳を澄ました。
W
森は風に波うち、あまい潮の香りを運んでくる。
沼の底は、一条の光もない暗黒がうごめく。
*
「木だ!! 」
わたしは沼床にうもれ、穿たれた目の中に一本の木を見た。
「海・・・・・・!!」
潮の香りが、わたしに目指す海を差し出した。
X
視界は、黒と青。
響きは、青銅と紫。
匂うは焦土(やけつち)とスミレ色。
口の渇きは鷹の目の色に濃い緑。
身体(からだ)は木肌と風の色。
そして心は、純白と炎の妬み。
*
わたしは水鏡と、背後に映る自分の陰に怯え、わたしは、わたしを見つめる空気と、打ち寄せては返す海の遍歴に、ふるえた。
Y
一つ人眼差しが、世界を掬(すく)い取り、わたしは、矢のような雨にうたれ、一本の樹の下で目を覚ました。
わたしは、燃えさかる業火の中で、目を覚した。
雨と風が、梢をはげしくゆすっていた。
*
それは一瞬のことだった。一本の木が悲鳴にも似た音をとどろかせ、崩れ落ちた。
何故・・・・・・?
思わず目をそむけたわたしと、わたしは、その残骸に、凍った風の砂漠の肌をなぞっていた。
Z
黒い風が、狂ったように逆巻いている。
立ち昇(あ)がる生命(いのち)の宿は、どこにもない。
わたしと、わたしは、たた立ち尽くすことしか、外に術はなかった。
*
かきむしる胸はない。
懺悔する大地すらない。
時を駆(は)しる暗い雲が垂れこめ、改悛の光を遮っている。
[
生命の屍に、手を差し伸べるわたし。
目をそむける、わたし・・・・・・。
生命の砂粒が、手の透き間から涙のようにこぼれ落ちていく。
*
その時、一羽の鳥が、空の扉を開いて、さえずった。
ひな鳥のその声は、黒雲を追い払い、辺り一面に光をふりそそいだ。
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若葉の鳥が、翼を拡(ひろ)げ、やがて緑の陰を茂らせる。
遙か海が歌い、わたしと、わたしは、二筋の湧き水になって天を目指す。
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わたしと、わたしは、若鶏の翼を互いに曳き合い、天へ導こうと試みる。
海は永遠(とわ)の歌を、寄せては返している。
]
緑の翼は、光と闇をはばたく。
雄々しく、星と、夜光虫と、暁と、陽(かげろう)を・・・・・・・・・・。
*
緑の鳥が、海を目指して飛んでいる。
海を念(おも)って、飛んでいる。
香る緑。
わたしと、わたしは、一本の樹の中で、再びこの生命をさずかった。
旅を続ける樹の中で。
旅を、旅する樹木の中で・・・・・・。
*
言葉を培い、生命を抱きしめ、一筋の時の流れに身を委ね、旅を続ける樹木から、わたしと、わたしは、海を念う。
緑の鳥は天翔(あまが)けり、やがて宙(そら)の中に海を見る。光り輝く海を。
君たちの海だ。
ぼくたちの海・・・・・・。
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鳥よ、緑の鳥よ、君の飛翔に終りはない。
鳥よ、緑の鳥よ、海を目指して、はばたくがいい、永遠の海を目指して。
今日も、未来(あす)も・・・・・・。