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(605)10/24_01:02
最後に…。 (y-guitar) 返信
皆さん今晩は。
この掲示板の終了も間近ですので、これを私の「ZARD追悼ライヴ掲示板」への最後の書き込みにしたいと思います。
最後は主旨から逸れた私的なお話になりますこと大変申し訳ありません。どうかお許しください。
そして最後に、皆さん「ZARD追悼ライヴ掲示板」では本当に助けて頂きました。どうも有難うございました。

今日10月23日、慶応病院に今年2回目の検診に行ってきました。秋晴れでカラッとしたすがすがしい秋の空気でしたね。気持ち良かったです。
私は2005年4月に耳下腺腫瘍の摘出手術をしまして、再発予防のため2006年から年2回慶応病院の耳鼻咽喉科に通っています。
今年は4月に1回目の検診に行っていました。泉水さんの訃報後に全容を初めて知り、4月に泉水さんが同じ慶応病院に入院していたこと、
私は2004年冬から通い始め、その度に通っていたあのスロープの前。あの日以降、とても複雑なやりきれない思いを胸にしました。
私の通う耳鼻咽喉科は2階で外来の待合フロアが婦人科と同じ場所でした。今日はそこで2時間半も待たされたのですが、
待っている間、もしかしたらここで泉水さんと一緒になった日があったかもしれないなぁとか、色々な想いを巡らせていました。
まあ、泉水さんほどのビッグアーティストが待合フロアで待つということはあるわけないですけどねぇ。

音楽葬の日、午後3時半頃泉水さんにお別れを言った後、目と鼻の先の、私としては行き慣れたこの病院に足を運んでしまいました。
この目で確かめたかったのです。その時はその場の横にガードマンが一人立っていて、その前には沢山の献花が置かれていました。
私と同じような音楽葬の後に訪れたとみられる若い男性が一人、喪服でしゃがみこんでうつむき泣いていました。
私は何故こんな場所で?という気持ちで、とても命を落とせるような場所には全く思えませんでした。

今日はその音楽葬以来でしたが、その場所は何事もなかったように今まで通りの病院の単なる片隅でしかない感じで、相変わらず車が止まっていました。
ただ、前回献花が置かれていたスロープ脇はパンジーや色とりどりのカワイイ花が咲いた、とても小さな手作りの花壇になっていました。
きっと病院側の配慮なのでしょうが、少し悲しい気持ちになりました。
私は、この場所には泉水さんがいるわけでもなく、命を落とした場所でもない、単なるそのきっかけになった場所にしか思っていません。
だからそこで手を合わせるとかいう気にはなりません。音楽葬の日、私はあの青い空いっぱいに泉水さんの微笑む笑顔を確かに見ていました。
だからこれからも、ここへ来るたびに、この場所を通るたび私は泉水さんを偲んで空を見上げることと思います。

(606)10/24_02:20
無題 (KEN)
y-guiterさん、サウンド掲示版の方でMFMの件にてお世話になったものです。

y-guiterさんの投稿を読んだら、泉水さんの「死」をあらためて思い出し、大変、悲しくなりました。
自分も7/2に慶応病院のスローブを確認しに行きました。しばらくそこでぼんやり泉水さんのことを考えてました…。
仰向けで倒れた泉水さんは、最後に「空」を見たのかな・・とか、ぼんやりと・・。

多くの人は、あんな低いところから落ちて致命傷になるのかと不信に思ってますが、
自分の経験上、後ろ向きに頭部から倒れた場合、1mくらいの高さからでも、相当な衝撃を頭部に受けます。
前向きに足から飛び降りるなら、3mはたいしたことありませんが、みんな錯覚してると思います・・。
頭部からしかも後ろ向きですと、3mであれば間違いなく多大なダメージを頭部に負います。コンクリートであれば、なおさらです・・。人に肩車をしてもらえば、なんとなくわかります…。

余談でした・・。すみません。

自分も音楽葬には夕方から参席し、最後までいました。最後の合唱は涙で眼頭が熱くなりましたよ。
先日の追悼ライブにも行きました。「グロリアスマインド」が悲しくて、泉水さんのことを思うと涙がこぼれて止まりませんでした。

y-guiterさん、無理せずにお体にご留意ください。自分は、3月に山王病院で声帯肉
芽種の手術をし少しの間入院してました。声も出せず、しばらく話せませんでした。今も、月1で検診に行ってます。
泉水さんやy-guiterさんの苦痛に比べたら全くですが、多少は病気の辛さも解ってるつもりです。

どうかご自愛ください・・。


(607)10/24_17:44
永遠の坂井泉水…。 (LIZA)
管理人Tandoさまをはじめとして、こちらのスレッドの皆さま、本当にありがとうございました。
こちらのZARD Familyの皆さまとこのような形で会話することで、私自身どれだけ救われたことか…。
本当にお礼の申し上げようもありません。

y-guitarさんのお気持ち、とてもよく分かります。
私もビーイング鳥居坂ビルの献花のとき、今まで経験したことのない淋しさでいっぱいでした。
ちょうど六本木ロアビルの前あたりで降り始めた雨が、東洋英和のあたりで本格的な土砂降りとなり、「泉水さんが泣いている…。」と、そのときは思いました…。

事前にフラワーショップで白い薔薇の花束(一本の茎から複数の花が咲いている珍しい薔薇なんです)をアレンジしてもらいました。
「プレゼントですねー。差し上げる相手の方はどのような…。」
「いえ、相手の方は…。もう…。」
とても親切な接客が、このときばかりは悲しかったです…。

5月28日以降、メチャクチャ気は動転していたのですが、泉水さんがいらっしゃらないという現実感があまりにも無くて、この時期は妙な冷静さもありました。
でも、記帳は何を書いたのかあまり憶えていません…。
今思えば、もっと書きたいことがたくさんあったのに。

会場と献花台は、まるで空気が凍りついたような重い静寂さでした…。
あれだけの弔問者がいるのに、全員無言です。
でも皮肉なものですよね。あんなに好きだったARTIST FILEのカメラ目線写真が、泉水さんの「遺影」になってしまうなんて…。

私も音楽葬の帰り、青山一丁目を経由して「あの場所」に行ってしまいました。
2度目でした…。
何かの雑誌で見てショックだったのは、「顔をかばうようにして仰向けに倒れ…。」という文章です。
ああ、泉水さん、貴女って方は最後まで…。

改めて、坂井泉水さまのご冥福を心よりお祈り申し上げます。


(609)10/26_01:44
コメント有難うございます。 (y-guitar)
K E Nさん
何か悲しい気持ちにさせてしまったようですみません。やはり同じ気持ちでK E Nさんも訪れていたのですね。
現在は私は至って普通な状態ですが。でも術後5年までの予防検診で、2009年4月までは半年ごとに通いますので、
行けばたとえ忘れていたとしても、(ありえませんが!) その度に思い返してしまうと思います。
お気遣いどうも有難うございます。K E Nさんも手術されたばかりで、まだまだ本調子ではないとお察ししますが
ノドの方もお大事にしてくださいネ!
P.S. MFM10月号、手に入って良かったですね!また、よろしくお願いします。

LIZAさん
いつも有難うございます。弔問記帳の頃は、堪え難い気持ちの頂点でしたね。会場の空気は本当にこの上ない重さだったことでしょう。
LIZAさんが駆けつけられた時の頃の気持ちを私も思い出しました。
私は六本木の献花に行こうとしたのですが仕事の都合でどうしても行けなくて、そんな時に音楽葬が発表されて少しは救われました。
音楽葬の日に、LIZAさんもあの場所に行かれていたのですね。かなりの方が来ているかも知れないと予想しつつ向かったのですが、
意外に私が訪れた時には数人しかいませんでした。LIZAさんとスレ違いになっていたのですね。あの日はとてもとても暑い日でしたね。
その暑さが記憶と共に、今も体に刻まれています。

(610)10/30_10:24
無題 (miyu)
http://blog.goo.ne.jp/cuatrogats/e/e2af7572b1a56d2b715bf2c194a39dfc

以前、本掲示板のほうに紹介されていたブログです。
2001年の病気療養中の出来事のようですが、この記事によると泉水さんは普通の患者さんと同じように診察を受けていたみたいです。
受付での泉水さんの様子は「きっと忘れない」162ページの退場する方向を間違えてしまったエピソードを彷彿とさせて、とても微笑ましいですネ。

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