坂・馬・鹿の世界 |
坂馬鹿おやじの詩 | |
---|---|
坂を登っていると、体の中にどんどん熱気がこもっていく。まわりの景色も、ホイールに絡みつくようにゆっくりと動き、よどんだ空気が心臓の鼓動を増幅させる。大きく呼吸しようと口を開けると、勢いで心臓が飛び出すような気がして、唾液と一緒に飲み込もうとするが、すでにのどは干からびていて、軽い痛みがのどを通る。 何でこんな苦しいところを走っているのだろう。普段考えても出てこない答えが、こんな状況で見つかるはずもない。 とりあえず次のカーブまで走ろう。それから休めばよい・・・しかし次のカーブを曲がると、また次のカーブが見えてくる。するとせっかくここまで走ったのだから、せめて次のカーブまで走ってから休もう・・・という気になる。 こんなバカみたいなことを繰り返していると、いつの間にか次のカーブの向こう側の坂道がなくなる。 ジジジリと低音でうめいていた音が、一瞬静まり返ると・・・ 次の瞬間、高く涼しげな音に変わる。スローモーションで動いていた風景は、はじけるような風と共に後方に飛ばされ、陽炎のように揺らめいていた木々が、何本もの緑色の線になる。 破裂した風船のように、体中の熱気が音をたてて一気に抜けていく。鉛のようだったホイールが、一転、レールがひかれたようにスムースなラインをトレースする。 つい先ほどまで、ただの汗かきのおやじだった人間が、ヨーロッパのロードプロの気分に浸れる時間(とき)である。 峠を下りて、自転車を止めて振り返り、すっかり冷えた体と反比例した熱い眼差しで坂道を見つめる目には、再びその坂を登る自分の姿が映っていた。 |
|
ズボラなおやじは、ヒルクライム |
では、どうしたら楽に走れるか??? |
なぜ辛い思いをして、坂を登るのでしょう。それもいい年したおやじが・・・ それはきっと登りのあとに下りがあるからです。辛い思いして登って、下るときのあの瞬間が忘れられません。 (注:私はダウンヒラーではありません。ダウンヒルは危険が一杯で怪我することが致命的になることもあるおやじにとっては、できれば避けたいことです。それでも、ヒルクライム後のダウンヒルは気分がいいのです。) もっと正確に言うならば、坂が終わって下りはじめる瞬間、いったんすべてが停止して全く別の世界に引きずり込まれるような一瞬が好きです。 ここで念を押しておきたいことは、坂を登るのは決して辛いことではありません。辛いのは早く登ろうとするからです。自分の力の限界で走ろうとするから、辛いのです。常に余裕を持って走れば、辛いことはありません。これはすべてのスポーツに当てはまります。 それに坂道を薦める一番の理由は、 《 辛くなって、止めたいとき楽ができる!》 平坦な道をコースを走っていたとすると、もし途中でイヤになって止めたくなっても、適当なエスケープルートがなければ、同じ道を来たときと同じ体力を使って、帰らなくてはなりません。しかし、坂道ならちょっと自転車の向きを変えるだけで、あとはほとんど体力を使わないで、とりあえず峠の入り口までは帰ることができます。 つまり、体力に自信のないおやじ、最後までがんばる自信のないずぼらなおやじにヒルクライムは最も適しているのです。 |
とは、言ってもやっぱり坂は大変だ!ではどうしたら楽ができるか?
|
でもどうして乗鞍なのか??? |
|
|
坂・馬・鹿の世界 |