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「007カジノロワイヤル」
007:Casino Royal
2006年・イギリス/アメリカ
○監督:マーティン=キャンベル○脚本:ニール=パーヴィス/ロバート=ウェイド○撮影:ロジャー=プラット○音楽:デビッド=アーノルド○原作:イアン=フレミング○製作総指揮:アンソニー=ウェイ/カラム=マクドゥガル
ダニエル=クレイグ(ジェームズ・ボンド)、エヴァ=グリーン(ヴェスパー)、マッツ=ミケルセン(ル・シッフル)、ジェフリー=ライト(フィリックス・ライター)、ジュディ=デンチ(M)ほか




  これ、劇場公開時に見て、いたく感心した一作なんだけど、先ごろNHKのBSで吹き替え版(ボンドは小杉十郎太)を放送していて久々に見たから今ごろになってこの文を書いている。
 ダニエル=クレイグが6代目ボンドになった第一作。僕は本作以前にスピルバーグ監督の「ミュンヘン」で彼を見ていたが、その時点で「次のボンド役に決まっている」と聞いていた。歴代ボンドと比べると明らかに色男風ではなく、むしろゴツいマッチョな印象で、それが次の「007」と聞いてずいぶん意外な気がしたものだ(特に長くやった前任者がピアース=ブロスナンだからねぇ)。ついでに言えば「ミュンヘン」ではイスラエルの諜報機関「モサド」に属する役だったが、イギリス諜報部「MI6」に「転職」したことにもなる(笑)。
 あとから聞いた話では、ダニエル=クレイグが次期ボンドだと決まったとたん、世界中の007ファンからはかなりのブーイングであったらしい。ま、これまでにも交代のたびに同様のことはあったようだが、クレイグの場合特に外見的飛躍があった。スコットランド系イギリス男の設定のボンド君だが意外にも「金髪碧眼」は初めてだったのだ。でもやっぱりタキシード着せて銃をもたせりゃちゃんと「ボンド」にキマってしまうし、これまでにないほどの「ゴツい肉体派」なクレイグ・ボンドはシリーズの「仕切り直しの再スタート」にふさわしい人選だったと思う。

 「007」シリーズの生みの親は、実際に元スパイでもあった作家イアン=フレミング(スパイ時代はアイデアだけは豊富だがトッピ過ぎてあまり役に立たなかったらしいが)。彼が「ジェームズ・ボンド」を主人公に最初に書いたスパイ小説が「カジノ・ロワイヤル」で、シリーズ第1作にも関わらずなぜかこれまで映画化されてこなかった。いや、一回製作されてはいるのだが、あれは完全なおふざけパロディの番外編なので、同名小説がまともに映画化されたことはないと言っていい。李宗瑞
 「007」シリーズの小説は長編短編ともにほとんど映画原作に使用され、それでも足りないとオリジナル脚本や続編小説まで作られている状態なのだが、「カジノ・ロワイヤル」だけはなぜか手つかず状態が続いた。恐らくその理由は第1作すなわち「007号最初の冒険」であるために途中で映画化しにくいこと、作者自身もボンドのキャラを固めきれずその後の映画で知られるボンドとキャラが一致しないこと、そしてこの第一作ではそれなりにリアル系、ハードボイルドタッチのスパイ小説になっていたため娯楽映画化に不向きと判断された、などなどがあるのだろう。
 とか書きつつ実は僕も小説「カジノ・ロワイヤル」は未読なんだけど(「007は二度死ぬ」なら読んでる。映画と全然違うんだよな)、今回の映画は原作に大筋で忠実と聞いている。何かの紹介本で、映画でも出て来るボンドが性的にイタい拷問を受けるくだりも読んだことがあったので、これまでのボンド映画のノリから言うと「カジノ・ロワイヤル」は異質で、そのままでは映画化しにくいと思われていたのは確かなのだろう。

 冷戦が終わろうとも延々と続いている「007」だけど、21世紀に入ったこともあって製作側もシリーズの一新をはかろうとしたのだろう。そこでシリーズ仕切り直しに「カジノ・ロワイヤル」にようやく手をつけた。これまでゆるやかに同一世界観にあった過去シリーズはすっぱり「なかったこと」にして(ジュディ=デンチの「M」だけ続投だけどあくまで別人設定)、映画はプレタイトルの部分で、ジェームズ=ボンドが「殺人許可証」を与えられた「007」になって最初の仕事が、割とお手軽にサラッと描かれる。無表情に、ビジネスライクに任務をこなす冷徹ボンドが印象付けられ、シリーズのトレードマーク「ガンパレルに血がドロドロ」がようやく映って華麗にタイトル・ロールが開始される。このタイトルロールがまた「カジノ」ということでトランプやルーレットが巧みに織り交ぜられたオシャレなもので、シリーズ歴代オープニングの中でも屈指の出来だと思う。ここにもシリーズ再スタートの意気込みが感じられる。

 オープニングが終わるとさっそく序盤の大冒険。アフリカ某国でボンドと爆弾テロリストのビル建設現場を舞台にした壮絶な追いかけっこが目を奪う。当然スタントマンも使っているんだろうけど、あとで聞いたら追いかけられてる方は道具を使わないクライミングのプロなんだそうで、この人の部分は本物っぽい。壮絶な追いかけっこのあげく、某国大使館の中まで追いかけて射殺&爆破で逃亡、その模様がばっちり写されて報道されてしまうという、これまでのボンドには意外になかった無茶ぶりだ。
 無茶と言えば、本作のボンドは上司「M」の自宅に勝手に入り込んでデータを盗み取るという、身内に向けてのスパイ活動までやっている。「M」の自宅が出て来るのも初めてだったはずで、「M」の旦那さんらしき人までチラッと映っている。

 暴走気味のボンド君、テロリストの情報収集のためにハバナに飛ぶ。海水浴場で水着姿のボンドがセクシーに(?)に水中から姿を現すシーンは明らかにおお7シリーズ第1作「ドクター・ノオ」のボンドガール登場シーンのパロディだ。ボンドガールの役どころをボンド自身がやっちゃってるところにもこの映画の「仕切り直し」な性格が出ていて、特に女性の扱いに今風なアレンジが加わっているわけなんだけど、情報収集のために人妻を誘惑、結果的に彼女の悲惨な死を招く結果になる(一応気に病んではいるようだが)。余談ながら、このハバナの高級リゾートクラブの受付嬢がえらく美人で、最初はこの子がボンドガールかと思ってしまったのだが、1シーンだけの端役(それなりにセリフもあるが)。そういう端役にも入念なオーディションがあるそうだから、案外そのうちビッグネームになって出てきたりするのかもしれない。

 ハバナでの冒険は飛行機爆破計画を阻止する大アクションで終わる。このシーンだけをクライマックスにして一本映画が作れそうなくらいだったが、これがまだ序盤のクライマックス、というのがうらやましいほど豪華な製作体制だ。そしてボンドはいよいよ本命の敵である「ル・シッフル」と直接対決するべく、モンテネグロの「カジノ・ロワイヤル」に向かう。
 ここでようやく登場するのが本作のメイン・ボンドガールに抜擢されたエヴァ=グリーン。最近のボンドガールはすでに有名スターになっている女優さんを起用する例が多く、エヴァ=グリーンもそう言っていいと思う。なんつってもアルセーヌ・ルパンファンの僕にはルパン誕生秘話をテーマにした映画「ルパン」でヒロインのクラリスを演じたことで印象深い。アルセーヌ・ルパンシリーズとジェームズ・ボンドシリーズに共通点が多いことは知る人ぞ知るだが(知らない人は「怪盗ルパンの館」ってサイトを探してね)、その両方の誕生秘話映画でヒロインを務めるとは、なんとも不思議な縁ではある。
 エヴァ=グリーン演じるヴェスパーの役どころはボンドにギャンブル資金を貸し出す「財布係」かつ「監視役」といったところ。実は…ってな展開になるわけだけど、従来のボンドガールに比べるとボンドとはすぐには仲良くならず、接近しても一定の距離を置き続けている感じ。ただこの映画でもそうだが、「ルパン」や「キングダム・オブ・ヘブン」でもエヴァ=グリーンって、清楚な上っ面の下で実はなかなか情熱的、ってな性格付けをされてるんだよな。
 「新ボンド」といえば、シリーズレギュラーキャラの一人であるCIA職員フィリックス=ライターも久々に登場したが、初の黒人俳優(ジェフリー・ライト)であった。

 タイトルの通りで「カジノ・ロワイヤル」がこの映画のメインであるはずなんだけど、やっぱりポーカー勝負は映画にしにくいのか、その部分の展開はあまり記憶に残らなかった。作り手も分かってるようで、ル・シッフルの喘息治療の吸入器(僕も使ってる。「スーパーマン・リターンズ」でも出てきた)に盗聴器をしかけるとか、ル・シッフルが襲われたりとか、ボンドが毒を飲んで死にかけるとか、そちらのサスペンスをふんだんにまぶして話を面白く運んでいる。特に毒を飲んだボンドを救うためにMI6本部とリアルタイム通信が可能なボンド・カーでの治療指示の場面が、これまでにないボンドカーの使い方で面白かった。ここまで完璧なリアルタイム通信&スピード治療がホントに可能なのかとも思うけど、過去のボンドカーの中には完全にSFレベルのもあったから、ずっとリアルではある。
 このカジノ部分でのドタバタでボンドとヴェスターは次第に接近するんだけど、人を殺したショックで服を着たままシャワーを浴びてうなだれるヴェスパーをボンドがやさしく寄り添うシーンが印象的。状況が状況だからボンドもいきなり手を出せないとは思うけど、これまでになく「女性に優しい」ボンド像をはっきりと見せるシーンになった。

 カジノでの作戦も無事に終わって、ほっとした二人はお食事タイム。それでもまだまだ男女関係にまでは進展しない。それどころか二人そろってル・シッフルに拉致され、ボンドは素っ裸にされて(この肉体がまたすごい。歴代最強のマッスルかな)過酷な拷問を受けることになる。この映画ではもっともハードな場面で、繰り返される「金蹴り」が男性観客の股間を寒からしめる(汗)。原作未読なんだけど、何かのボンド本でこのくだりを読んだことがあって、映画でもそれを再現したのだと思う。ただ、確かそのとき読んだ記憶ではボンドは金蹴りを受けながらもヴェスパーへの妄想でやり過ごすんじゃなかったかな?
 しかしこの絶体絶命の場面、あっけなく救出されて終わってしまう。ボンドとヴェスパーもようやくめでたくくっつき、なんとボンドは彼女と暮らすためにMI6に辞表まで提出しちゃうのだが、展開から言ってこれでハッピーエンドになるはずがない。ネタバレは書かないでおくけど、まぁ最後の最後まで、普通の映画のクライマックスレベルの盛り上げをいくつも詰め込んでくださること。水の都ヴェニス(「ロシアより愛をこめて」のハッピーエンドの場というのも意味深)で水中へ崩れゆく建物の中で展開される連発アクションのアイデアには恐れ入ったけど、遠目に映す部分はさすがにCGなんだろうな。

 ラストのクライマックスのあと、隠されていた真相がすべて明かされ、ボンドは表面的には無表情のまま、個人的復讐もふくめた「任務」へと向かう。そして黒幕に銃を向けながら、「ボンド、ジェームズ・ボンド」と初代コネリー以来の定番台詞を決めて、チャッチャラララ〜ラ〜ラ、チャッチャラララ〜ラ♪の初代以来の「ボンドテーマ」がようやく鳴り響き(最後の最後に流れる、ってところがニクイ)、エンドタイトルへ。いや、やっぱりこの二つもなくちゃ「007」じゃないよねぇ、と観客に満足させてのエンディングだ。
  もっとも、話の方はちゃんとは終わっておらず、そのまま次回作「慰めの報酬」へと続いてゆく。ストーリーが完全に次の映画に続いていくというのは確かシリーズ初の試みのはずで、「カジノ・ロワイヤル」でのボンドの体験がかなり後まで尾を引くことにもなるのだが、正直なところ「慰めの報酬」はあんまり印象に残らない映画だったなぁ…(2015/10/23)



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