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「ドラゴン危機一発」
唐山大兄
1971年・香港
○監督・脚本:ロー=ウェイ○撮影:チェン=チンチェー○音楽:ワン=フリン○アクション指導:ハン=イェンチェン
ブルース=リー(チェン)、ジェームズ=ティエン(シュー)、マリア=イー(チェオ=メイ)、ハン=イェンチェン(マイ)ほか




  ブルース=リーの映画はろくに見ていない。名前自体はずいぶん昔から知っていた気がするが、それでも「ブルー・スリー(青三)」だとかなり年長になるまで思いこんでいた記憶がある(笑)。映画をよく見るようになってからも、もっぱら香港カンフー映画といえば明るく楽しいジャッキ=チェンの映画ばかりで、マジメで暗さを感じるリーの方は食わず嫌いで敬遠してきた。ようやく「燃えよドラゴン」だけはDVDで見たのだが、確かにリーの存在感、アクションの凄さはよく分かったものの、映画自体の出来はとってつけたようなストーリーも含めて今一つノれなかった。
 ブルース=リーがアクションに関して凄い人、ということは一定程度認めているが、この一本の直後に死んじゃったことで「急逝スター」としてその存在が伝説化・神格化されたところが大きいんじゃないかとも思っている。その名前は今なお世界的に有名で、以前世界中の人に「知ってる日本人の名前」を挙げさせたらベスト10入りしていたこともある(爆)。まぁ、リーが「グリーンホ―ネット」で「カトー」なんかやっていたから、ということも一因かもしれないが、世界的には日本なんて中国の一部くらいにしか思われてないということかもしれない。

 たまたまNHK衛星で放送していたので、この「ドラゴン危機一発」を鑑賞してみた。調べてみたところ、それまでアメリカで活動していたリーが香港のゴールデンハーベストと契約して出演した一作目、とのこと。さらには当初はリーが主役ではなく、本来の主役であるシュー(ジェームズ=ティエン)の弟分として登場する「二番手」に過ぎなかったのだが、撮影中にリーの存在感があまりにも大きかったために彼を主役とするストーリーに変更、本来の主役だった人は前半で殺されてしまい、リーがその復讐をするという展開になったのだそうで。見終えてからその事実を知ったが、なるほど、思い当るフシは多かった。主役交代は極端な例だろうが、ジャッキー映画なども含めて香港映画や中国映画では現場でどんどん脚本が変わってしまうという話は聞く。
 
 舞台は意外にもタイ。単に場所の都合でタイでロケしたというわけでもなく、よく見れば舞台となる製氷工場で働いている労働者たちはタイ人が多いし、張り紙にも漢字のほかにタイ文字が書かれているのを確認できる。タイに少なくない華僑・華人社会を物語の舞台に使っている、ということらしい。リー演じる主人公チェンは、洪水で故郷の村を捨てざるを得なくなり、仕事を求めて親戚を頼ってタイまでやって来た、という設定と思われ、こういうパターンは実際に最近まで多くあったのではないだろうか。
 
 主人公チェンが勤め始めた製氷工場、実は副業(それとも本業?)として麻薬密輸を手がけていて、氷の中に麻薬の入った袋をひそかに隠して運び出している。チェンも作業中に氷から怪しげな袋が飛び出すのを目撃するのだが、警察官でもないので別にそれをどうこうしようというつもりはない。さらに言えばこの主人公、ホントはムチャクチャに腕が立つのだが父親から腕をふるっちゃいけないとキツーく命令されていて、母親の形見の指輪を見るたびにそれを思い出して修羅場でもほとんど手を出さない。
 そうこうしているうちにシューの家族(実の家族なのか居候なのか良く分からないんだが)で製氷工場に勤めていた者が麻薬がらみで次々と姿を消す。その行方を追及するうち、シューも製氷工場社長の屋敷に押しかけ、その息子や子分たちと大乱闘を演じた末に殺されてしまう。ブルース=リーが暴れ出すのは「主役交代」をしたこのあとのことで、実に映画の半分ぐらいおとなしくしているのだ。
 しかも中盤のクライマックスでいったん暴れ、社長から目をかけられて労働者たちの管理人になり、酒と女で籠絡(女に関しては酔って人事不省の間のことだが)され、いとこのヒロインに遊郭から出てきたところを目撃されたり、労働者仲間たちからは裏切り者扱いされたりと、その後のブルース映画からすると珍しく感じる描写もある。もっともブルース=リーの醸し出す「ウブっぽさ」は結構ハマっている気もするけどね。

 後半に進むとチェンもさすがに不信を抱いて調べ始め、シューたちが惨殺された証拠をつかむ。これが製氷工場という場所を生かして(?)、氷切断の機械を使って遺体をバラバラにして氷に入れて隠しておくという、かなりスプラッターな描写。大乱闘のシーンでもナイフが刺さって血がドバドバ出るし(もっともリアリティはないのであまりどぎつくもない)、チェンに情報を漏らして即座に殺されちゃう白人娼婦もトップレスで登場するなど、全体的にエログロB級調だ。それだけに終盤ヒロインが誘拐されちゃうとかなり心配になってしまったが、そこはかえって不自然なほどに配慮されていて、あっけなく無事解決となる。以前見た香港映画の歴史をまとめたドキュメンタリー番組によると、この当時のカンフー映画は復讐劇をベースにかなりスプラッターな傾向が強かったのは事実のようだ。

 ラストはそれまで控えめにしていた分、ブルース=リーの盛大な大暴れ。その後のトレードマークとなる「アチョー」の声もヌンチャクもないけど、主役を奪い取ってしまっただけの存在感ある大アクション。ただこれは当時の香港映画界がそうだったのか、妙に安っぽい漫画チックアクションになってるところもあって、トランポリンを使ったらしい驚くほどのジャンプカットや、ブルースに吹っ飛ばされた敵が木製の壁に激突、「人型の穴」を開けて突き抜けてしまうシーンには失笑を禁じ得ない。しかしこの一作が香港映画史上記録的な大ヒットとなり、ブルース=リーの名を一躍高めることになったというんだから、世の中分からない。それまでの香港カンフー映画のアクションがいかにも嘘っぽく、ブルース=リーのアクションが革新的に「本物志向」だったということなんだろうけど、まだ一作目ということもあって「過渡期」という感じだ。こののちブルースは自ら指揮を取って映画製作に乗り出してゆき、一気にトップスターとなるわけだけど、主演作は本作を含めてわずかに五本、この映画公開からわずか二年後に32歳の若さで死んでしまう。だから伝説のカリスマ化しちゃったわけで、生きていたら今年でもまだ71歳。だけど老後のブルースなんて見たくない、って声も多そうな。

 調べてみたら日本での公開は1974年、もちろんブルース=リー死後のことで「燃えよドラゴン」の世界的ヒットを受けて過去作が引っ張りだされた形。邦題の「危機一発」はもちろん「007ロシアより愛をこめて」の当初の邦題(水野晴夫が作ったそうな)を流用したもので、これまた「危機一発」という誤用が広まる一因となったと思われる。勝手な邦題ではあるが、原題の「唐山大兄」も翻訳不能だからなぁ。(2011/11/28)



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