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「仁義なき戦い・広島死闘編」

1973年・日本・東映
○監督:深作欣二○脚本:笠原和夫○撮影:吉田貞次○美術:吉田晟○音楽:津島利章○原作:飯干晃一○企画:日下部五朗
菅原文太(広能昌三)、北大路欣也(山中正治)、梶芽衣子(上原靖子)、千葉真一(大友勝利)、金子信雄(山守義雄)、木村俊恵(山守利香)、名和広(村岡常夫)、成田三樹夫(松永弘)、山城新伍(江田省三)、小池朝雄(高梨国松)ほか




  「仁義なき戦い」シリーズ第2弾。前作製作中にシリーズ化が決定、その時点で「広島死闘編」というタイトルが先に決まっていたらしい。時系列的には一作目で描かれた呉における抗争に続いて、もっと深刻かつ複雑な展開となった広島抗争(第二次)を描くのが筋だったからなのだが、この第二次広島抗争はなんといってもあの日本最大のヤクザ組織「山口組」が深くかかわってくるため慎重な手続きが必要だった。いわゆる関係者への「根回し」で、この時点ではまだ全面的なGOサインは出せないでいた。また、飯干晃一の手になる「原作」もそこまで進んでいなかったこともあり、脚本担当の笠原和夫は困ってしまった。
 そのうちに原作となった美能幸三(主人公・広能のモデル)の手記の中でチラッとだけ言及されていた広島の伝説的ヤクザ・山上光治の存在に笠原は目を付ける。軍隊に入ってすぐ終戦、戦争に行き遅れ、死に損ねた「元軍国少年」がヤクザとなり、親分に命じられるままヒットマンとして殺人を連発、しまいには刑務所から脱獄して警官隊に取り囲まれて自決、という、確かにそのまんま映画になりそうな実在人物だった。そこでこの人物をモデルにした「山中正治」を主人公に、ドライな集団劇だった一作目とは違って従来の任侠映画にも通じる情念のドラマを脚本に仕立てることになった。書いている時点では一作目公開前で当たるかどうか分からなかったせいもあったかもしれない。
 美能の手記にはほんのちょっとしか記述がないので、笠原は山上をよく知るヤクザに取材をしている。それは映画冒頭でも描かれる凄まじいリンチで半死半生の目に遭った山上を救出したうちの一人・服部武。「仁義なき戦い」では第三作から登場する「武田明」(小林旭が演じた)のモデルである。彼に取材したことで「広島死闘編」はエピソード豊かで、なおかつメロドラマ調でもある異色作となった。

 山上光治の実話は戦後すぐの数年間であるため、いったん昭和30年まで来てしまった一作目からは時代がさかのぼってしまう。脚本でも冒頭でいったん朝鮮戦争(昭和25年)段階までさかのぼってはいるがメインのストーリーは一作目の続きになっている。このため山上の実際の活動時期とは10年ばかりずらされてしまうことになった。このため彼がヒットマンになる動機が希薄と考えたか、笠原和夫は彼が刑務所内でいわゆる「カマを掘られる」体験をしてそれがトラウマとなり…という創作を加えた(実際笠原の取材や美能自身の告白でもヤクザ社会に「そういう関係」で人脈ができる例が多いと指摘されている)。しかし脚本を読んだ美能が「山上というのは三白眼のいかつい男で(カマを)狙われるようなタイプじゃない」と忠告したため笠原は未練を残しつつその部分をカットした。なお、映画中で広能と山中が刑務所内で顔を合わせている場面があるが、実際の美能は山上と面識はなく、ただ伝説的ヤクザとしてその存在を知っていただけだという。

 その美能をモデルにした映画版の主人公・広能は本作ではあくまで脇役。一応トップタイトルに菅原文太がクレジットされているが、本筋にはほとんど絡まず、狂言回しに過ぎない。聞くところによると東映内の派閥の問題(こっちもリアル「仁義なき戦い」をやってたのである)もからんで菅原文太が「仁義なき戦い」2作目以降には出ないとゴネて笠原和夫と大ゲンカになったとの逸話もあるそうで、結局詫びを入れて出ることになったのだが、もともと出なくて成立する話ではあった。この「広島死闘編」での広能といえば、貧乏のために組員が野良犬狩りをして焼き肉をする話とか、モンスターのごとき千葉真一から逃げてやっと一息ついて立ち小便をする場面くらいしか印象に残るものがない。

 その千葉真一はこの映画で何をやってるのかといえば、こちらも実在したヤクザ・村上正明をモデルにした「大友勝利」というキャラクターを演じている。映画冒頭で無銭飲食した山中を集団で半殺しにしたのもほぼ史実通りで(実はコメカミにピッケルを撃ちこむという映画以上に凶暴なやり方をしたそうだが)、父親が「神農道」すなわちテキ屋の親分であり、その昔堅気の姿勢に反発して博徒系ヤクザの本部に殴りこむなど凶暴に暴れたというのもだいたい史実。映画の中で強烈な印象を残す、無人島に敵方ヤクザを拉致してきて惨殺するというのはさすがにフィクションだそうだが、あれは実際には一作目で渡瀬恒彦が演じていたキャラのモデルの逸話を流用したものだそうである。
 この大友勝利、凶暴は凶暴なんだけど、新聞記者を集めて会見開くという「メディア戦略」をとるしたたかさもあるし、武器が身の回りからなくなるととたんに慌てふためくといった弱さもちゃんと持ち合わせている。そこら辺がファンの人気投票をやると山中より上位に来てしまう原因かもしれない。

 有名な話だが、脚本の笠原和夫はギリギリで軍隊の経験をした自身の思いも重ねて悲しきヒットマン・山中に思い入れをこめたが、数年差で軍隊には入らず「焼け跡世代」の監督・深作欣二は山中に感情移入できず、戦前の価値観から解放され欲望のままに暴れ回る大友の方に重みを置いた。おかげでメインストーリーは確かに山中を軸にしているものの、大友が対照的かつ対等に対抗しうるキャラクターに成長して、このシリーズ第二作に独特の迫力を加える結果になった。
 そしてこれまた有名な話だが、当初の予定では山中役に千葉真一(笠原自身、以前テロリスト役が好評だった千葉に「あて書き」したとしている)、大友役に北大路欣也があてられていた。北大路欣也は一作目を劇場で見て度肝を抜かれ、「シリーズに出たい!」と志願したのだが、脚本を読んで「自分が山中を演じた方がいい」と製作首脳陣に直訴する。結果から言うとそれが正解と後からは思うが、思いきった要求をしたものである。まぁ父親が大スターで東映の幹部でもあったわけで、発言力は北大路の方があったのだろう。製作首脳陣は山中役と大友役の交代を千葉に申し出るが、千葉真一としてもすっかり役作りを終えていたので抵抗した。ただ監督の深作だけは最初から千葉に大友を演じさせた方が面白いと考えていたといい、千葉も納得、あるいは若干の怨念もこめて(?)大友役にのめり込み、あの超個性派のキャラクターが生まれることになった、という。

 一方の北大路の方も山中正治の役は陰にこもって行く後半がとくに見事なハマりぐあいで、ラストの自決シーンの絶望感は出色。また梶芽衣子演じる「靖子」とのシリーズ唯一のラブストーリーも美味しい。この時期絶頂とも言える梶芽衣子が冒頭の割烹着姿の食堂女将から奥様風の着物姿、芸者風に着飾ったスタイルなど、コスプレ並みに千変万化で、そのお相手ができるだけでも交代の意義があったはず(笑)。
 なお、このシリーズではひときわ目立つこの悲しいラブストーリーは全くの創作ではなく、実際に山上光治が組長の姪に看護され恋に落ちた実話をベースにしている。靖子が戦死した夫の弟のもとへ嫁がされたと聞いた山中が結核を装って脱獄する展開も、実際には断食で死にかけたところまでいっての「脱獄」だったという違いはあるものの、おおむね事実だという。また笠原和夫によると、この悲恋にはもう一つ、被差別部落の問題が関わっていたとされ(具体的には明かされていないが靖子が夫の実家とあれこれ揉める原因かもしれない)、本来はその要素を入れたかったがやはり問題が問題だけに断念したという。なお、一作目の予告編に明らかに闇市の朝鮮人集団と抗争になるカットが映るのに本編ではカットされており、また一作目に登場したヤクザキャラの中には実は朝鮮人設定の者もいることが笠原により明かされている。こういう微妙な問題はエンターテイメント商売としてはタブーだが、笠原自身は可能な限り切りこんでいて、映画のなかでもよく見ればほんのりとその余波が感じられるはず。

 とっくにネタばれを書いてるのでラストのことも。
 山中が自決し、その葬儀で他のヤクザ組長たちが「警察も表彰もんじゃ言うとった」と山中を賞賛する場面がある。このセリフは実際に警察が吐いたもので、実在の山上が他人に一切迷惑をかけず、銃撃戦などの抵抗もせず、自決の場所を借りた家の住人にもきちんとわびを入れてから風呂桶の中で自決したことを賞賛したもの。ただ、この映画では明らかに老獪な親分に利用されて若い命を無残に散らしたヒットマンをうわべだけ賞賛し、その犠牲の上で組長たちがヌケヌケと美味しい所をさらっている、という状況を皮肉るために使われている。一作目の老獪な親分、金子信雄演じる山守が「いい子分を持ちなすった」と広能に聞こえるようにイヤミったらしく言うのも効いている。そして「山中の墓を訪れる者もいない」というナレーションが追い打ち。こうした権力者に利用されて無駄に命を落としてゆく若者たち、という構図はシリーズを通して見られ、作り手が先の戦争での権力者・指導部とあまたの戦死者たちにオーバーラップさせているのは明らかだ。その意味では実はこのシリーズ、立派な反戦映画だったりもするのだった。

 シリーズ中では異色の「番外編」扱いされる「広島死闘編」だが、本作から成田三樹夫山城新伍が参戦してシリーズのレギュラーキャラになることも見逃せない。また一作目でも名もなきキャラとして蜂の巣になって殺され、この二作目では千葉真一演じる大友に海に放りこまれ、さらに木に吊るされて試し撃ちされるという凄まじい死に方をした川谷拓三は、その体当たり演技が次作での抜擢につながった。他にも山中に分解中の銃を向けて撃たれ、宙返りをして死ぬ福本清三や、布団をかぶって殺される志賀勝ら、いわゆる「大部屋俳優」たちの死にっぷりも語り草だ。(2012/6/13)



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