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「酔拳」
酔拳
1978年・香港
○監督:ユエン=ウーピン○脚本:ウー=シーユエン/采華安○撮影:チャン=ハイ○音楽:周福良
ジャッキ=チェン(黄飛鴻)、ユエン=シャオティエン(蘇化子)、ホアン=チャン=リー(閣鉄心)、ラム=カウ(黄麒英))ほか




  ジャッキ=チェンのアクション映画はひところハマって見まくった時期がある。しかし彼が日本で最初にブームになったころのカンフーアクションについてはこれまでほとんど手つかずだった。この「酔拳」はジャッキーの出世作として名前ぐらいは知っていて、以前見た香港映画史のドキュメンタリーでも時代を画する一作としてその一場面が紹介されていた。今回BS民放で吹き替え版が放送されていたので初めて見たのだが、水汲みをする特訓シーンなんかは小学生のころ何かの本で見た覚えがあることに気がついた。思えばあのころジャッキーブームが日本の子どもたちの間でも起こっていて、それで僕もその本をチラッと見たのではないかと思う。調べてみたら本作が日本で最初に公開されたジャッキー=チェン主演映画なのだそうだ。

 その香港映画史ドキュメンタリーの受け売りだが、1970年代の香港映画はブルース=リーのブームがあり、彼の急死後その亜流の復讐カンフーアクションばかり。ブルース=リーのそっくりさんやモノマネさん、パチもんが主演の似たようなストーリーの映画があふれ、ジャッキーも主演作の看板に「第二のブルース・リー」とデカデカと書かれ本人の名前は小さくその下にあり、「誰が主演だよ?」と当人もツッコんでいたとか。そんな状況の中で新機軸が求められていたわけだが、この「酔拳」がその新機軸を打ち出し、ジャッキー=チェンという新たなスターを生み出した歴史的一作となったわけだ。

 そんな「酔拳」だけど、いちおう当時の定番パターンを数多くふまえている。ジャッキーが演じる主人公・黄飛鴻(ウォン・フェイフォン)は実在した武術家で、香港映画では彼を主役にしたカンフー映画が古くからやたらに作られてきた歴史があり、これもそのうちの一本ということになる。ただしカッコいいカンフーの達人としての黄飛鴻ではなく、まだ若く、しかもかなり軟派の女好きで、悪さも平気でする大変なドラ息子になってるところが新機軸。ここまでやると別に黄飛鴻を主人公にしてる必要もない気もするけどね。こうしたキャラ設定はその後のジャッキー=チェンの基本線になっていると思える。

 細かい横道エピソードが多い「酔拳」だけど、ストーリーの基本線は「まだ未熟な若者が悪人に叩きのめされ、達人の師匠について厳しい修行を経て成長し、復讐を果たす」という、当時量産されたカンフー映画の王道展開になっている。ただし主人公がドラ息子設定だけに一筋縄ではいかず、赤鼻の蘇花子(演:ユエン=シャオティエン)という師匠についた黄飛鴻は修行でズルをする上に、ついには耐えかねて師匠を罠にはめて脱走するし、師匠の方も飲んだくれで(酒が切れると禁断症状!)結構抜けたところもあり、本命の敵以外との戦闘場面も笑いの要素がかなり多い。本命の敵、刺客の鉄心(演:ホアン=チャン=リー)とのクライマックス決闘だって「酔拳」のうち女のマネをするところなんかは完全にギャグになっている。あまりにもこうしたギャグや脇道部分が面白いため、映画の本筋がどうでもよくなっちゃってる気もするけど(笑)。

 カンフー映画になってるとはいえ、本当に酔っぱらって戦う「酔拳」なんてもの自体が冗談みたいなもの(実際にあんなに飲んでばっかりいたら強くなる以前に体を壊すと思う)。むしろ見せ場はジャッキーがこれでもかこれでもかと繰り出す「曲芸アクション」の数々だ。その後のジャッキー映画でもあの手この手で見せてくれるが、この「酔拳」でも武器類ではなく身近にある椅子や机、壺といった道具をクルクルと使いこなし、敵味方ともに体を張って(お互いの呼吸が合わないとあれはできない!)動きまわるアクションにはやっぱり驚嘆してしまう。僕のジャッキー映画初体験は「プロジェクトA」で、序盤の酒場での乱闘アクションにシビれてしまったのだが、この「酔拳」でもその予兆を感じさせる飲み屋での乱闘場面があって嬉しくなってしまった。
 こうした大道具・小道具の実にうまい使われ方はその後のジャッキー映画にも目につく特徴で、格闘場面以外でも師匠のもとで連発される珍妙な特訓シーン(こうした意味ありげで実は無意味な特訓というのはこれ以前のカンフー映画でも定番だったそうだが)でも発揮されている。特に逆さづり状態で腹筋を使い桶の水をお椀ですくって水を移すという特訓は映画的にイメージ強烈。これ、ジャッキー自身の発案だったと何かで見た記憶があるのだが出典不明。その特訓自体が面白いが、そこでもズルをして楽をしようとするところがジャッキー的(笑)。

 この映画、日本ではなぜか「ドランクモンキー」という謎のタイトルつきで公開されている。一連の「○○拳」シリーズがみんな「○○モンキー」と名付けられていたため、僕も子供心に「拳はモンキーと訳すのか」と思っていたことがある。コミカルな内容であることをそれとなく出そうとひねり出したタイトルだと思うだが、当時は「Mr.BOO!」とか香港映画には適当な邦題が目についたものだ(もっともこの手の話は欧米映画にもあるし、日本だけには限らない現象のようだ)
 また、ジャッキー映画をはじめとする香港映画のコミカル系はTV放映時の日本語吹き替えがなかなか絶妙で、必ずしも原語どおりではなくオリジナルのセリフを混ぜて元より面白くしちゃってるケースが多い。僕はこの映画をTVの吹き替え版で見たのだが(ジャッキーの声はもちろん石丸博也)、師匠の蘇花子を一貫して「ソウ」の呼び名で統一しており(広東語の読みではそうなるのかもしれない)、なんでだろうと思っていたら「ソウじゃよ」というダジャレが飛び出して来て腰くだけになった(笑)。まさか、そのためにわざわざその呼び名にしたのか?「プロジェクトA」の吹き替えでも「チョウ」というキャラを出して「さっきからチョウ言ってたでしょ!」と言わせてたこともあったからなぁ…なんの映画か忘れたけど、香港コメディの吹き替え版で「生きています!心電図を見て下さい…死んでんず」というやりとりを聞いて爆笑したことも。こういおうの、原語では何と言ってるのだろう?

 その師匠ソウを演じたのがユエン=シャオティエン(袁小田)。監督のユエン=ウーピン(袁和平)はその息子さんで、ジャッキーとは中国戯劇学院で共に学んだ仲。のちのちワイヤーアクションがらみの武術指導で有名となり、中国TVドラマ「水滸伝」や、「マトリックス」を皮切りにハリウッド進出まですることになった大物だ。のちのち大物となった主演・監督の若き日の出世作としてもこの映画は歴史的価値がある。(2012/11/29)



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