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「一枚のハガキ」

2011年・日本
○監督・脚本:新藤兼人○撮影:林雅彦○美術:金藤浩一○音楽:林光○製作:新藤次郎
豊川悦司(松山啓太)、大竹しのぶ(森川友子)、六平直政(森川定造)、柄本明(森川勇吉)、倍賞美津子(森川チヨ)、大地泰仁(森川三平)、川上麻衣子(松山美江)、大杉漣(泉屋吉五郎)、津川雅彦(利ヱ門)ほか




 この映画は2011年に公開され、その年度のキネ旬ベストワンをとった作品だが、僕は2012年の11月になって初めて見た。たまたま住んでる市の市民会館で上映会が行われたのでヒョイと見に行く気になったのだ。
 監督の新藤兼人はこの年の5月に亡くなった。オン年100歳。まるまる一世紀を生き、亡くなる直前まで精力的に映画を撮り続けた最高齢現役監督でもあった。この「一枚のハガキ」がその遺作であり、99歳の映画監督が作り上げた映画史的にもまれな一本となった。しかもその評価も高かったのだから大変なものだ。
 振り返ってみると、僕は新藤兼人監督作品ではずいぶん昔の白黒映画「悪党」しか観たことがなかった。それも非常に珍しい南北朝時代を扱った時代劇だからという理由で観ただけで、特に新藤作品ということを意識したわけではない。新藤さんが脚本を担当した作品では岡本喜八監督の「激動の昭和史・沖縄決戦」も見ているのだが、聞いた話ではこの脚本もかなり急ぎのヤッツケ仕事だったので実際の映画ではかなり変えられているという話もある。そんなわけで、この「一枚のハガキ」は僕にとって「新藤兼人」という名前を初めて意識して観た映画となった。

 監督自身さすがに「これが最後」「遺言」として製作したという映画だけに、部分的だがこの映画には新藤監督の自伝的要素もあるという。映画の最初に出てくる、100人の兵士がくじ引きで行く先を決められ、結局6人しか生き残れなかったという話は新藤監督自身の体験なのだそうだ。監督自身が抱いた、くじ引きにより生き残ってしまった者の戦死者に対する負い目の感情がこの映画製作の大きな動機となっている。つまり主演の豊川悦司が新藤監督の「分身」ということになるのだが、さすがに男前過ぎるような(笑)。
 豊川悦司演じる主人公・啓太はくじ引きの結果戦地に送られず幸運にも命を拾うが、彼が戦死したと思いこんだ妻は夫の父親と関係ができてしまい、敗戦後に啓太が戻って来ると聞いて二人そろって逃げ出してしまう。さすがにこれは新藤監督自身の体験ではなくフィクションだが(新藤監督の最初の妻との壮絶な話は自伝でも読んだ。「愛妻物語」という映画にもなってるがそっちは観ていない)、復員してみたら自分は戦死したことになっていて妻が他の人と夫婦になっていたというようなケース自体は結構あったことらしい。戦死も悲惨だが、生き残ってかえって悲惨な思いをしてしまう例もあったということだ。
 絶望した啓太は家を叔父に売り払い(この叔父を演じる津川雅彦が少ない出番ながらいい味を出してる)、大金を手にブラジルへ移住しようと考える。その用意の最中に同じ部隊にいて戦死した森川定造(演:六平直政)から預かっていた、定造の妻からのラブレターである「一枚のハガキ」を発見、「自分が戦死したらこのハガキを妻に届けてくれ」と頼まれていたことを思い出した啓太は、ハガキを届けるべく定造の実家のある広島県の山奥の村へと向かう。

 その定造の実家でも戦争による悲惨な事態が起きていた。珍しく恋愛結婚だった定造を戦死で失った妻の友子(演:大竹しのぶ)は、定造の両親に頼まれて定造の弟・三平(演:大地泰仁)と再婚する。こういうこともよくあったようで、「仁義なき戦い・広島死闘編」のヒロインも戦死した亡夫の兄弟と再婚するよう迫られている設定だった(こちらも広島ばなしなので「〜つかぁさい」といった広島弁が共通)。先ほど書いた例のように戦死したと思いこまれ、復員してきたら妻が弟と再婚していた、というケースもあったと僕も聞いたことがある。
 この夫の弟との再婚自体はそう悪い話でもなかったのだが、この三平も兵隊にとられ、あっさり戦死して白木の箱で帰ってくる。兄の出征→白木の箱の帰還をそのままコピーしたような演出は悲劇なのだけどブラックなユーモアも含んだ名場面で、「戦争における命の安さ」が映像的に実感できる。出征の際に勇ましい訓示を垂れる大杉漣、戦後になったら予想通りコロッとアメリカバンザイに切り替わってるところも笑っちゃうところ。この大杉漣が友子にしきりに言いより、結局二枚目の豊川悦司にかっさらわれてしまうという道化役のコメディリリーフを務めていて、重苦しくなる話を大いに救ってくれる。実際、上映中も大杉漣の場面になると結構笑いが起きていた。
 二人の息子が戦死し、後継ぎを失った父親(演:柄本明)は心臓発作で急死。母親(演:倍賞美津子)も自殺してこの世からおさらばしてしまい、戦争のおかげでこの貧農一家は全滅してしまう。一人残された友子は言いよる男を撃退しつつ世捨て人同然に暮らしていたが、そこへ一枚のハガキを持った啓太が訪ねてくる。

 戦争でお互い悲惨な目にあった二人は(よくある直接的な惨禍ではなく、運命を狂わされたというか)。夫が死んだのになんでお前は生きているのか、と初めはきつくあたる友子だったが、二人はごく自然に惹かれあっていく。時間の都合もあるんだろうけど二人が接近していく描写はかなりアッサリで、劇的な展開もとくになく、面倒なことをウダウダやらずにほとんど一晩のうちに急接近してしまい、むしろそれを見てやきもきする大杉漣が場をさらってる観もある。これはこれで面白かったけど、途中から何かの芝居のまねごとになっていく演出にはポカンとさせられてしまった。

 結局二人でブラジルに行こうという話になるのだが、思い出を断ちきるべく位牌を焼いたらそのまま家も焼けてしまうという、なんだかコントみたいな展開になって(この辺ももう少しどうにかなんなかったかなぁ)、結局ブラジル行きは中止になって、二人はこの村で農業をやって暮らしていくことになる。焼け跡から麦が芽生え、実ったところで唐突にラスト。何の盛り上がりもなく、かなりあっさりと、いきなり「おわり」と表示が出るので拍子抜けさせられた人も多そうだが(実際、僕が見ていた会場内でもあの唐突なラストでは苦笑が漏れていた)、戦争の混乱からの再生を象徴した麦畑のシーンは確かに美しい。

 ところでこの映画、僕の母も見に行ったのだが、観終わってからの感想が「友子の相手がだんだんいい男になっていく」だったのには笑ってしまったものだ(笑)。(2013/2/26)
 



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