映画のトップページに戻る

「金環蝕」

1975年・大映
○監督:山本薩夫○原作:石川達三○脚本:田坂啓○音楽:佐藤勝
仲代達矢、三國連太郎、宇野重吉、高橋悦史ほか




 これはビデオで鑑賞した一本。昨年夏に同じ山本監督の「戦争と人間」を衛星放送で一気に観てなかなかに面白かったので、山本作品をひとつ集中的に観てみるかと考えたわけである。これまでに観たのは「皇帝のいない八月」「忍びの者」ぐらいだもんな。「社会派監督」の本領発揮と言われる本作をようやく鑑賞できたわけだ。

 映画の冒頭は、国会で最大議席を持つ保守政党「民政党」が総裁選を行っているところから始まる。「寺田派」と「酒井派」が争い、結局寺田派が勝利して寺田首相がそのまま首相の座を維持することが決まる。しかしその陰で両派閥の票集めで多額の金が乱れ飛んでいた−−−。
 てなところからこの映画は始まる。ここで自民党史にちょいと首を突っ込んだこともある小生は「ははん」と見当がついた。これ、池田勇人と佐藤栄作が争った総裁選がモデルなのだ。もちろん「寺田首相」のモデルは池田勇人。この直後に池田勇人はガンで死ぬのだが、映画の「寺田首相」も脳出血で急死する。他にも田中角栄ソックリの幹事長が出てくるし(扇子をパタパタさせたのはお約束?)、登場人物のモデルが誰か考えながら観るのも一興だ。主役になっているのは(登場場面は必ずしも多くはないのだが)仲代達矢演じる超エリートで切れ者の官房長官。もちろん汚職をする側である。気になって池田勇人最晩年の官房長官を調べてみると鈴木善幸…ま、まさかモデルではないでしょうね(汗)。
 映画はダム建設入札をめぐる汚職事件を主軸に展開していくが、実際に起こった九頭竜川ダム建設における汚職疑惑がモデルになっているという。国が出資する電力開発会社がダム建設を企画、あるゼネコン企業がこれの入札価格を事前に知ろうと贈賄工作を政界中枢にかける。電力開発会社内部でもさまざまな思惑が入り乱れるのだが、結局この企業がまんまと入札をモノにしてしまう。しかし官房長官の秘書のちょっとしたミスから、ヤミ金融業者・石原参吉に情報が漏れてしまう。影の情報通でもある石原は、ダム入札疑獄を暴露しようとする…とまぁこんな筋書きだ。

 「戦争と人間」「皇帝のいない八月」はいずれもそうなのだが、山本作品はとにかく登場人物が多い。いずれも原作付きなんだけど、監督自身自伝で「登場人物が多くないと不安なのだ」と語っているほどで(笑)、この映画でもその趣味が強烈に出ている。しかし単純に「多い」のではなく、それぞれに強烈なキャラクターを持っていて、それらが複雑に交錯するところに山本映画流のゴージャスな面白さが吹き出してくるのだ。

 メインは仲代達矢演じるエリート出身の官房長官・星野と、戦後の混乱期にのし上がってきた金融王・石原(宇野重吉!凄い迫力でほとんど主役)の対決だが、その周囲に政治新聞記者の高橋悦史、疑惑暴露をする変わり者の保守系国会議員を演じる三国連太郎(これがまた上手いんだ)、良心的かと思いきや二面性を持つ電力会社社長、贈賄はするけどその取り入りぶりが実に哀感を誘うゼネコン社長役の西村晃とか、とにかく濃い面々が揃っている。それぞれにいろんな人生を背負っているところが実に良く描かれてるし、いずれもひとクセもふたクセもある複雑な、なおかついかにもいそうなキャラばかり。観ているとなんだか登場人物みんな悪人(笑)なんだけど、そのいずれもが必ずしも絶対悪には描かれない。単純に誰か一人を悪役にするのではなく、金と欲望にまみれた政財界の癒着構造そのものに鋭くメスを突き入れていくのだ。まさに「社会派映画監督」の面目躍如たるところがある。

 似たようなテーマでは黒澤明の「悪い奴ほどよく眠る」があるけど、この「金環蝕」に比べるとかなり非現実的な話運びだったように思う。終盤一気に疑惑が闇から闇へ葬られるあたりは似ているなぁとは思ったけれど。この「金環蝕」でのもう一つの注目点は、大手マスコミの政治記者達が、政治家達の汚職をちゃんと知ってながら「馴れ合い」で記事にしようとはしないところをちゃんと描いているところだろう。

 そうそう、「金環蝕」ってのは言うまでもなく日蝕の種類で太陽の真ん中だけが影になって周縁だけが環状に輝くものを言う。このタイトルは外面はきらびやかだがその中は真っ黒、という政財界の有様を象徴してつけられている。原作がそうなんだろうけど、実に見事なタイトルと言って良い。




映画のトップページに戻る