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「黒部の太陽」

1968年・日本・石原プロモーション/三船プロダクション
○監督:熊井啓○脚本:井手雅人/熊井啓○撮影:金宇満司○音楽:黛敏郎○製作:石原裕次郎/三船敏郎○原作:木本正次
三船敏郎(北川)、石原裕次郎(岩岡剛)、辰巳柳太郎(岩岡源三)、滝沢修(太田垣)、高峰三枝子(加代)、樫山文枝(由紀)、日色ともゑ(牧子)、宇野重吉(森)、志村喬(芦村)、大滝秀治(土条)ほか




  その名前だけは有名ながら、なかなか見ることができない「幻の映画」だった。公開時大変なヒットとなり、鑑賞した人の数はかなり多いらしいのだが、製作者兼主演で権利を保有していた石原裕次郎が「映画はあくまで劇場で見るべき」との方針であったためにテレビ放映もほとんどなく(一度だけあったとは聞いたが)、ビデオやDVDといったパッケージソフト化はいっさいされなかった。ごくたまに上映会が催されることがあったが、3時間を超えるオリジナル全長版の上映は長らく行われず、監督した熊井啓も著書の中で残念がっていた。
 
 その熊井監督の著書には「黒部の太陽」のシナリオ全編が収録されていて、この「幻の映画」の中身をそこから想像できる貴重なものだったのだが、メインとなっていたのは映画製作の舞台裏。とくに映画製作にこぎつけるまでの、日活幹部の凄まじいまでの妨害工作とのドロドロの戦いがドラマチックに記されていて、「こっちを映画化した方がいいんじゃないか」と思ってしまうほどの内容だったのだ。

 この時期、テレビの普及もあって映画は明らかに「斜陽産業」となってしまい、大手映画会社はどこも苦しい製作状況だった。三船敏郎萬屋錦之介勝新太郎といった大スターたちは自らのプロダクションを立ちあげて映画製作に乗り出したが、日活の大スターである石原裕次郎も同様だった。この四人は「待ち伏せ」(稲垣浩監督)でそろって共演しているほか、お互いの製作映画に友情出演しあってもいる。
 裕次郎が自身のプロダクションで映画製作に乗り出すと、困ったのは彼に逃げられてはもはやどうにもならない状況に追いつめられていた日活だった。裕次郎が「世界のミフネ」と組んで超大作「黒部の太陽」を映画化する、と発表されると、日活はこの企画をつぶそうと躍起になった。まずこの映画の監督を引き受けないように監督たちに圧力をかけ、この時期日活を干されて手が空いていた社会派監督として定評のある熊井啓が監督を引き受けると、美味しい話をちらつかせて監督を降板するよう必死にもちかけたという。
 この工作がかえって裕次郎の怒りを買い、製作を推進することになってしまうのだが、すると今度は他の映画会社にも呼びかけて俳優を出演させない、映画の配給・興行を実質不可能にするといった締め上げをしてきた。俳優に関しては裕次郎が宇野重吉に協力を求めたことでかえって豪華キャストと言っていい状態になり、映画の製作に黒部ダム建設にあたった関西電力・熊谷組などの大企業の全面協力を仰ぎ(映画中企業と経営者の実名が出るのはそのため)、さらにこれらの企業に前売り券を買い取ってもらう動員方式(この方式も先駆となった)による自主上映の形の興行をすることで解決、結局これで大ヒットにつながり成功をおさめることになる。こういう苦労があったため裕次郎にとってとりわけ思い入れの強い映画なのは当然だ。

 その本でシナリオは読んでいたのだが、なかなか映画の方を見る機会がなかったが、石原プロも未亡人が社長になったことでいくらか方針転換をしたのか、今年3月に「栄光の5000キロ」と「黒部の太陽」の二本が唐突にNHK衛星で放送された。とくに大きな宣伝もなく、さりげなくやっちゃってたが、上記のような経緯を知っているとやや大げさだが「歴史的事件」だと驚かされたはず。ただ残念なことにオリジナル完全版ではなく、海外版をベースにした約2時間20分の短縮バージョン(「特別編」と銘打たれた)だった。これから全国各地で上映会をすると発表もされたが、そっちは完全版なんだろうか。

 あくまで短縮版でしか見てないのだが、大雑把にあらすじを書けば――
 高度経済成長期、電力不足を補うために関西電力は富山県の黒部峡谷に巨大なダム(黒部第四ダム)を建設する決定を下す。気が進まなかったが押し切られて建設の現場責任者となった北川(三船敏郎)は現地に足を運んでその険しい地形に建設の困難さを実感する。ダム建設の資材を運ぶためには飛騨山脈を抜ける大トンネルを掘る必要があり、これを熊谷組と間組が引き受ける。熊谷組の下請け会社の社長・岩岡源三(辰巳柳太郎)は乗り気だが、息子で技術者の剛(石原裕次郎)は危険な工事もかえりみない父に反発、フォッサマグナを突破するトンネル工事の困難さを強く主張する。トンネル工事が開始され、負傷した父に代わって現場の指揮を取る剛は北川の長女・由紀と恋仲になるが、北川の二女・牧子は白血病に冒されていることが発覚する。家族への思いも抱きつつ北川と剛はトンネル工事を推し進めるが、ついに恐れていた事態が起こる。トンネルの先端が「破砕帯」にぶつかり、出水事故が発生して先へ進めなくなってしまったのだ。あの手この手で破砕帯突破を図る剛と北川だったが次々と失敗、命がけの工事に恐れをなして逃げ出す作業員も続出、ダム建設自体が幻になりかねない状況となっていた――

 というような話。「特別版」で見ると序盤のダム建設決定のあたりと剛と由紀の結婚にいたる過程、工事の政治的背景などで「すっとばし感」があるので、この辺りを中心にオリジナルからカットされているようだ。全体で1時間近くのカットなので他にも細かいシーンが消えているのだろう。だからややストーリー展開が読みにくいところもあったが、メインとなっているトンネル工事の苦闘に時間を絞ったのは正解。ダム工事の話なんだけど、ほとんどが山をぶち抜く穴掘りの話なのである。

 その穴掘りのシーンが実にリアルで、「どうやって撮った?」と思ってしまうようなシーンも多い。なんでも実際に黒部のトンネル工事を請け負った熊谷組が撮影にも全面協力して建設機材や資材を提供したほか、会社の敷地内に実物大のトンネルセットを建設して大量の水を流す仕掛けもつくり、おかげであの本物の事故にしか見えないような大規模出水シーンが撮影できたのだという。映画ではそのシーン、水から逃げる裕次郎達がアップになるストップモーションで次のカットへ映るが、このとき流れてきた機材にぶつかって裕次郎が負傷する「撮影事故」が起こっていることでも有名。撮影現場もホントに命懸けだったのである。

 トンネル掘りばかりじゃ退屈だろうと主役二人の家族模様(結婚、闘病)がときどき挿入される。とくに白血病の娘の話は少々ベタではあるがトンネル工事の苦闘と並行して描かれ、ラストのトンネル貫通の場面で一点に結びつき、クライマックスを大いに盛り上がる。何年か前に香取慎吾主演のテレビドラマ版があり、そこでも白血病の娘の話は出ていたので原作にある話なんだろうか(原作をわざわざ読んで確認するのも面倒で)。一方でそのドラマ版では映画版のような結婚話はなく、ヒロインは主役をフって別の男性キャラと結婚してしまっていたし、他にもいろいろと違う話が多く、そもそもこういうあたりは話をふくらませたフィクションだと思われる。

 タイトルとなっている「黒部の太陽」とは、映画のメインとなっている熊谷組担当の長野県側から掘る工区の立場から、長いトンネルが貫通した先に見えるもの、目指すべき目標を象徴させた言葉だ(全くの余談ながら、以前家族でNHK大河ドラマで壬申の乱を描く黒岩重吾の「天の川の太陽」をやったらどう、と話していたら「黒部の太陽」と言い間違いが出て、「一年かけてトンネル掘りを延々やるのか」と大受けしたことがある)。まさに命がけの大苦戦の果てに貫通(そこだけ裕次郎自らブチ抜くのはカッコつけすぎだが)、黒部からの風がトンネルを吹き抜ける場面は素直に感動してしまう。貫通式で作業員たち全員がヘルメットに酒を注いで祝い酒するシーンもいい。あと、反対側から掘ってるトンネルの話はあまり出てこないが(カットされてるのかもしれないけど)、こちらは大滝秀治が現場指揮者で、その後の老人役専門みたいな時代しか知らない僕からするとグッと若く、親分肌でいい味を出している。

 大企業の全面バックアップとチケット買い取り大量動員映画のルーツということでやや批判的な声もある映画だが、内容自体は監督の傾向もあって社会派・硬派な人間ドラマ。何で見た話か忘れたが、熊井監督はこの映画を撮るにあたってソ連などの社会主義国の建設物映画(ドキュメンタリーかプロパガンダ系かも)を参考にしたという話もあった気がする。トンネルを掘り上げてダム建設にかかる過程は記録フィルムで処理されているが、とくにこのあたりの編集が社会主義国映画っぽくはある。「自然を克服する人間」ってテーマ自体社会主義国が好んだものだったし…今だと自然破壊だと批判されちゃうだろうが。
 昨年から今年にかけて探査機「はやぶさ」をテーマにした映画が三本も造られたが、そういう系統を「プロジェクトX系映画」と僕は呼んでいる(たぶん誰か先に言ってると思うけど)。さかのぼっていくとこの「黒部の太陽」がその元祖ということになりそうだ。(2012/5/2)



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