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「シルミド」
-実尾島-
2004年・韓国
○監督:カン=ウソク
ソル=ギョング(カン=インチャン)、アン=ソンギ(チェ=ジェヒョン)、チョン=ジェヨン(ハン=サンピル)、ホ=ジュノ(チョ2曹)ほか




 とにかく近ごろ元気な韓国映画。「シュリ」あたりからスタートした韓国映画の国際的活況は、今年のカンヌ映画祭でとうとうグランプリ作品を出してしまうところまで来た。これまでにも日本映画や中国映画が国際的にもてはやされたケースがあるが、現在の韓国映画ブームは芸術性よりも骨太の娯楽系映画が受けているという特徴がある。作り方がかなりハリウッドスタイルであり、どこへ持って行っても受けそうな普遍性を持っている。それと同時に南北分断という現実があまたのネタを生み出し、この国ならではの社会派的な側面をも添えてしまうというところが「利点」ともなっている。
 この「シルミド」もやはり南北分断が大きな背景となっている作品で、1971年に実際に起こった対北作戦特殊部隊による反乱事件を素材にしている。歴史の闇に葬り去られた史実を30年後にして映画化し、その衝撃性もあって韓国では記録的な大ヒットを叩き出した。日本で言うと先ごろ製作された「あさま山荘事件」の映画化が時期的にも似たようなポジションかもしれないが、あちらは「隠された史実」というわけでもなかったし、あくまで鎮圧する側の苦労を描いた警察組織ものという性格が強かったからこの映画とはだいぶ印象は異なる。さらに言えば韓国現代史が抱えてきた暗部というのは日本現代史のそれとはやはり比べ物にならないという点も見逃してはいけないだろう。

 映画は冒頭で朴正熙(パク=チャンヒ)大統領暗殺を図る北朝鮮特殊部隊のソウル侵入とその失敗、この物語の主人公となるカン=インチャン(ソル=ギョング)のヤクザとの抗争と逮捕・死刑宣告されるまでをテンポの良いカットバックで描いていく。死刑宣告されたインチャンに空軍軍人のチェ=ジェヒョン(アン=ソンギ)が「国の為に働いてみないか」と声をかける。チェは北朝鮮へ何度も潜入した経歴を持ち、上層部からの指令で金日成(キム=イルソン)暗殺のための特殊部隊の養成を命じられていたのだ。インチャンのほかにもハン=サンピル(チョン=ジェヨン)という死刑囚が「死刑執行」され、やはりこの極秘部隊に入れられることになる。入隊までの経緯が語られるのはこの二人だけで、他のキャラクターについては一切説明がないんだけど、まぁだいたい同じような連中が集められたことになっているらしい。
 実在のこの部隊が本当に死刑囚などを集めた舞台だったかどうかは定かではない(「死んだ」ことにされた男たちが潜水艦で反乱を起こすという設定の「ユリョン(幽霊)」という韓国映画を連想させられた)。しかしこの映画ではまさにこの部分がキモで、社会から爪弾きにされ実際に社会から「抹殺」された男たちが「お国のための特殊部隊」に育て上げられていくところにこの映画最大の面白みがある。それが映画の終盤の展開に生きてくるわけで、あえてフィクションと自覚してやっている感じもする。

 無人島シルミド(実尾島)に集められたあぶれ者たちがチョ2曹(ホ=ジュノ)をはじめとする鬼教官たちによって最強の殺人部隊に育て上げられていく猛特訓の様子は軍隊ものではおなじみの描写の連続で「お約束」な描写も結構目に付くが、やはり見入ってしまうところ。しごきしごかれているうちに、しばしばケンカ沙汰を起こしていた訓練生たちも次第に結束してゆき、一対一でペアになっている教育係と訓練生の間にも友情が芽生えていく。訓練生側も教官側もなかなかによく考えられたキャラクター配置がなされていて、映画は中盤まで学園ものか刑務所ものを思わせる結構楽しげな展開になっている。特に鬼教官役のホ=ジュノさんはSFX学園闘争映画(笑)「火山高」でも似たような役で出演していて、先にそちらを見ていた僕にはそれも手伝って楽しかった(笑)。

 しかし。映画中盤でいよいよ特殊部隊の北朝鮮侵入作戦が実行に移された…と思ったら急遽中止命令が下ってしまう。南北間の対話路線が始まったため金日成暗殺という強硬措置は取りやめになってしまったのだ。ここから一気に話は暗転。一気に緊張が弛んでしまった隊員達の中には脱走して女性暴行をはたらき処刑される者まで出る。そして政府はついにこの特殊部隊そのものの存在を抹殺することを決定、育ての親であるチェ=ジェヒョンに隊員全員の殺害を命じてしまう。
 政府からの命令は絶対で、逆らえば教育係の全員も一緒に抹殺されることになる。ジェヒョンは苦悩の末、わざとインチャンに「抹殺指令」を漏らす。国家から抹殺されることを知った隊員たちはついに反乱を起こすことに…

---------以下、ネタバレ注意報------------







 「部隊抹殺」を命じられた後の教官側の対応がなかなかに面白い。日頃隊員たちをしごきまくっていた鬼教官はこの指示を断固拒否。その一方で日頃隊員たちに優しく接していた若い軍人はむしろ積極的に部隊抹殺を推進するのだ。それまでの善玉・悪玉がここで見事に逆転してしまう。もちろんその若い軍人にも家族がいるし保身もしたいという事情は語られるのだが、エリート軍人だけにやはり内心では隊員たちを「社会から爪弾きにされたあぶれ者」と見下していたフシも感じさせる。これが隊員たちの反乱をさらに拡大させることにつながるわけで、シナリオの巧みさに感心してしまうところ。
 また、それまでの過程で描かれていた訓練生と教育係の一対一の関係が、この反乱で両者が対決することで様々なドラマを生み出していく。反乱部隊だけでなく教育係の男たちのキャラクターも丹念に描いたシナリオがここでグッと生きてくる。ハッキリ言ってこの映画の最大のクライマックスは反乱の序盤、実尾島内における「教官と生徒」の激突のシークエンスにある。プロ軍人に育てられた素人出身の最強部隊が教えの親を次々と倒していく描写は悲しいながらも興奮を覚える見事なアクション場面だ。

 そして反乱を起こした男たちは、バスを乗っ取ってソウルへと向かう。もちろんこれは地獄への一直線の旅だ。実尾島での反乱に成功した彼らは逃げようと思えば逃げられたはず。だがなぜか彼らは自滅への道を敢えて選んだ。ここらへんがこの映画のシナリオ作成過程で一番苦労した点ではないかと思う。この隊員たちを「社会から爪弾きにされたあぶれ者集団」として描いたのもこの点をクリアするためだった。彼らは一度「死んだ」身であり、北朝鮮への工作活動で国家のために働き社会復帰を果たすつもりだった。しかしその国家によって存在を抹殺される(これは工作が成功した場合でも同様だった)ことを悟って、自分達の「存在証明」をおこなうべく派手な自滅への道を選ぶことになるのだ。実際の反乱事件がどうだったのかは分からないが、映画的にはかなり説得力のある展開だと思う。
 実際のバスジャックはバス2台を乗り継いで、先々で警官らを射殺していくという長時間にわたるものだったようだが、この映画ではこの部分はかなりシンプルにまとめてしまっている(バスを乗っ取る場面すらカットしている)。本来のクライマックスはこっちだろうと思っていると拍子抜けするほどあっさり終わってしまうのだが、作り手としては実尾島内の戦いでクライマックスは過ぎたという考えなのかもしれない。
 自爆する直前、隊員たちは自分達の血で自分達の名前をバスの中に書き付けていく。まさに「存在証明」の叫びであり、涙なくしては見られない名場面となった。しかし彼らは歴史の闇に葬り去られて…というダークなラストになっていく。事実がそうだったわけだけど、こうしたラストは日本映画の「皇帝のいない八月」(これも自衛隊の一部が反乱を起こしブルートレインを乗っ取って東京へ突っ走る話だった)なんかを連想させられた。

 まぁとにかく暗い結末になる話ではあるんだけど、基本線は娯楽作品、というスタンスがあるところが最近の韓国映画ヒット作のいいところ。話を面白くするためのフィクションや大げさなアクションなども忘れずに入れ、話をシンプルにまとめているところは高く評価できると思う。そのぶん主人公インチャンの両親の設定が中途半端でもう一つ効果的とは言い難かった気はする。
 主演のソル=ギョングは「ペパーミントキャンディー」とNHK「聖徳太子」ですでに馴染みがあったが、徹底的に抑えた演技が本作でも印象的。正直なところ美男子とは言いがたいで「ヨン様」やらウォン=ビンみたいなフィーバーにはならないだろうけど、次作がなんと「力道山」だそうで、注目せざるを得ない。アン=ソンギは昨年の「MUSA」同様に脇で引き締める大物といった感じ。しかし個人的にはこの映画で一番の注目だったのがサンピル役のチョン=ジェヨンだ。若い頃の隆大介や勝野洋を思わせる、この映画中ほとんど唯一の二枚目だし(笑)、抑え気味のソル=ギョングに対して熱血型のキャラで強烈に印象に残った。この人も今後注目ですな。(2004/6/22)



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