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「遠い夜明け」
Cry Freedom
1987年・イギリス
○製作・監督:リチャード=アッテンボロー○脚本:ジョン=ブライリー○撮影:ロニー=テイラー○音楽:ジョージ=ヘントン/ヨナス=グワングワ
デンゼル=ワシントン(スティーブ=ビコ)、ケヴィン=クライン(ドナルド=ウッズ)、ペネロープ=ウィルトン(ウェンディ)ほか




  それこそ公開当時から存在は知っていて、いつか見てみようと思いつつ、なんとなくテーマの重さもあって敬遠してきてしまった作品。このたび「マンデラの名もなき看守」を見たつながりで、「インビクタス/負けざる者たち」ともどもツタヤから借り出して初鑑賞した。
 公開年は1987年。舞台となる南アフリカはアパルトヘイト政策を依然として続けている時期で、この映画はリアルタイムでアパルトヘイトへの批判をぶつけたものである。実際南アフリカでも公開されたが白人至上主義者により上映館が襲撃されるといった事件もあったという。当然ながら南アでのロケなどできるわけもなく、隣国ジンバブエで多くのロケが行われたそうだ(今やそのジンバブエが逆に白人を迫害、独裁政権の人権侵害が問題視されてるわけだが)
 監督は「大脱走」「ジュラシック・パーク」で俳優としても有名なリチャード=アッテンボロー。1982年に「ガンジー」を監督してアカデミー作品賞初め各映画賞を総なめにしたが、その「ガンジー」の冒頭部分、南アフリカを旅した若きガンジーが列車で人種差別を受けてその後の人生を決定するシーンがあるが、この映画は作り手にとって「ガンジー」続編的な位置づけだったのだろう。こちらは現実に進行中の問題だったから、なおさら困難、かつ意欲的にとりくめる素材だったと思う。

 物語は南アフリカのリベラル系新聞の編集者ドナルド=ウッズ(演:ケヴィン=クライン)の視点で進められる。ウッズは黒人運動の指導者スティーブ=ビコ(演:デンゼル=ワシントン)につてを頼って接触、その取材を進めて、彼が政府の言うような過激派ではなく人格的にもすぐれた指導者だと実感して行くが、その直後にビコは警察に捕えられ、拷問により殺されてしまう。政府はビコの死を病死と公表、ウッズはその真相の暴露をはかるものの今度は彼自身が警察の監視対象となり行動を拘束されてしまう。このままでは真相が闇に葬られると恐れたウッズは「亡命」という危険な賭けに挑むこととなる。

 この映画も登場人物のウッズ自身の著書に基づいており、映画的脚色は少なめであるらしい。それだけに黒人指導者ビコが警察の拷問で抹殺されるくだりや、それを取材していたウッズにも弾圧の手が及ぶ過程などは、戦前の日本の特高警察を連想させるものがあり、古今東西似たような話はあるもんだな、と恐ろしい気分になってしまった。
 前半の中心人物、黒人指導者のビコはもちろん実在人物で、演じたのはまだ新人といってよかったデンゼル=ワシントン。彼が出ていたことは今回の鑑賞で初めて知ったくらいだが、この彼がこのあと南北戦争の黒人部隊を描いた「グローリー」、アメリカの黒人指導者を描く「マルコムX」とキャリアを積んで行く原点はこの映画にあったのだなぁ、と。「マルコムX」のラストでアパルトヘイト廃棄後の南アフリカが出てくるのも楽屋的な意味も含めて意味深なのだった。

 後半は記者ウッズの亡命大作戦の展開で、この辺はむしろサスペンス映画かスパイ映画のノリ。アリバイ工作をして家をひそかに脱出、牧師に変装してヒッチハイク旅行が続き、南アフリカの中にある「外国」、レソトへと国境を越えて行く展開が実にスリリングに展開されてゆく。このあたり、面白いっちゃあ面白いのだが、脱出行それ自体が面白すぎて、映画が本来訴えたかったアパルトヘイトの実態から観客の意識が離れちゃった気がしなくもない。

 それを作り手も自覚してか、ウッズの亡命が無事に終わると今度はソウェト蜂起に対する弾圧、虐殺の様子がこれでもかとばかりに強烈に再現されて映画をしめくくっている。なんといってもこの映画の公開時はアパルトヘイトが現実に進行中で、内外で激しい非難を浴びている真っ最中、この映画もその流れで作られたのは明らかで、「病死」とされた黒人運動指導者たちの名前が流れるエンディングは現実にある政権に対して強い批判を浴びせ、観客に強いメッセージを訴えるものとなっていた。

 運動指導者ネルソン=マンデラが釈放されてアパルトヘイト廃止の方向が確定的になるのは1990年だから、この映画公開から3年後。この映画がどれほど影響を与えたかは分からないが(南アに対する経済制裁の方が明らかに影響があったろうが)、今となってはアパルトヘイト廃止直前段階でそれを批判したことで歴史的価値をもった映画ということにはなるだろう。
 結果的に「そう遠くない夜明け」になっちゃったので、邦題「遠い夜明け」は悲観的に過ぎるのではないかなぁ。原題「Cry Freedom(自由を叫ぶ)」はより積極的、かつ切実さがある。(2012/8/13)



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