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「地獄門」

1953年・大映
○監督:衣笠貞之助○脚本:衣笠貞之助○撮影:杉山公平○音楽:芥川也寸志○製作:永田雅一
長谷川一夫(遠藤盛遠)京マチ子(袈裟)山形勲(渡辺渡)千田是也(平清盛)ほか


 

 これ、ずいぶん昔にNHKの地上波で放送した際に録画もせずに眺めて鑑賞した記憶がある。今回NHKのBSでデジタルリマスター版が放送されたのでそれを録画して久々に見た。細かいところは忘れていたが、もともと単純な、というより短くまとまりのいい話なのでだいたいのところは記憶にあった。

 1953年(昭和28)公開の日本映画。製作は当時日本映画メジャーの一角を占めていた大映だ(現在は角川映画がその流れをくむ)。そしてこの当時はまだまだ珍しかった「総天然色」、すなわちカラーで製作された日本映画だった。カラーによる時代劇ということで作り手もかなり意識して衣装や美術の「色」に凝りまくっており、最初にこの映画を見た時もカラーなんて当たり前の時代に育っている僕でさえ「綺麗だなぁ…」と感心してしまったほどカラフルな美しさに満ちている。同じ大映で製作され、扱っている時代も重なる「新・平家物語」(溝口健二監督、宮川一夫撮影)を見た時にも思ったが、その鮮やかな色彩と微妙に古めかした美術のために、見ているとなんだか「源平合戦時代の記録映像」に思えてしまうほど。

 ストーリー自体は有名なものなので、映画を見る以前に知ってはいた。源平合戦時代に活躍した怪僧・文覚の若き日の逸話とされるもので(元ネタは『源平盛衰記』だとされるが史実かどうかは怪しい)、劇的なエピソードのためこの映画の原作以外にも多くの小説家がネタにしている。僕が読んだのは吉川英治の「新・平家物語」の中で語られていたもので、この映画のストーリーとほぼ同じだった。

 映画は1159年の「平治の乱」勃発から始まる。多くの武士や公家、女性たちが入り乱れる冒頭の合戦モブシーンだけでも「ああ、このころの日本映画界は力(カネ)があったんだなぁ」と思わされること請け合い。このシーンもカラーを強く意識し、まるで絵巻物のような映像がつづられて見ものだ。
 この平治の乱で、長谷川一夫演じる主人公の遠藤盛遠は兄と敵味方に分かれて平家側につく。そして危険を冒して京を脱出、乱の勃発を厳島神社参詣に出かけていた清盛に伝える功績を挙げる。史実ではこのとき清盛は厳島ではなく熊野詣に出かけていたのだが、わざわざ史実と変えて厳島神社でロケしたのはカラー映画としての見栄えを優先したのだろう。史実と違うといえば千田是也演じる平清盛が早くも出家姿であるのは「清盛入道」という通俗的先入観を優先したとみられる。
 平治の乱の混乱の中で、盛遠は袈裟という名の美女と出会い、すっかり夢中になってしまう。演じるは京マチ子。本作より先に黒澤明「羅生門」に出演していて、状況がだいぶ違うとはいえ今回も二人の男を惑わす役どころである。ついでにいえばどちらもタイトルに「門」がつき、どちらもヴェネチア映画祭で賞を取っている。京マチ子はこのあと溝口健二監督の「楊貴妃」でも主演し、みんなが貧しかったこの時代にあっては非常に珍しい健康的にふくよかな美女の代表だったのだ。

 清盛に「恩賞は望みのまま」と言われ、「袈裟を妻に欲しい」と言い出す盛遠。ところが袈裟は北面の武士・渡辺渡(演:山形勲)の妻であった。すでに人妻だったと知ってショックを受ける盛遠だったが、袈裟をあきらめることなどできず、かえってどんどんのめりこんでいってしまう。
 恋敵となってしまった渡と競馬で争う場面も雅な王朝風味、カラー映画ならではの華やかさにあふれている。しかし物語の方はどんどん泥沼になり、盛遠は渡に因縁をつけるわ、袈裟に会おうと家に押しかけるわ、袈裟の叔母を脅迫するわ、とすっかりストーカー化。しまいには袈裟に強引に迫って渡を暗殺する算段までつけてしまう。悩んだ袈裟が下した決断は…ということになるのだが、渡のセリフにもあるように少し人に相談すると他に方法はなかったのか、という気もしなくはない。
 もちろんもともとそういう話なのでそんなツッコミは野暮というものだろうが、昨今よく報じられる暴走的ストーカー行為って、実は昔からあったんだろうなぁ、とも思う。こういう風に雅びに仕立て上げられるとギリシャ悲劇みたいに高尚な印象に昇華してしまうわけで。

 タイトルにもなっている「地獄門」は、映画中では保元の乱の際に信西が多くの敵の首を切ってさらしたためにその名がついたとされ、何度か物語の舞台となる。しかし映画の本筋に深くかかわるわけでもなく、あくまで人間の妄念が生みだすこの世の地獄を象徴する形で出てくるだけだ。この点は「羅生門」における羅生門も同じで、もしかして海外では「日本は“門映画”が多いなぁ」と思われていたかもしれない。(2012/4/20)




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