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「武士の家計簿」

2010年・「武士の家計簿」製作委員会
○監督:森田芳光○脚本:柏田道夫○撮影:沖村志宏○音楽:大島ミチル
堺雅人(猪山直之)仲間由紀恵(駒)中村雅俊(猪山信之)松坂慶子(常)草笛光子(おばばさま)伊藤祐輝(猪山成之)西村雅彦(西永与三八)嶋田久作(大村益次郎)ほか




  この映画、公開されてから一年も経った頃に地元の市民会館で上映会があったもので、ずいぶん遅れて「劇場」で見ることになった。すぐに感想を書く暇がなかったもので、ズルズル遅れているうちに、監督の森田芳光の急な訃報に接してから書くという、思いがけない事態になってしまった。
 実のところ邦画はそう見ている方ではない僕なので、森田監督作品をまともに見たのはこれで「椿三十郎」に続いて二作目。脚本を担当したものであれば「免許がない!」はテレビで見たことがあった、という程度。そういう全然見てない立場からの印象でしかないが、森田監督と言うと1980年代に大活躍、その後もコンスタントに作り続け、原作小説が社会現象になった「失楽園」とか、黒澤明「椿三十郎」をそのまんまリメイクという勇気あることをするとか、話題になる作品があるにはあるが、作品評価があまり高かったとは聞いてない。ただ日本の映画監督でここまでコンスタントに作れるということ自体が珍しいとは言えた。

 この「武士の家計簿」も、まず原作が話題になったもの。といっても原作は小説ではなくノンフィクション。加賀藩の猪山家という武士の幕末から明治にかけての「家計簿」が見つかり、その内容を分析して幕末のある武士の経済状況を解説したものだ。そもそも武士の「家計簿」が残っていた、ということ自体が興味を引く。
 むかし黒澤明も「七人の侍」の前段階企画「武士の一日」で江戸時代の武士の日常生活の調査に苦労して没にしたそうだが、それは日常生活というのがなかなか記録に残らないためでもある。この「家計簿」はカネの出納というリアルな数字の集積であるために幕末を生きたある武士一家の生活ぶりが具体的に分かる面白さがあった。またその猪山家がソロバンで藩に仕える勘定官僚であったこともより話を面白くしているし、藩が借金地獄に陥っていたと言う話はよく聞くものの、ある武士一家が借金漬け状態であったという実例がちゃんと出て来たという点でも興味深かった。
 そんなノンフィクションを、劇映画にするというのは少々意外でもあった。ノンフィクションを劇映画にした例は少なくはなく、最近だと「男たちの大和」の例がある。しかし「武士の家計簿」なんて地味な素材をよく映画化したものだとは思う。長い不況で景気の悪い話ばかりの昨今、幕末の武士も大変だったんですよ、ということで客の興味を引けるとでも考えたんだろうか。
 
 映画は原作を素材にしつつも、ほぼオリジナルのストーリー展開になっている。中級武士の猪山家では、当主の信之(中村雅俊)と嫡男の直之(堺雅人)が毎日弁当持参で城に出勤、ソロバンをはじく日々を送っている。やがて直之が駒(仲間由紀恵)と結婚、息子の成之が生まれ…と、ありきたりといえばありきたりな、とくに大きなヤマもなく平凡だがささやかに幸福なホームドラマがつづられてゆく。
 話が動き出すのは成之の七五三がやってきたとき。親戚に後継ぎを披露する重要な儀式なのだが、とにかく物入り。費用と家計を確かめるうちに家がかなりの借金を背負っていることに気が付いた直之は、家財を売り払って借金を一括して返し、家計簿を作ってとことん倹約を進めることを決断する。宴会で親戚たちにふるまう鯛も「絵」ですませ、父の趣味の骨董品も売り払い、母が大切にしている晴れ着も質に入れ、毎日の弁当も徹底的に質素なものにしてゆくのだ。借金を続けていけばそれなりに中級武士らしい生活が維持できるのだが、ここで借金を完全になくしておかないと「破産」もありうると強硬策に出るわけだが、このあたり、ちょうど映画鑑賞時にギリシャやイタリアの財政危機の騒ぎが起こっていたので、なんともタイムリーに思えてしまった(もちろん映画製作時はそれより一年以上前。むしろ日本の財政問題を念頭に置いたかな)

 このあとは倹約生活をおくる猪山一家の苦闘が淡々とつづられてゆく。目立つ工夫があるのは最初の鯛の絵ぐらいで(そのためかこのシーンは予告編でも強調して流された)、あとは骨董品や晴れ着を手放したくない両親たちの悲哀、一文でも金の出入りをおろそかにするなとスパルタ教育(?)された息子がグレ気味になるといったホームドラマが展開され、やがて父親が死に、母親が死に、息子は父と対立の末に自立してゆく。時代は幕末から明治にかけての動乱期で、息子の方は家代々の算術の腕を買われて大村益次郎(嶋田久作)の部下となってそうした動乱にほんのちょっとだけ絡むのだが、基本的に主人公一家は動乱とはほとんど無縁に、ごくごく平凡な人生を送って行く。
 大河ドラマばかり見てると戦国だの幕末だのといった動乱期にはみんな大志を抱いて国家のために目を血走らせて奔走していたような印象を受けてしまうが、現実には圧倒的多数の人間はこんな感じだったはず。それもまた「歴史」というものの真の姿なのだ。同じ幕末期に、東北の架空藩を舞台にした「たそがれ清兵衛」と比較してみるのも一興。あっちはずっと下っ端の侍で、こちらは中よりは上(?)レベルの武士であるという違いはあるが、作り手が狙っている線は似ているようだ。

 ただ「武士の家計簿」というタイトルからすると、ホームドラマに偏るあまり「家計簿」のほうはどうでもよくなっちゃったような気がしなくもない。見る側も「家計簿」にもっと重点を置くことを期待したのではないかなぁ。何がいくらかかって、収入と支出がどうなっていたのか、というのを具体的に、かつ数字に基づいたドライな映像で見せた方が、変わり種ではあるが面白い作品になったような気がする。(2011/12/23)




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